大阪を拠点に活動しているアートハブ・TRA-TRAVELは、2021年から、公共および民間のアートオーガナイゼーションと共に企画するアーティスト・イン・レジデンス「AIRΔ 」を大阪で7回実施してきた。2024年からは、「AIRにおけるクリエイティブエコノミーを考える」をキーワードに、国外のギャラリーとコラボレーションするレジデンスプログラムを展開。作品の構想から販売に至るまでの流れを、アーティストとギャラリーと共にデザインすることで、アーティストの滞在制作、作品発表、そして作品の「販売」に至るまでの動線をもつAIRプログラムとして、試験的に実施している。
本プログラムの第8弾では、北京のギャラリー「WHITE SPACE」が推薦する、中国の南京及び大阪を拠点に制作を行うアーティスト、ヨウ・ケン(楊健/Yang Jian)を招聘。ヨウ・ケンは、2024年6月から7月にかけて、レジデンスパートナーである北加賀屋のSuper Studio Kitakagayaで滞在制作を行い、また7月19日から21日まで「ART OSAKA 2024」に合わせて開催されるオープンスタジオにて成果展と作品販売を行う。
「AIRΔ vol.8 with WHITE SPACE Beijing 」の成果展として、中国人アーティスト楊健(Yang Jian)の個展『タコ の 庭』を、Super Studio Kitakagaya(SSK)のオープンスタジオ「Studio 6」にて開催します。
1982年、中国福建省生まれの楊は、ビデオとインスタレーションを主な表現方法として、様々な国や地域で展覧会やビエンナーレに参加してきました。2024年初旬に家族で大阪に移住し、異邦人として日本の文化にふれ生活する自身を「タコ」としてとらえ、制作を行ってきました。タコは色を見ることはできませんが、皮膚の色を周囲や状況に合わせて変えることができます。つまり、タコは目ではなく体を使って世界を見ているのです。
本展覧会は、タコの目と体という対比を用い、単純な視覚的な経験ではなく全身で感じた深い感情や経験から生まれる抒情を基底に、ゴミや日用品などの物質とイメージが多彩に結びつくペインティング作品で構成されています。
楊が全身でとらえた世界観を、作品や在廊している作家から少しでも感じ取っていただければ幸いです。
(主催者より)
なお、TRA-TRAVELのメンバー・Qenji Yoshidaによるアーティスト・インタビューが届いたので、以下に転載する。
Qenji Yoshida(以下QY): こんにちは。楊健/ヨウケンさん、まずはあなたがどんなアーティストか手短に教えていただけますか?
楊健(以下楊):こんにちは。中国の福建省出身で、現在は大阪に住んでいる楊健です。コンセプチャルな作品を制作することが多く、それぞれの作品に応じて使用するメディアや素材は異なります。時にはインスタレーション、時にはパフォーマンス、またペインティングなども行います。
Q:今回のプロジェクト「AIRΔ vol.8」は、私たちTRA-TRAVELと北京のギャラリーWHITE SPACEとが共同で、楊さんのレジデンスプログラムを実施しますが、WHITE SPACEにはどんな経緯で所属作家になられたんですか?
楊:2011年に私は滞在していたオランダから中国へ戻ったばかりで、友人と北京のスタジオをシェアしていたものの、庭にキュウリや植物を植えたくらいで、あまり作品を作っていませんでした。当時はプロのアーティストになることは考えず、むしろ生涯レジデンスアーティストでいることがクールだとすら思っていました。そんなある日、私の作品をネットで見たという見知らぬ人が訪ねてきたので、その人にパソコンでポートフォリオを見せたんです。次の日に今度はWHITE SPACEの全メンバーが訪ねてきて、そこでギャラリーでの初個展の日取りが決まりました。なので、かなり偶然が重なった出会いだったと思います。
Q:素敵な出会いですね。そもそもの話になるんですが、アーティストを目指すキッカケみたいなのはあったのでしょうか?
楊:思いあたることが二つくらいあります。一つめは比較的面白いというか・・こどもの頃に自宅屋上に家を建てるのに使われた砂が大量に残っていて、そこで集めてきたガラスのシェードや色んな種類のゴミを使って道や運河を作って遊んでいたという原体験があります。。もう一つの理由は、あまり面白い話ではないですが、小学生のころ母が水墨画の先生を家に招いたことだと思います。
Q:水墨画ですか、かなり興味深々です。福建省では一般的な習い事だったんでしょうか、はたまたお母さんが教育熱心だったんでしょうか・・いずれにしても息子が大人になってアーティストになった時のご両親の反応ってどんなものだったんでしょう? 中国において『アーティストであること』は社会的にどんな意味合いになるんでしょう?
楊:お母さんの反応でいうと、まずは笑っていました。というのも、彼女にとってアーティストといえば有名な歌手や著名な一部の絵描きです。90年代と20世紀初頭の中国では、アートマーケットがまだなくて、当時アーティストといえば、ある種の隠者はたまた放浪者みたいな人達で、何をすべきかも分からない惨めな連中みたいなステレオタイプがありました。ですが今はアーティストというと、一般的な人にとってもトレンディで儲かる仕事だと認識されています。
Q:なるほど、中国ではアーティストとして生計を立てることがより簡単になったということですか?
楊:いえいえ、簡単じゃないですよ。作品を売るのは、ほとんどのアーティストにとってまだまだ難しいことです。でも友だちが多かったら、生きていく分にはそんなには心配しなくても良いかもしれません。
Q:難しいというのは日本も、たぶんどの国も同じですね。でも日本だと文化庁や財団など、アーティストに対して色々な助成金があります。つまり作品を販売しなくても、助成金を獲得できれば(短期的には)アーティストとしてサバイブすることが出来ます。 中国にもそのようなシステムがあるんでしょうか?
楊:中国には二つのシステムがあります。一つは政府が認定しているもの、またもう一つはマーケットでやっていくことです。政府認定のアーティストのみ国家のサポートを受給できます。ただ実際には、多くの認定アーティストが経済的に一番サポートを必要としない立場にあるでしょう。また政府認定外の場合、アートの表現の自由はかなり限られたものになります。
Q:中国の芸術の状況について少し理解することが出来ました。それを踏まえてあなた自身の制作について教えてください。色んな素材やメディアで作品を作られていますが、大阪に来てからはペインティングをされていると聞きました。そのことについて聞かせてもらえますか?
楊:私にとっては、ペインティングと他の作品は実はかなり違ったものなんです。インスタレーションやパフォーマンスの作品を作るときは、かなり張りつめた感じなんですが、ペインティングはもっとリラックスして楽しみながら制作しています。
Q:向き合い方が全然違うんですね。冒頭でインスタレーションやパフォーマンスは、コンセプチャルにつくられていると話されていましたが、ペインティングとはどう向き合われているんでしょうか?
楊:ペインティングはコロナ禍からはじめました。ちょうど中国政府が有名なゼロコロナ政策をうちだし、市民の移動は極端に制限されました。これまで行ってきた私の表現では、作品制作を続けることが出来ませんでした。そこでペンを数本、少しの絵具という限られた素材を使いペインティングを始めました。そしてペインティングの上では自由に動き回れて、張り詰めた気持ちも身体をも解きほぐされて行きました。
Q:状況的に考えても「自由に動き回れる」というのは、面白い表現ですね。
楊:そうですね。ペインティングはそういった状況化で自分自身を解きほぐしたり、あるいは、現実から逃避するように始まったんです。ただ、よりペインティングを掘り下げていくと、どんどんシリアスに簡単には出来なくなってしまい、次第に多くの画家が直面するような絵画の課題にも直面するようになりました。ただ私のペインティングへの向き合い方は、画家と画家以外のアーティストの中間のような状態であり続けたいと思っています。私にとって、画家の作品は絵画論に制約されるのに対し、画家以外のアーティストのペインティングではその論理を必ずしも優先しないということです。
Q:最後に今回の展覧会タイトルの『タコ の 目』についてもなにかコメントいただけますか?
楊:私の家の近くには川があって、そこにはヌートリアが住んでいます。とても可愛くて子供とよく見に行くのですが、そこには外来種であることを警告する看板があります ― 噛まれる恐れがあるので餌を与えないでください —
それを見るたび、川岸の階段で休んでいる若いネパール人と私自身を想います。そんな外来種であることを意識することがしばしばありました。それがタコという比喩にも繋がっています。
マルクスはかつて、「人類は巨大なタコのようなもので、世界の隅々にまで触手を伸ばしている」みたいな事を話していました。私たちは皆、互いに手を伸ばし合う触手だと考えています。
1982年 中国福建省生まれのビデオとインスタレーションを主に制作するアーティスト。厦門大学芸術学院で学士号(2004年)と修士号(2007年)を取得後、2009年から2010年までStichting Niemeijer Fonds(NL)の助成を受けRijksakademie van Beeldende Kunsten(オランダ)に滞在。 2015年にHUAYU Youth Awardの審査委員会特別賞を受賞。2018年OCATヤング・メディア・アーティスツ・オブ・ザ・イヤー受賞。中国、ドイツ、アメリカ、オランダで個展及びグループ展を多数開催。
主な展示として、「個展:Geyser」(WHITE SPACE、北京、2023年)、「Motion is Action-35 years of Chinese Media Art」(BY ART MATTERS、Hangzhou、2023年 )、「Three Rooms: Edge of Now」(ZKM、カールスルーエ、2019年/ナムジュンパイクアートセンター、2018年)など。
現在中国の南京及び大阪を拠点に活動。
〜AIRΔ vol.8 レジデンスプログラム成果展〜
楊健個展『タコ の 庭』会期:2024年 7月19日(金)、20日(土)、21日(日)
会場:Super Studio Kitakagaya
時間:11:00〜19:00
料金:入場無料
主催:TRA-TRAVEL、WHITE SPACE Beijing
レジデンスパートナー:一般財団法人 おおさか創造千島財団
助成:大阪市、芳泉文化財団
大阪市住之江区北加賀屋5-4-64