国立民族学博物館人類文明誌研究部教授の島村一平が編著を手がけた書籍『辺境のラッパーたち:立ち上がる「声の民族誌」』が、2024年6月26日(水)に青土社より刊行された。
島村は文化人類学・モンゴル研究を専門とし、旧/ポスト社会主義圏にあたる東ユーラシアにおいて、外来した「宗教とサブカルチャー」がどのように人々の幸福感と文化衝突を生み出しているのかを明らかにすることを目的とした、人間文化研究機構グローバル地域研究推進事業 東ユーラシア研究プロジェクト 国立民族学博物館拠点(以下、みんぱく拠点)の長を務める。
みんぱく拠点では、テーマを探る手がかりとして特にヒップホップカルチャーにフォーカスし、辺境ヒップホップ研究会を発足。1970年代、ニューヨーク・ブロンクスに生きる黒人たちが社会矛盾を叫ぶ声をルーツにもち、今日までグローバルに浸透・展開するラップ・ミュージックを研究の軸としている。ただその視点は、ヒップホップカルチャーを“単にアメリカの文化が各地へ受容されたもの”としてではなく、“各地のローカルな文化と融合を遂げ生み出された新たな文化”ととらえる。本書は、島村がメンバーの研究者やミュージシャン・音楽ライターなどの協力者たちとともに、それぞれの専門性と手法をもって現地取材を行い編み上げた、研究報告の論考集となる。
『辺境のラッパーたち』は、「非常事態下のラッパーたち」「言論統制下のラッパーたち」「主張するマイノリティ」「伝統文化をラップの武器に」「混淆する文化の中で」の5章を主軸にまとめられている。戦争の続くパレスチナやウクライナ、政治・社会的な抑圧を受ける中国やイラン、キューバ。また、少数民族が周縁的に根づくタタールスタンやサハ、アラスカに、格差にあえぐポーランドやモンゴル、インド。そして、異文化の流入するインドネシアやブラジル、プエルトリコ——。世界各地で現代社会の歪みを叫ぶラッパーの姿に、生きた文化のありようを見出すいわば「声の民族誌」だ。
研究協力者として参加するラッパー、ダースレイダーとGAGLEのHUNGERへのインタビューにも、日本におけるラップの辺境的な変遷を見ることができるだろう。ダースレイダーは活動の個人史を、HUNGERは自身の変遷を辿りながら、モンゴルヒップホップとの出会いを経て和太鼓ラップに至るまでを語り下ろす。
なお、ダースレイダーは、2024年4月に国立民族学博物館の特別客員教授となり、「辺境・日本におけるヒップホップの特殊性と普遍性に関する研究」を担当する。就任にあたって彼が寄せた「さまざまな地域で花開いているヒップホップのそれぞれの特異性と同質性を学ぶことで、世界全体がバラバラと辺境化していく乱世を生き延びる構えを身につけていきたい」という言葉には、分断・孤立し混乱する国際社会をつなぐ共鳴の術として、ヒップホップを見据える姿勢がうかがえる。本書を読みながら、さらに展開される今後の研究過程にも着目したい。
価格:3,200円(税別)
発行者:青土社
発行日:2024年6月26日
仕様:四六判 544ページ
編者:島村一平
著者:島村一平、山本薫、赤尾光春、中野幸男、佐藤剛裕、奈良雅史、谷憲一、安保寛尚、ダースレーダー、櫻間瑞希、石原三静 a.k.a ヌマバラ山ポール、野口泰弥、平井ナタリア恵美、軽刈田凡平、HUNGER(GAGLE)、金悠進、中原仁、村本茜