本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
Original Research
2019.10.04
#ビンビール#吉行良平#CRAFT#DESIGN#FOOD#PRODUCT#COLUMN

“格好良い”を、呑みながら思考する

吉行良平
文: 吉行良平 [吉行良平と仕事]

汗をかく作業も多いせいか、その日が終わりかけた頃「ああ、あの店でビールを呑んだら美味しいだろうなあ」という想いが、頭によぎります。サーバーからジョッキにそそがれる、いわゆる「生」を注文することが圧倒的に多かったのですが、いつからか「すみません、大ビンで」とお願いするようになりました。

「ひとりでさくっと飲むのが増えたことが要因かもしれないなあ」などと、ぼんやり考えてみたのですが、なぜ、この大ビンとコップ(グラス)の呑み方に惹かれるのか、個人的な仮説を立ててみることにしました(以前、在籍していたデザイン事務所の上司が投げかけてくれた「ちゃんとしてみよう」を、大事にしています)。ビンビール大をコップに傾けながら、一つひとつ振り返っていきます。

“格好良い”を、呑みながら思考する

1. 出会い

現在、大阪に作業場事務所をおいてデザイン設計を続けていますが、生まれた場所である大阪に帰ってきたのは20代半ばでした。18歳で大阪を出たこともあり、呑むという文化においては自分の地図のようなものは持っておらず、現場で会う職人さんたちや、すれ違う仙人のような方々のスタイルをただただ真似て、恐る恐る初めての立ち飲みや、食堂の暖簾をくぐりました。

横にたまたま居合わせた紳士に、ごちそうしてもらって感激したり、常連さんの佇まいを眺めたりするのが楽しく、自分が住み暮らす場所の、空気のようなものを確認できたと、今は考えています。

お店で過ごすうち、以下のような“格好良い”と感じるふるまいを発見していきました。

・お酒をコップで呑む

・昼から呑む

・急かず少し間をあけて、注文する

・文庫本(おそらく古本)を読みながら呑む

・なんとなくテレビを観ながら呑む

そのなかでも、ビンビールを傾けてコップに注いで、「ぐぅぅ(こういった表現しかなくすみません)」と呑むというのは、格段に良く思えました。それまでは、何も考えず「生で」だった私は、憧れから「ビール、大ビンで(この単語の順序もとても気に入っています)」と頼むようになりました。

 

2. 壁

だた、私の場合、頼む際にお店の方との掛け合いに変な間が生まれることがわかってきました。壁=銘柄の提示です。ミーハーな私は、その所作だけを追ってしまっていたのですが、ビンビールにも大手だとサッポロ、アサヒ、サントリー、キリンなど(敬称略)が存在し、どの銘柄を希望するかも大事になってきます。

観察していると、「ビール、大ビンで、“サッポロで”」と、銘柄までが1セットとなっているのが通例のようで(個人調べ)、自分の欲するビールがどれか?ということもふまえて、向かうべきだとわかってきました。どのビールも美味しいと思ってしまう私には、難しい問題だったのですが、味以外の“個人的な目”を持つことを課題として、取り組みはじめたのでした。

味で決められると信じていたのですが、妻と立ち寄ったパスタ屋さんで「ビール」とだけメニューに記されていたものを頼み「これはサッポロだ」と得意気に言った後、スタッフの方に「いいえ、キリンです」とはっきり言われてしまう、なんてことも。僕にとって、この課題は大きな壁となりました。

 

「味以外の何に良さを感じて注文するのだろうか?」

頭を上げると机には、大ビンのアサヒとコップ。眺めるその景色の良さを個人的仮説をたてながら観察することにしました。

“格好良い”を、呑みながら思考する

3. 観察

私が景色として参照するものとして、映画があります。共働きだった両親は、小ぶりなテレビを前に、姉弟家族そろって観る日曜ロードショーの時間を大事にしてくれていました。

そのなかのひとつだったか、印象に残っているのが『幸せの黄色いハンカチ』。映画自体もとても良いのですが、得に思い出すのは主演の高倉健さんが、刑務所で刑期をつとめた後、初めてビールを飲むシーンです。中ビン(サッポロ)を頼み、コップで呑みます。その場面がたまらなくて、子どもだからまったくアルコールに興味もないのに、ぐぅぅと喉が鳴ったことを忘れません。

映画のように目の前に並ぶビンとコップを見ると、当たり前ですが、各社のラベルの違いに加え、ビン自体の違いが見えてきました。たとえば私が最近よく飲む、アサヒは首元の肩がはっきりあるビンで、キリンはなで肩、といった具合です。

 

4. 仮説

「そうだ! きっとこの景色、形状に良さの理由がある!」

と、思い込むことにしました。喉越しや味以外にもきっとある。呑みながら考えてみるとどうも、キリンのなで肩のビン形状をどこかで見ているように思います。

 

「あ、あれはそうだ、日本酒のビン形状、一升ビンとそっくりではないか」

と、思い出します。

 

「では、サッポロやアサヒの形状は? そうだ、あの肩は、ワインのビンの形ではないか! ビールは洋酒。起源や歴史に沿った形のはず。」

そう考えると、そういえば私は日本酒が苦手。

 

「そうだ、そうなのか。だから私は、サッポロ、アサヒなのだ!」

それが、私の好きな銘柄の良さなのだと決めることにしました。

“格好良い”を、呑みながら思考する

では、コップはどうでしょう。

私の本業は、プロダクトデザインです。その視点から見てみると、直線で構成されていながら、実は厚みをもたせたポテッとした印象のバランスが、可愛さなのでは、とか、高倉健さんが手で包み込むあたりがちょうどビールと泡の黄金比率とされる7:3が生まれる形状設計だからだ!とか。考えてみたりします。

個人的仮説を立てて、ものごとを検証してみることも、前職の上司が教えてくれたことです。正しさを良さとして突き詰めるだけではなく、いつも「どう思う?」と聞いてくれたことを思い出します。思えば解決を促すだけでなく、可能性を常に引き出そうとしてくれていました。

 

5. 確認

形や色を素直に自分の想いで表現できることは、素敵なことのひとつだと考えています。たとえ、その個人的仮説が事実と異なっていたとしても、まず仮説を立てることで「かっこいい」や「かわいい」など、正解だけで構成されていない事柄の確認作業になるのではと感じています。

ビール好きの友人が、私の味につながるビン形状の仮説を笑いながら聞いた後、あながち間違いでもないかもと「国産ビールができた当初は、ビンの国内生産が難しくてなかなか出回っておらず、輸入されたワインや国外ビールの空きビンを集めて入れていたみたい。今のサッポロやアサヒなどの主要なリターナービンの原型かもね。」と教えてくれました。

ビンビールは、キリン以外の数社は再利用しやすいよう同形状としているようです。それも良さのひとつかもしれませんし、キリンの中身だけでなく外身にまで自分たちの想いや美味しさを打ち出す強さも素晴らしいと思います。

“よさ”というぼんやりしたものを前にして緊張するのですが、その確認は、意識しているとふわりと現れます。

作業場の近くに、カキフライ単品をあてに、ビンビールを呑むようなお客さんがいた素敵な洋食堂がありました。今はなきその店のおばちゃんが、ある日あのコップで、お米をすくっています。

 

「なにしているんですか?」

と聞くと、

 

「え、これ? 吉行くん、しらんの? このコップね、1合ちょうど入るんよ。お米炊いたりするのに便利なの。」

私が大好きなビンビールとセットで出てくるコップは、1合グラスと呼ばれ日本酒などを呑むあの四角の1合升と同じ容量なのだと教えてくれました。

 

そうして、私は、慣れ親しんできた「1合」という容量を持つことが、このコップの良さのひとつだと決めました。

“格好良い”を、呑みながら思考する

今までふと手にしていたものや色の奥に目をやり、「なぜなのか?」を妄想してみること。仕事柄もあったかもしれませんが、自分の身近なところから始めたこの個人的作業は、出張先で行く他府県や海外などでも続けています。単純に好きなものやことを考えるというのがとても気持ちが良いのです。考えているとまた新たなことに気づいたりします。

そういえば、僕は日本酒だけじゃなくて、ワインも苦手だなと。また自分自身を見つめ直して、そこから新しい仮説を立てています。

吉行良平 / Ryohei Yoshiyuki[プロダクトデザイナー]

オランダへ渡り、Design Academy Eindhoven 卒業、Arnout Visser のもとで研修を積み、「吉行良平と仕事」設立。国内外のクライアント、製造会社、職人と協働で家具やマスプロダクトの設計を中心に行う。手を動かし実験、検証を繰り返しながら、あるべき色、形を探る。

吉行良平と仕事 http://www.ry-to-job.com/

Oy http://oy-objects.com/

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