「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。「このタイミングでどうしてるかな~」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスを持って、近況が気になるあの人に声をかけていく本企画。第15回は、船場で5坪の小さな書店を営むtoi booksの磯上竜也(いそがみ・たつや)さんです。
開店3年、「全身が青春」
本好きや文学好きに愛されてきたtoi booksが開店3周年を迎えた。toi booksがオープンしたのは、2019年4月。開店からの歩みは、ほぼコロナ禍と重なっている。その道のりは、決して順風満帆とは言えないが、「想定したよりはうまくいっている」と磯上さん。答えだけではなく、新しい「問い」を与えてくれるような本を届けたい。そんな本屋をつくりたい——。開店以来変わらぬコンセプトに導かれ、ひとつひとつ目の前の課題に向き合いながら歩みを進めてきた。この4月には3周年記念として小説家の町屋良平さん、大前粟生さんと3人で書き溜めてきた“日記のような”文集『全身が青春』を刊行。出版という新たな一歩を踏み出した。磯上さんは、この3年をどんな想いで過ごしてきたのだろうか。刊行直後の4月下旬にお話を伺ってみた。
——どんな経緯で『全身が青春』を出版したのでしょうか?
磯上:きっかけは、2019年の年末に、町屋良平さんと大前粟生さんに「日記を書きたいと思っているんですが、よかったら3人で書きませんか?」と提案いただいたことです。町屋さんが、文芸誌に寄せた僕のエッセイを気に入ってくださったそうで。大前さんはお店で推している作家で、関わりがありました。作家の方と一緒に書くのはプレッシャーでしたが、おふたりの文章をすごく読みたかったし、間近で立ち会えるラッキーな機会。ぜひお願いしますと引き受けました。
——魅力的なタイトルですね。
磯上:最初に3人でご飯を食べながら話したときに、大前さんが「『全身が青春』ってどうですか?」と言って、決まったタイトルでした。変わった響きで、耳にひっかかるけど、面白い。2019年12月から3人の日記をnoteで断続的に連載してきたんです。その延長上で、2020年に「二子玉川 本屋博」というフェスに出店した際に、購入特典として“日記のようなもの”を3人それぞれが書き下ろして冊子をつくってみようと。その後も、開店1周年、「全身が青春」開始1周年といった節目に特典として付ける流れができていきました。今回は、それらを3周年記念の書き下ろしも含めて1冊にまとめたんです。
——「日記」ではなく、「日記のようなもの」とのことですが、どんな内容なんですか?
磯上:それぞれが書きたい文章のかたちで、そのときあったこと、考えていたこと、面白いと思ったことを書き留めています。だから、一般的な日記とは違う感覚の文章が入っていますね。町屋さんは詩のかたちで書いたものがあったり、大前さんも短歌や俳句を書いていたり。「日記のようなものを書きましょう」となった一番はじめに、町屋さんが詩を書いて、そんなに自由でいいのかと驚かされました。そのおかげで、それぞれが書いてみたいことを、試したりしながらのびのびと書ける場になっていったと思います。
——最近、文学フリーマーケットなどでも日記の形態は人気ですよね。磯上さんはこの動きをどう見ていますか?
磯上:コロナ禍で否が応にもひとりの時間が増えると、自分のこと、自分が置かれている環境について考える機会も増えると思います。そのなかで言葉にして書いて残そうという欲求は必然なのかな、と。それに、人と話す機会が減って、コミュニケーションのなかで生まれる驚きが極端に減ったと思うんです。日記を読むと、その驚きが得られる。日記は書き手にとっては客観的に自分を見つめ直せるものですが、読み手にとっては書き手と向き合い、その人を知ることができるもの。書き手と自分とでは思考の流れが全然違ったりしますよね。それが日記だとダイレクトに伝わるので、他人の日記を読むと面白くて、へえと驚く瞬間があるんじゃないかと。
——なるほど。本の出版はもともと考えていたのですか?
磯上:開店当初から考えてはいました。本をシンプルに仕入れて売っていくだけでは本屋の経営が難しい現状で、どうすれば限られた力で経営状況をよりよくできるのか。そう考えたときに、選択肢のひとつに必ず入ってくるだろうと。ただ、経営的な観点からはじめると、自分のなかの誠実さが問われる気がして踏み切れずに来たんです。ほかにも本屋としてやることがいっぱいあるので、できないなあと思いながら過ごしていて。特典としてつくっていた冊子がある程度の分量になったので、それを1冊の本にまとめるということは、自然な動機で、toi booksとして出す意味もあるだろうと思えました。
——ところで、この本は文書ソフトのWordでつくったんですか?
磯上:そうなんです。これまでも冊子は全部Wordでつくっています。お金があるわけではないし、自分でできることは自分でやれたらなと思っていて。開店時はロゴもWordでベースはつくりました。今回、本をつくるにあたって、いよいよデザインソフトのIllustratorやInDesignを学ぶときが来たと思っていたんです。でも、ここまでWordでやってこれたし、今回もやってみようかなと。Wordにこだわってきたわけではないんですけどね(笑)。
——レイアウトがきれい。Wordマスターですね(笑)。この4月でオープンから3年経ちました。振り返ってみてどうですか?
磯上:お店としては、思いつきに近い開店だったこともあり、ダブルワークをすることを念頭に置いていたんです。でも、そこから3年間、なんとかかんとかお店一本でやっていけている。自分の予想を上回って、みなさんに見ていただき、買っていただいた結果だと思います。ですから、想定したよりはうまくいっていると思います。ただ、満足しているか、十分な状況にあるかというと、そうではないので、まだまだやるべきことはたくさんあります。
——棚づくりなどで変化はありましたか?
磯上:コロナ禍でオンラインイベントをはじめましたが、お店について考えていたことは大きくは変わっていないです。たとえば、古本の棚は、普段本を読まない人に手を伸ばしてもらえたらと意識してずっとつくってきました。新刊書店の本棚の幅は、70〜90cmが多いのですが、うちではもっと狭めているんです。そうすれば、ひとつの棚の本の量を物理的に減らせるので、「本の量に圧倒されてしまう」「どれを手に取っていいかわからない」という本屋で感じる圧力を多少なりとも減らせるのかな、と。
——「仕事ってなんだろう」「近くて遠い存在」など、1行だけ抽象的な言葉が棚の前に添えられていますね。
磯上:1行であれば、読むのに1秒もかからないと思うので、読んでくれるだろうと。それも「ビジネス」「家族」とかではなくて、もう少し奥行きのある言葉にできたら、「それってなんだろう?」「何これ?」と思ってもらえないか、と考えてきました。入り口を狭くすることで、興味をおこす棚にできるのではないか、と。当然完璧ではないですけど、思惑に沿った反応は返ってきていて、間違いではなさそうです。今はどうすればより手に取ってもらえるかを考えている段階ですね。
——お店として、次の一歩はどんなことを考えていますか?
磯上:自分にとって自然な流れで、本を1冊出せたことがすごく大きな一歩でした。それこそ、Wordひとつあれば本をつくれることがわかりました。誰でも表現できるし、それは面白いことだと思います。これからどれだけ読者の手に届けられるかも考えていきながら、また新しく本を出していけたらと思っています。「この作家がいいな」と推したり、推した本が売れたりすることが本屋の喜びのひとつだと思っていて。本屋をやっていると、面白い書き手でも「本がなかなか出せない」と聞くことがよくあります。自分が推したい書き手の本を自分のところでつくれたら、より効果的に売り出していくこともできるだろうな、と。そんな想像を広げています。
2022年4月26日(火)、toi booksにて収録(取材:末澤寧史、鈴木瑠理子)
磯上さんの「最近気になる○○」
①もの=レゴ
レゴは今年90周年なんです。最近、友だちにヒヨコの着ぐるみを着たスタントバイク乗りのレゴをもらったんですが、すごくかわいくて。それから自分でも少しずつ買って、いろいろ思いつくままにつくってみたりしています。何かが生まれる予感や楽しみが素朴に感じられて、すっかり夢中です。
②ドラマ=『名探偵モンク』
最近というか、再びです。友だちにずっと貸していたDVDが戻ってきて、ずっと見直しています。強迫性障害を抱える探偵エイドリアン・モンクが主人公で、類い稀な観察眼によって事件を解決していくストーリーなんですが、彼に対する周囲の関わり方がいい。不安障害があるからといって、過度な特別扱いをせず、それを彼の個性として扱う。その関わり方が程よく心地よくて、物語はもう覚えているのに何度でも見てしまいます。