冬木遼太郎による個展について
冬木は2020年からフィリピンと日本の関係性についてのリサーチを継続して行っており、本展はその調査と制作を包括したものにあたる。
これまでに冬木は、文化庁新進芸術家海外研修制度(2023年度)を利用するなど、フィリピンにて多面的なリサーチを行ってきた。その中で彼が注目したもののひとつが、今回の展覧会の開催地であるヴァルガス美術館にまつわる歴史である。
本美術館はホルヘ・B・ヴァルガスという政治家の名前を冠しているが、第二次世界大戦時にオーストラリアに亡命した大統領に代わり、実質的な政治判断を行ったのがヴァルガスであった。国を守るため尽力したが、日本側に加担したというGHQの判断によって、終戦後には巣鴨拘置所に収監されてしまう。国民から裏切り者というレッテルを貼られた彼は、直接的な政治活動からは退き、芸術やスポーツの振興・発展にその活動の中心を移していく。そういった背景を持つヴァルガスの私的なコレクションや収集物から出発した美術館で、日本人である冬木が個展を開くということは、一見矛盾しているようにも思えるが、そのねじれた関係性を対象化することこそが本展における冬木の狙いだと言えるだろう。
同時にその目線は、国やある地域を表象している作品や物を蒐集することによって、その歴史を保存し積み重ねていくという、美術館の本義的な機能にも向けられている。ヴァルガスはそのようなシステムを理解し、国家として人々が共有可能な歴史を作り上げていこうとしたのではないか、と冬木は話す。〈収集する〉という行為や美術館の機能を、今日的な目線によって再考することが本展における冬木の意図であり、社会における連帯についてを考える上で、フィリピンと日本双方の社会にとって重要なものになるだろう。
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ヴァルガス美術館によるテキスト
ヴァルガス美術館は、冬木遼太郎の個展「かゆみのない」を開催致します。本展はアーツサポート関西、ポーラ美術振興財団、国際交流基金マニラ日本文化センターとの共催です。
作家は、オブジェの内側に息づく緊張をランダムで峻烈な“かゆみ”──発見や啓示への欲求を煽る不快な感覚として捉えている。
ものを収集することは歴史を構築することの核心であり、冬木はホルヘ・ヴァルガスのフィリピニアナ・コレクションを集める努力を通して、それを再考する。博物館は社会的機関として、歴史・政治的価値を組み立てる。その役割は、オブジェを保存し、作家が信条や理想が形成される構築されたシステムとして認識する構造の一部となるよう活性化させる極めて重要なものである。このように一見無機質に見えるが、それらは生き生きとした思考の器なのである。
冬木 遼太郎 Ryotaro Fuyuki プロフィール
1984年 富山県生まれ。2010年 京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。
2023年 東京藝術大学 大学院美術研究科 GAP専攻 研究生。
主な個展に「A NEGATIVE EVAGINATE」 (大阪府立江之子島文化芸術創造センター, 2017)、「HUB IBARAKI ART PROJECT 2018-2019」(茨木市, 大阪, 2019)、「それも美しい」(東大阪美術センター, 大阪, 2019)、「かゆみのない」(ヴァルガス美術館, マニラ, 2024)など。
2017年、吉野石膏美術振興財団在外研修員としてニューヨークに滞在。
2022年、文化庁新進芸術家海外研修制度(短期 / マニラ)。
2024年、ポーラ美術振興財団 国際交流助成。
冬木遼太郎 個展「かゆみのない (the deliberate erasure of something unnatural)」
会期:2024年7月11日(木)〜8月31日(土)
会場:ヴァルガス美術館
時間:9:00〜17:00
閉館:日・月曜
助成協力:ポーラ美術振興財団、アーツサポート関西、国際交流基金マニラ日本文化センター
Roxas Avenue, University of the Philippines Campus
Diliman, Quezon City 1101 Metro Manila Philippines