1980年代から、物語性のあるインスタレーションによって注目を集め、ヴェネチア・ビエンナーレやニューヨーク近代美術館等の展覧会へ参加し、海外でも評価されてきた松井智惠。インスタレーションの他に、映像、写真、絵画など様々な形態の作品を発表している作家です。形態に関わらず、40年近く一貫して自身の作品を『寓意の容れ物』と捉え、物語が生まれる装置として観る者に提示し続けています。
2014年のノマル初個展「a story – とんがり山」で、松井はノマルの版画工房との共同作業による、シルクスクリーン作品を制作しました。展覧会では、ギャラリー内に立体作品を配置し、会場全体が1つの物語を創り出す空間を提示しました。
ノマルで10年ぶりとなる今展は「鏡」をテーマに、再びノマルと共同作業を試み、時間をかけて多くのモノタイプ作品を制作しました。モノタイプとは、ガラス板やアクリル板に絵の具などで描いたイメージを紙に刷りとる版画手法で、左右反転した鏡像の作品が1枚だけ出来上がります。鏡について書かれた散文を手にして、数々のモノタイプ作品を鑑賞する展示となります。
さらに会期最終日に開催予定のイベント「MIRROR」では、松井も朗読で参加し、個展の世界観を音声で表すことを試みます。長い作家活動の中で、多様な手法で観客の想像力に働きかけてきた松井。彼女が提示した『容れ物』から、今度はどのような物語を私達は受け取るのでしょうか。
ぜひこの機会に「置き去られた鏡」展をご体感いただきたく存じます。どうぞご注目のほどよろしくお願いいたします。—
[Artist Statement]
今回は、モノタイプの技法と重ねて「鏡」というテーマが画廊主から提案された。底無し沼に⼊るようなテーマに躊躇したが、やってみないとわからないと、私は受けることにした。モノタイプはアクリル板に絵の具やクレヨンで描いたものを紙にうつしとるだけのシンプルな技法だ。左右反転し、筆触や絵の具の盛り上がりがない、あっさりとした質感の絵が出来上がる。しかも⼀枚のみである。なぜ、⼀枚の転写のためにわざわざ絵を描くのか。鏡という意味深い⾔葉と、実際に出来上がった軽やかな画⾯とのズレが悩ましく、解けない問いを⽴ててしまった。以下に、制作中に浮かんだ雑記を記す。
『置き去られた鏡』
朝、鏡の前に⽴って私はほうっと息を吐く。
鏡の表⾯は少し曇り、寝ぼけた⽼⼥の顔がうつっている。背後には緑の引き出しと、描きかけの絵に洗濯物。⼿にしたスマートフォンで反転した⾃分を撮影する。私は⼿のひらの中で⾃分の姿を⾒ていた。
記憶の瘡蓋を剥がし続け、物語=ナラティブの闘争が重苦しくのしかかる⽇常では、今までとは異なる物語の技法と態度を、私は希求せざるを得ない。⾵景が光景に変わる前に、あるいは光景を⾵景に変える前に、舞台の幕が上がるその前に、舞台の最中にも出番を待つものが⽇々の⽣活を営み、⽣を描く。明るさと暗さ、こちらとあちらを⾃由に⾏き来できる空間として「幕間」が存在する。
⽇常では、簡単に癒すことのできない哀しみや可笑しみがいくつも連鎖する。物語=ナラティブを編み直すには、空になる場所が必要だ。展⽰前の空間、品物を取り出した後の箱、データを消した後のハードディスク。絵の具と像が剥がれた、プリント後のモノタイプの版。それらは幕間と⾔えるだろう。
もうすでに⼈は鏡に姿をうつさなくなったのだろうか。⼣暮れに鏡にうつる私の姿は、絵の具が剥がれたモノタイプの版に変化していた。幕間から少し⾶び出た絵が、うつらぬ息を吐きながら鏡の向こう側から近づいてくる。
朝と⼣の悪戯に満ちた再会が叶うように願い、鏡にうつるたった⼀枚の絵に、ほうっと息を吐いてみようか。
2024年1⽉27⽇筆 松井智惠
(Webサイトより)
会期:2024年3月23日(土)〜4月20日(土)
会場:Gallery Nomart
時間:13:00~19:00 ※最終日は〜18:30
休廊:日曜
関連イベント
Opening|作家とノマルディレクター・林によるギャラリートーク
日時:3月23日(土)18:00〜
料金: 無料 ※予約不要Closing Live “MIRROR”
日時:4月20日(土)19:30開演(19:00開場)
出演:sara (.es), piano, perc. & 磯端伸一 Shin’ichi Isohata, guitar
ミレーズ (松井智惠 Chie Matsui, Yangjah, 辻井美穂 Miho Tsujii), poetry reading
料金: 前売3,000円、当日3,500円
定員:30名 ※予約制 https://www.nomart.co.jp/sound/20240420_MIRROR.php協力:小川しゅん一、ミレーズ
大阪市城東区永田3-5-22