日々をコピックで描き、街を記録し続ける
2021年6月20日(日)、POLにて開催されていた、中村一般画集発売記念個展「僕のちっぽけな人生を誰にも渡さないんだ」に足を運んだ。
当日は中村さんが在廊されていて、「これは、コピックを使ってはじめて描いた絵です」「コピックにも徐々に慣れてきました」などと教えてくれた。
展示されていた絵には、路地の小さな植物、買い物のメモ、閉店した美容院、橋のつけ根に描かれたグラフィティ、夜道に光る自動販売機、踏切や道路の草花などが描かれる。
買い物のメモにはこう書いてあった。
買い物
・牛乳(低脂肪)
・やさしさバナナ
・R-1(2本)
~~~~~~~~~
午後、お米を2合
といでおいて下さい
(炊くのは
お母さんが
帰ってから)
きゅうり もずく用に切る
トマト 切る
もやし スープ用に切る
フォトレポート、すなわち写真でイベントなどを記録し伝える手法があって、paperCでも、フォトレポートによる記事コンテンツが時々更新される。中村さんの作品はもちろん写真ではなく、中村さんの手で描かれているわけだが、一枚一枚をつなぎ合わせると連続したドキュメンタリーのようにも見える。ただ、なかには、中村さんと思われる人の姿が登場人物のように現れる絵があって、画面の向こう側に中村さんが行ってしまうと、風景を見つめる「視線」の主体が、私たちではなかったことを知る。中村さんの視線の注がれる先には、発見、苦しさ、そして救いが存在するのだが、私はその、中村さんの世界をどうしたら消費しないようにふるまえるのだろうか、と思った。そこに存在する中村さんの物語は、追体験可能なレポートではない、ということに私たちは気づくのだ。
「僕のちっぽけな人生を誰にも渡さないんだ」と言われること
絵に描かれた中村さんの表情は淡々としているが、「おとといの夜に咲き終えたのかもしれない」と思っていたサボテンが花開いたときには、小さな声を上げそうな、驚くような顔になっている。絵のなかで中村さんの感情の起伏が、見ている者の心を動かす。
また、私は、さきほどの買い物のメモを渡した人のことを考えた。手書きのメモを中村さんが「描いている」が、その筆致や、書き連ねられた食材に併記されたそれぞれの調理の工程は、その人の生活のなかでの「切る」行為、暮らしのありようなどを想像させ、またそこにいない人の存在を強く想起する。
会場には「マンガ日記原画」のファイルも置かれており、壁に展示しきれないほどのたくさんの絵たちが入っていてその作品群にも目を引かれた。ファイルには「非売品」とラベリングされている。販売はされていないが、これらも展示された絵とともに『僕のちっぽけな人生を誰にも渡さないんだ』に収録されていて、何度でも読み返すことができる。うれしい。
私がはっとしたのは、「銭湯の入り口がある…」という吹き出しとともに描かれた風景が、かつて私自身が行ったことのある、三軒茶屋の銭湯だったことだった。忘れかけていた。そして、後になって、中村さんが三軒茶屋の出身であることも本人のWebサイトで知る。ファイルのなかの作品に描かれていた、紀伊國屋書店新宿本店も私にとってとても懐かしい場所である。
画集のなかで、大阪の風景として、淀川の1コマと、鶴橋の1コマが切り出されていた。どちらの絵にも「日本聖公会」「キリスト」などと入っている、多くを語らない絵だった。まちには他者に見せる貌(かお)と住む者に差し出される貌があるのかもしれない。そう、誰からも消費されたくなくて、人生は間違いなく自分のものなのだが、時々そうやって他者が入り込んでくる。大阪というまちが中村さんに向ける貌はどのような貌か。中村さんが大阪を歩いて描く風景をもっと見てみたいと思った。
中村一般 画集発売記念個展「僕のちっぽけな人生を誰にも渡さないんだ」
会期:2021年6月11日(金)~27日(日)
会場:POL
時間:12:00~19:00
定休:水・木曜日