本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2021.03.27
#YPY#日野浩志郎#MUSIC#INTERVIEW#大阪府外

INTERVIEW:日野浩志郎
「らしさ」を解体し、新たな響きをつくり出す

聞き手・文: imdkm / 編集: 永江大[MUESUM]

大阪を拠点に活動する音楽家・日野浩志郎(YPY)と、新潟は佐渡島で40年にわたり活動を続ける太鼓芸能集団 鼓童。2019年、鼓童メンバーの住吉佑太からのアプローチをきっかけにはじまった両者のコラボレーションが、2021年2月、映像作品『戦慄せしめよ Shiver』(以下、『戦慄せしめよ』)として結実した。

“地域文化に根ざした新たな音楽映像配信”をかかげるプロジェクト、「越島」の一環として制作された本作。監督・脚本を手掛けたのは、映画監督の豊田利晃だ。89分間、セリフは一切なく、日野が鼓童のために(あるいは鼓童とともに、と言うべきか)書き下ろした楽曲のパフォーマンス映像を主軸に、佐渡の風景がオーバーラップしてゆく。ストイックでミニマルなパフォーマンスに貫かれつつも、和太鼓という楽器の響きを再発見してゆくような驚きに満ちた鮮烈な一作だ。

本作の制作は、2020年冬の佐渡島で集中的に行われた。今回のインタビューでは、新型コロナ禍のなか、特殊な緊張感を伴って行われたコラボレーションについて詳しく聞くことができた。目まぐるしく濃密な制作のプロセスとそこから受けた刺激は、日野になにをもたらしたのだろうか。

収録:2021年3月15日(月)オンラインにて

INTERVIEW:日野浩志郎|「らしさ」を解体し、新たな響きをつくり出す
写真提供:越島 photo: Katsumi Omori

緊張と刺激に裏打ちされたコラボレーションの喜びを語る

――今回、和太鼓という楽器に向けて曲を書くにあたって、どういうアプローチでのぞみましたか。

日野:僕のなかにもいわゆる「和太鼓らしさ」みたいな太鼓に対する先入観があったから和太鼓の持つ特性をはじめから使うのではなく、和太鼓にどういう可能性があるのかを探っていきました。その「音探し」の作業は和太鼓だけではなくて、鼓童が所有しているボナンやウッドブロックなどのさまざまな楽器にも及んで。たとえば、滝のシーンでふたりが叩いている大太鼓があるじゃないですか。あの太鼓のもつ倍音が素晴らしくて。縁の部分を軽く叩くことによって、「ぴちょん」と水っぽい音がする。そういう面白いポイントをまず探していって、そこから、作曲にどう取り入れていくのかを考える。

――制作にあたって和太鼓の特性を知り、それを解体していくなかで、印象的なポイントは?

日野:音の発見という意味では、大太鼓に関するものが多かったです。今回大太鼓を叩いた住吉佑太くんと中込健太くんから「この音面白いんだけど、なんか使えないですかね?」みたいなことも結構あった。だからスピーディだったんですよね。大太鼓に関しては即興パートも多く、曲構成は半日で完成しましたから。もともと大太鼓の曲の定番のパターンがあって、それをまず解体していって、ここは面白いけどここで違うことをやりたいと思うところがあると、ふたりから「こういうアイデアありますよ」みたいな。そういうやりとりをしてパッとできたって感じでした。

――制作にあたっては、映像作品としてつくるというよりも、鼓童のパフォーマーとのそうしたコラボレーションに集中していた、と。

日野:そうですね。ただ、もうひとつ大きいことがあって、通常の鼓童の劇場公演って、1,000人規模でやっていて、マイクやスピーカーを使わない。そうした前提でダイナミックな曲をつくってきていたわけです。そことの違いを出したいというのを最初に思いました。

『戦慄せしめよ』は僕のなかで第1部・第2部に分かれていて、第1部は「Woodblock」から歌の曲(「Duet in 7.5/4」)まで。そこでシーンが切り替わって、第2部の大太鼓から始まるというふうにつくっていったんです。特に第1部のほうは、鼓童の公演に求められる音量感やダイナミクスをあえて意識しないでつくりました。ダイナミクス自体はすごくあるんですけど、ダイナミクスの一番小さいところに美しさを求めるというか。

あと、「Quartets」に関しても、あれは実際生で聞いても4人が出す音のバランスは聞く場所によって大きく崩れてしまうから、それをマイクで録ってヘッドフォンなりスピーカーで、こちらが決めたバランスで音を出すことで良さが生まれる。それを最初から意識してつくっていて。だから、逆に言ったら生で聴いても良さが伝わりにくくて。演奏している本人たちも客観的に聴けないので「これは大丈夫なのか」と心配していたと思います。

INTERVIEW:日野浩志郎|「らしさ」を解体し、新たな響きをつくり出す
写真提供:越島 photo: Katsumi Omori

――新型コロナ禍の影響もあって、佐渡への移動であったり、長期の滞在にはいろんな制約も生まれていたんじゃないかと思うんですが、そういった面で大変なポイントはありましたか。

日野:佐渡島には新型コロナ感染者がいなかったんです。それがプレッシャーだったかな。鼓童としてもそうだし、こちらのプロデューサー陣もそうだし。PCR検査を受けて陰性の状態で行ったんですけど。鼓童側もとても気にしていて、昼ごはんなんかを食べる食堂があるんですけど、距離をとるのもちろん私語は一切禁止だったり。消毒も換気も本当にすごく徹底してやっていて、僕らもその緊張感をびりびりと感じながらやっていました。

――制作期間の合計1ヵ月ほどを佐渡で過ごされたわけですが、そこでは鼓童のみなさんと共同生活を?

日野:そんなに共同生活って感じでもなくて。寮もあるんですけど、自分の家を持っているメンバーもいて、鼓童村ってのがあって会社みたいにそこに集まるんです。僕は近くの旅館にずっと泊まって鼓童村と行き来していました。でも、昼ごはんを一緒に食べたりもしたし、後半はもう鼓童のメンバーみたいな感じになって距離感もなくなっていく(笑)。それが心地良かったです。

本当に単純生活で、朝起きて温泉入って朝9時に鼓童村へ行って、夜6時や7時までクリエイションして帰って、あとは疲れてバタン!って。ほんとにそれだけですね。新型コロナ禍もあって鼓童では外にごはんを食べに行くのを控えていたので、僕も食べに行くのを控えていて。佐渡に滞在したというよりはその旅館と鼓童村にずーっといたみたいな感じです。

ただ、控えてたとはいえ外食も何度かして。そういうところで、鼓童が地域に愛されている感じがわかるんですね。鼓童が佐渡市と主催している「アース・セレブレーション」のポスターが毎年分貼られていたり、「いま鼓童とやられてるんですね!」みたいなことで話してくれたり、「よく来てくれるよ!」みたいな。そういうやりとりを通じて鼓童愛を感じましたね。

――そうしたなか、鼓童のパフォーマーの方々とやりとりしていく経験でなにか印象的なことがあったらお伺いしたいです。

日野:難しい演奏もすぐできる」というのが、かなりうれしいポイントでもあり、恐ろしいポイントでもあったんですよね。いままで鼓童がコラボレーションしてきた人たちって、僕とは違って(坂東)玉三郎さんみたいに人間国宝級のプロ中のプロたちで、それに慣れているんだと思うんです。そんななかでは適当なことを言えないわけですよね。「え、どうしようかな。これいいのかな。やばいな」じゃなくて、段階的に「これができたなら次はこれ、そしてこれをお願いします」みたいな決断力と、即アイデアを生み出さないといけないプレッシャーを感じていました

具体的に言えば、「Clap」はベーシックなリズムに関する譜面だけはじめに書いてきたんです。これを1回やってみてもらっていいですか、と。それがうまく絡み合えばいいけど、みんなが練習しているのを聴きながら次の展開を考えようと思ってたんです。でも、渡して10分15分くらいしたら「日野さん! できました!」って感じで。「やばい、どうしよう!」と(笑)。「次はどうしたらいいですか?」って。それがすごく刺激的で。脳をフル回転させないとついていけないわけです。次々アイデアを生み出さなきゃいけない緊張感もありつつ、アイデアが形になっていく様はお互いに楽しみながらやっていけたと思っていて、それはかなり印象的でした。

INTERVIEW:日野浩志郎|「らしさ」を解体し、新たな響きをつくり出す
写真提供:越島 photo: Katsumi Omori

――お互いにやり取りをするなかで、いわば筋肉痛みたいな、うまくいかない部分とか、擦り合わない部分はありましたか。

日野:それが……ちょっと心地良いくらいなくて。実は。僕が面白いと思って「これやってみよう」みたいな投げかけをすると、「これどうなんだろうなぁ……?」じゃなくて、「なになに、やってみよう!」って食いついてくれる。そしてやってみると「面白い!」みたいな。それを共有できたのはすごく大きくて、今後につながった部分でもあるのかなと思いました。

鼓童のメンバーのなかには、いろんな音楽に興味がある人もいて吸収力もすごいんですよ。たとえば、ジョン・ケージの《スリー・ダンシズ》(1944-1945年)という作品があって、それはプリペアド・ピアノを2台使うんです。ピアノはもともと打楽器だけれども、プリペアド・ピアノは12音階を排除してよりプリミティブに打楽器化させるという感じで、言ってみれば太鼓を太鼓じゃないアプローチで演奏するのと近い。そういうことを、「こういう面白いものがある」って話していくと、「すげぇ!」みたいな。「こんなんあるんだ、へぇ」みたいなじゃなくって、すごく前のめりに語り合える。「自分はこういうのが好きで!」っていうのを交換し合うのがある意味部活っぽいというか(笑)。そういう感覚でやれたのはすごくでかいですね。

――作品を演奏してもらうなかで、鼓童のみなさん側からの手応えを感じた瞬間はありましたか。

日野:そうですね……。いろいろあると思うんです。で、個人個人でもそのポイントって違ってくる。けど、そのなかでも「Games」って曲。あれは自分じゃないとできないことができたかな。そもそも、この曲って2019年のアース・セレブレーションのときにやった曲なんです。でも、そのときは失敗しちゃって。「Games」は、積み重ねて積み重ねてその我慢がある分、後半の爆発力が生まれていくみたいなところがある曲で。ひとつでもミスすれば、もう一度、最初から積み重ねなきゃいけないという緊張感を持ちながらやって、それがうまく積み上がって「ドン!」といったときが気持ち良い。2019年の時点では作曲を複雑にしすぎていて、今思うと楽曲としてまだまだ未熟なところが多かったんです。今回はだいぶアレンジを加えて、効率的になったというか。簡潔になったし、かっこよくなった。一度、監督とかほかのスタッフたちに全編見てもらったんですよね。最初から通して。「Woodblock」から通してここまで積み上げてきたものと、「Games」でのジッと耐える緊張感からの解放が相まって、すごい高揚感が生まれたんです。「Games」は完璧に演奏するのも難しい楽曲なので、演者たちの緊張感もそこにはあった。それがある種、感動的でもあって、まだ撮影を開始してもいないのに1回そこでひとつの山を越えたというか、鼓童との一体感を感じた瞬間でもありました。

――生のパフォーマンスとしてつくられているわけではなく、録音されて調音されてはじめて面白さがわかるというポイントが興味深くて、今回日野さんが鼓童に書いた曲を鼓童が生で公演するみたいな計画は、今後あったりするんでしょうか。

日野:そうですね。やろうとしていますね。今後も、結構コミットしていろいろやっていけるんじゃないかと期待しています。

INTERVIEW:日野浩志郎|「らしさ」を解体し、新たな響きをつくり出す
写真提供:越島 photo: Katsumi Omori

――佐渡への滞在経験も新型コロナ禍がなければもうちょっと違ったものになっていたかもしれないし、作品の公開の仕方も変わってきた可能性もありますよね。

日野:直接会ってクリエイションをするというのは、お互いの顔を見て意図を汲み取っていくのが容易だと思うんです。いまみたいに会えない状況下だといつも以上に能動的に相手やその場の状況のことを想像してイメージを湧かせながらクリエイションしていかないといけないのはしんどいこともある。つくる内容も変わってきているんじゃないかな。

でも今回の『戦慄せしめよ』は逆にコロナだから鼓童とここまで濃密につくれたところもあると思うんですよ。鼓童は数年先のスケジュールも決まっていて、間を縫うようにスケジュールを確保していくことになる。2019年のコラボのときも作曲してから数ヵ月後に「Games」を演奏するというスケジュールだったけれど、実際にじっくり練習できたのは数日程度だった。今回みたいに1ヵ月近くともにつくってこれたのは、コロナだから実現したという面もかなり大きかったと思います。

『GEIST』という作品(※)では、見えないものを浮かび上がらせるということがコンセプトとしてありました。そこでは、見えないものをお客さんに見せることを目指していた。けれど、いまはこっちも見えていないなかで、見えないものを自分も想像して相手と会話するみたいな、ほんとテレパシー状態みたいな状況があったりする。いまスウェーデンのマルメという都市の、まちなかに設置するサウンドインスタレーションをつくっていて、まだ構想段階ですが、構想するにもなかなか想像が難しい。もはや宇宙に向かってモールス信号発信してるような感覚に近いですよ。それを聴いている人が何を思うのかはわからないし、そこに人がいるのかもわからない。それこそほとんどテレパシーに近い感覚ではありますが、美術家ではないのでコンセプチュアルに構築していくというよりも顔の見えない相手にプレゼントを渡すようなロマンチックな気持ちを楽しむ方向でつくっています。それもコロナでしかありえなかったかなと思いますね。

日野が2018年から発表している、大編成・多スピーカーで行われる「全身聴取ライブ」。2018年、クリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地)BLACK CHAMBERにて初演。2019年には山口情報芸術センターで第2弾が上演された。

日野浩志郎 / Koshiro Hino

バンド「goat」「bonanzas」のプレイヤー兼コンポーザーであり、電子音楽ソロプロジェクトYPYの活動のほか、クラシック楽器や電子音を融合させたハイブリッドオーケストラ「Virginal Variations」、多数のスピーカーや移動する演奏者を混じえた全身聴覚ライブ「GEIST(ガイスト)」の作曲、演出を行う。ほかにもカジワラトシオ、東野祥子によって設立されたANTIBODIES collectiveでの活動、元維新派による新たな舞台「孤独の練習」の音楽担当などを行っている。国内外のアンダーグラウンドミュージシャンのリリースを行うカセットレーベル「Birdfriend」、コンテンポラリー/電子音楽をリリースするレーベル「Nakid」主宰。

https://soundcloud.com/koshiro-hino

 

imdkm

ライター、批評家。ティーンエイジャーのころからビートメイクやDIYな映像制作に親しみ、Maltine Recordsなどゼロ年代のネットレーベルカルチャーにいっちょかみする。ダンスミュージックを愛好し制作もする立場から、現代のポップミュージックについて考察する。単著に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。

INFORMATION

『戦慄せしめよ | Shiver』

goat、YPY、GEISTなどのマルチな活動で知られる日野浩志郎が、佐渡島の太鼓芸能集団 鼓童と滞在制作を行い書き下ろした90分に及ぶ楽曲群を、豊田利晃が新しい音楽体験として映像化。全編を鼓童村稽古場と佐渡島島内で収録した。

監督・脚本:豊田利晃

音楽・演奏:日野浩志郎

太鼓芸能集団 鼓童:阿部好江、中込健太、小松崎正吾、住吉佑太、鶴見龍馬、小平一誠、前田順康、吉田航大、三枝晴太、渡辺ちひろ、小野田太陽、詫間俊、中谷憧

出演:渋川清彦

鼓童 舞台・制作 :風間正文、新井武志、柳澤美希、池山空見

撮影:槇憲治

照明:野村直樹

美術:松本千広

衣装:服部昌孝、江戸一番隊

ヘアメイク:白銀一太

音響効果:北田雅也

音楽録音:葛西敏彦

録音:高橋勝 

スチール:大森克己

編集:沖鷹信

制作プロデューサー:沖鷹信

企画・製作:越島(安澤太郎、黒瀬万里子)

 

文化庁委託事業「文化芸術収益力強化事業」

主催:

文化庁

特定非営利活動法人映像産業振興機構(VIPO)

こいのぼり

 

オンライン配信

※2021年3月末まで、Vimeoにて配信期間延長が決定

配信時間:約89分

鑑賞料金:1,000円(税込)

販売開始日時:2021年2月4日(木)18:00 –

配信先:Vimeo – https://vimeo.com/ondemand/shiver2021

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