「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。オンラインツールの恩恵を受けながらも、「話を聞く」行為を複雑に体験したいと願うのは、編集者やライターだけではないはずです。さて、「このタイミングでどうしてるかな〜」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスを持って、近況気になるあの人に声をかけていく本企画。第1回は、大阪・田辺で本屋「LVDB BOOKS」を営む上林翼(かんばやし・つばさ)さんです。
緊急事態宣言下のガーデニングと妖精と大阪
谷町線・田辺駅に着いて、TwitterでDMを送るとすぐに上林さんから返事がきた。「地下鉄から来るなら花まる弁当寄ってほしいです!」「18時以降半額なんで笑」。花まる弁当とは、田辺駅から徒歩5分ほどのところにあるお弁当屋さんで、ことあるごとに上林さんからおすすめされている。梅雨の肌にまとわりつく空気をかき分けて、念願の花まる弁当へ。
店先のスチールラックには、発泡スチロールの箱がいくつか置かれ、なかには弁当や各種お惣菜が詰め込まれていた。ルーローハン、ガパオライス、ヤンニョムチキン、ジャークチキン、タイ風春巻きなどアジア圏のごはんが中心。氷水につかったタイのチャーンビールや、ケースに詰められた落花生もある。いろんなものを食べたい気持ちをおさえて、ルーローハンと春巻きと漬物を買う。これで1,000円ぽっきりだからすごい。毎日通いたい。
田辺駅から徒歩6〜7分、閑静な住宅地の入り組んだ路地の一角にLVDB BOOKSがある。お弁当の袋を片手にお店へ入ると、お客さんが上林さんと談笑している。久しぶりにLVDBの本棚を眺め、入荷したものをチェック。新興の音楽レーベル「immeasurable」のフィールドレコーディング作品や、韓国の出版社「the object」から発刊された写真アーカイブ研究所資料集などの目新しいものから、壁際に積み上げられた古本・レコードの山まで。「持続化給付金で仕入れました」と、新刊が積まれた什器をカウンターごしに指差す上林さん。本やレコードをちら見しながら、ぽつぽつと話しはじめる。
ーーここ最近は、どんなことしていました?
上林:アーティストの小指さんがWebメディアに寄稿していた日記がすごく良くて。例えば、「この街は花が多い。それは今日初めて知ったことだった。」(Webメディア「she is」2020年4月4日、12日(小指)/違う場所の同じ日の日記)ってくだりとか。僕自身ここ2〜3ヶ月は花や木々の様子をずっと見ていたので。
ーー4〜5月の緊急事態宣言下はずっと自宅に?
上林:実は毎日お店には来ていたんです。といってもオープンしていないのでお客さんは来ないし、変化があるものといえば庭の風景、植物だけなんですよ。まあ、ガーデニングというと少し大げさなんですが、狭い庭を今も整えています。竹が生えていたのを引っこ抜いたり。根っこが隣の家から塀を潜ってこちらへ来ていたみたいで、だいぶ苦労しましたが……。あそこにあるのはバラですね。サルビアは速攻で虫に食われちゃって。谷町六丁目にある「abcde」で植物を買って、植え替えたりしています。
ーーガーデニングのほかには? 前に雑誌をつくるって言ってましたよね。
上林:2年くらいタイトルをずっと考えていたんですけど、やっと閃いたので調子にのってツイートしたら、めっちゃ反応あって。普段、僕が入荷した本の紹介をしても誰もいいねしてくれないのに(笑)。コンセプトは単純で、毎号3〜4人に話を聞く。第1号は妖精特集で、第2号は南田辺の「スタンドアサヒ」だけで100ページくらいつくれるんじゃないかな。
ーー妖精?
上林:妖精って言ってますけど、近くでお店をやっている人、それこそ花まる弁当の社長さんとか。なかでも独特の人たちに話を聞いて、それを遠くの人にどう面白がってもらうか。例えば、「北沢長衛」っていう立ち飲み屋が阿倍野にあるんですけど、そこの店主がすごく面白い人で。その人の見ている大阪が、僕の好きな大阪なんですよね。その人はこの近くの生まれなので、見てきた景色を教えてもらう感じ。雑誌をつくる上での参照元としては、やっぱり小野和子さんの『あいたくて ききたくて 旅に出る』や、岸政彦さんの『断片的なものの社会学』とか、本屋なので過去の本を総動員して考えています。雑誌のなかでまったく知られていない人のインタビューが、50ページくらいのボリュームで載ることってないなと。逆にそれをやりたい。
ーー上林さんの好きな大阪ってどんなものですか?
上林:これ、はっきり言うのは難しいですね。少し違う言い方をすると、雑誌でやろうとしていることの根底には、現在の、特に大阪維新の政治に対する抵抗もあって。大阪都構想のようなひとつのイメージに進んでいく、統一されていくような、うすっぺらい感じがするじゃないですか。例えば、LVDB BOOKSがある東住吉区や隣接する阿倍野区、そして平野区は、もともとは大阪市に入っていなくて、徐々にまちが拡大していくなかで、大阪市に含まれただけのこと(大阪市域拡大については大阪市のWebサイトを参照)。僕が住む阿倍野区からここへは、毎日国境を越えているような感覚で通っているんですが、そこには統一された「大阪」ではなくて、異なるまちのつくりやその成り立ち、活動している人たちの文化みたいなものが、わりと目に見えやすい道や建物のレベルでまちの雰囲気として表れているんですね。排他的な意味ではなくて、その違いが面白いし、そこを言語化していきたいなと思っています。
ーーその複雑さが、そのまま豊かさともとらえられる。
上林:まちの複雑さを壊すことは誰でもできるけれど、また同じものをすぐにつくることは誰にもできない。もちろん、壊すべき風習もあるかもしれないですが、いまの大阪維新は、審美的判断と知性の欠如において信頼できないです。
ーーお店に来る若い人たちとかと、大阪のことを話したりします?
上林:アルバイトで来てくれている子にも話しますよ。選挙の日におそるおそる「選挙行った?」って聞いてみたら「当たり前じゃないですか!」って返されて。選挙に行かない大人も多くいるなかで頼もしく感じました。まあ、ここの本棚を見れば、この店の政治的思想は見えると思うんですが、アジテーションを口に出してしまうと伝わっていかない部分もあるから、本というメディアを通して伝えていく。すべての店という場所が常に政治空間だと思っています。
2020年7月10日、LVDB BOOKSにて収録(取材:鈴木瑠理子、永江大)
上林さんの「最近気になる○○」
①お客さん=京都の大学生・森口さん(文化人類学専攻)
近所に実家があって月イチくらいでお店に来てくれる。この取材のときにもいて、2時間くらい本を物色していました。音楽アーティストのLil Soft Tennisとかとも同年代でつながっていて、これからの世代としておもしろいことをしてくれそう。新しい感性を教えてくれるし、将来が楽しみです。
②名店=スタンドアサヒ
南田辺の名店。この店がなかったらこのエリアに移転しなかった。コロナ以降、お店の人もLVDB BOOKSに来てくれて「お客さん全然来ないわ〜」とか言いながら、本をたくさん買ってくれる。この状況で飲食店の方が苦しいはずなのに、地域全体に目を配ってくれているのを感じます。スタンドアサヒには、そういった行動原理みたいなものがなにか残っている気がして。かっこいいですよね。
③ノンフィクション=『女帝 小池百合子』
大事な局面で毎回「崖から飛び降りる思い」という言葉を何度も執拗に繰り返す小池さんのとんでもなさが表れていて、読み物としても平成の政治史を振り返ることができて面白い。小池さんに投票した人は全員読んでほしい。ただ、取次会社の都合上、店で取り扱うことはできません。
④場所=花まる弁当
社長がもともと貿易の仕事をしていたため、タイや台湾にも出入りしていて、現地の料理に理解がある。だから、ガパオライスやルーローハンなども再現性が高く美味しい。あと、話を聞いていくと、人としてもおもしろくって。実は、僕自身ここの弁当屋に通いすぎて、お店開ける前に配達を手伝ったりしています(笑)。
LVDB BOOKS
大阪市東住吉区田辺3-9-11
時間:13:00~19:00
※定休日、開店時間はSNSの投稿を参照