大阪を拠点に活動しているアートハブ・TRA-TRAVELは、これまで国外のアートオーガナイゼーションと共に、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)を大阪で実施してきた。2024年からは、「レジデンス事業を通して国内のアートオーガナイゼーションをつなぐ」ことをキーワードに、日本国内の他都市/地域のレジデンス施設と共同で、新たな形のAIRを開始する。
このレジデンスプログラムでは、関西でリサーチを必要としつつも関西外に滞在するアーティストを大阪に招聘し、滞在やリサーチ、発表などのサポートを実施。このような活動を通して「国際的な視点から読み解かれる大阪/関西」を取り上げ、国内のレジデンスのネットワークを創出することを試みる。
本企画AIRΔ vol.11では、「トーキョーアーツアンドスペースレジデンシー(TOKASレジデンシー)」(東京)に滞在していた、アメリカを拠点に活動するハナン美弥さんを、大阪に招聘します。ハナンは、2024年5月から7月にかけてTOKASにて滞在制作を行い、1900年頃アメリカに渡った日本人移民、とりわけ、二度と日本の地を踏むことなく亡くなった移民者たちの足跡を追うために、複数の国内地域を訪問しました。本リサーチは関西でも継続し、大阪での滞在ではリサーチに関するトークイベント『夢の国? 日本ーアメリカの移民史』を行います。
そしてこのトークゲストとして、日系美術家たちを紹介した展覧会「トランスボーダー 和歌山とアメリカをめぐる移民と美術」(和歌山県立近代美術館、2023年)の担当学芸員の一人、奥村一郎さんを招待し、日本ーアメリカの移民について、深く知る機会をもちたいと思います。ご興味のある方は、ぜひお越しください。(主催者より)
ハナン美弥
アメリカ合衆国を拠点としている学術的アーティスト。熊本県出身で、日本では放射線技師として病院に務めていたが、1998年に渡米。死の哲学を基にした作品が多い。現在は、渡米した日本人移民を中心とした、忘れられている歴史を追及した作品を製作中。ネバダ・アートカウンシル・フェローシップ(2023)、ジェンテル・アーティスト・イン・レジデンス(2022)、シエラ・アートファンデーション・グラント(2018)などをはじめとする、多くを受賞。ブライトン・プレスとの共同制作のアーティストブックはアメリカ議会図書館、ハーバード大学、スタンフォード大学など30以上もの施設のコレクションに追加されている。2012年にはTEDx San Diegoからインスタレーションを依頼され、発表。2013年にはサン・ディエゴ・メサ・カレッジより優秀卒業生賞を与えられた。現在ネバダ州立大学リノ校の准教授。奥村一郎
和歌山県立近代美術館学芸員。和歌山を中心とした戦前のアメリカへの移民と美術についての調査研究や展覧会などを手掛ける。関連する展覧会に、「生誕120年記念 石垣栄太郎」(2013)、「アメリカ移民の歴史と芸術家たち」(2015)、「アメリカへ渡った二人 国吉康雄と石垣栄太郎」(2017)、「島村逢紅と日本の近代写真」(2021)、「トランスボーダー 和歌山とアメリカをめぐる移民と美術」(2023)など。
なお、TRA-TRAVELのメンバー・Qenji Yoshidaによるアーティスト・インタビューが届いたので、以下に転載する。
Qenji Yoshida(以下QY): こんにちは。ハナンさんは日本で放射線技師として務めておられ、その後1998年に渡米されていますが、アメリカでアートの道に進まれたのでしょうか?
ハナン美弥(以下ハナン):正直言って、全然予期していなかったことなんですが、渡米後、大学でドローイングのクラスを取ったのがきっかけです。その頃まだ英語があまり出来なかったのですが、言葉がなくても思っていることや考えていることを表現できて楽しかったんです。先生方に勧められて、気がついたら大学院まで卒業していました。とにかく人一倍努力しました。考えることも体を使って物を作る事も好きで、アートはその両方を満たしてくれました。
QY:放射線技師のキャリアから、なぜ渡米に至ったのかも伺いたいのですが、今日は作品について聞かせてください。これまでさまざまな制作や活動をされていますが、ご自身の制作やコンセプトについて教えていただけますか?
ハナン:大きく言うと、死に関することを題材にしています。私は世界を『次から次へとつながる一連の事象や生命』と見ていて、自然や風景はこれらの誠実な記録だと思っています。人類と、自然に刻まれている情報の関係に興味があります。扱う素材は特に決まっていません。コンセプト次第で決めて、実験的な手法を使うのが好きで、プロセスと使う材料の意味を大事にしています。
QY:『次から次へとつながる一連の事象や生命』の記録としての自然や風景という言葉は、数々の死(と生)の層がどんなものにも見えてくるように感じますね。今回の日本滞在ではリサーチに重点を置かれていると話されていましたが、どんな調べものをされているのでしょうか?
ハナン:ここ数年は、〈忘れられている、もしくは失われてしまいそうな話〉を呼び起こして保存しようという試みで作品を作っています。偶然にアメリカのへんぴな場所で日本人のお墓を見つけました。それは家族を支えるために出稼ぎに来て、残念ながら若くしてアメリカで亡くなってしまった方々のお墓だと後に知りました。その足跡を起点に、明治末にアメリカの鉄道建設に従事するため、海を渡った日本人出稼ぎ労働者や移民の歴史を調べています。それは今の日本の方々に知ってほしい歴史です。
QY:長くアメリカで暮らすハナンさん自身に重ねるように、移民の歴史へ関心を持たれているのかと想像します。それはハナンさん自身のアイデンティティについて考える/知ることと繋がっていると思います。少し抽象的な質問になってしまいますが、リサーチ対象とはどのような距離感を持って最終的な作品まで昇華されるのでしょうか?例えば、あくまで客観的な資料として見ているのか、またはより感情的に対象に近づくのか・・
ハナン:いい質問ですね。これは私も注意深く考えているところです。私としては、本で読めるような一般的な歴史よりは、個人的なストーリーに興味があります。一人一人の話を通して歴史を知るという事がアートにできる事だと思います。ただ、歴史を取り扱うのはとても責任のいることで、結果的にどのような作品になるにしても、しっかりリサーチをしてよく知っておくべきだと思います。今回のリサーチで、たくさんの本や資料を見ましたが、一番印象的だったのは、実際の移民達の書いた日記や手記でした。あまり感情的になると主観が入りすぎてしまうので、いいバランスを見つけたいと思います。
QY:最後の質問です。現在ネヴァダ州にお住まいとのことですが、そこからは今の日本はどのように見えていますか?
ハナン:ネヴァダというよりは、アメリカと日本両方を知っている者からの意見として、正直に言っていいでしょうか?(笑)今の日本はちょっと心配です。日本の食、文化、技術力、国民性などは今でも尊敬されていますが、政治的、経済的、国際的には日本は昔ほど重要視されていないように思います。日本には、世界情勢に興味がなかったり、知らないふりをしている人が多く、現実を見ずに内側にこもって安心している感じがします。
QY:内側にこもっているのは、日本にいても近年更に加速しているように感じています。特に若い人は昔ほど気軽には海外に行くことも難しく、でも半面、情報自体はインターネットで広く世界を知った気にはなれます。ただ日本語の情報にはジャーナリズムも少なく、多すぎるフェイクニュースとそもそもの情報過多から何を信じていいかも読めばいいかも分からないような状況が、自家中毒に気付けないような状況を招いているように感じています。
ハナン:確かに、情報の氾濫は、いろんな錯覚や誤解を招く可能性がありますね。だからこそ、情報を鵜呑みにせず、論理的・客観的・合理的に思考を展開し、分析する力(英語でいうcritical thinking)を身につけなければなりませんね。
日時:2024年 8月11日(日)15:00〜17:00
会場:PORT
出演:ハナン美弥(アーティスト)、奥村一郎(和歌山県立近代美術館学芸員)
料金:入場無料(投げ銭制)
主催:TRA-TRAVEL
共催:TOKAS(トーキョーアーツアンドスペース)
レジデンスパートナー:PORT
助成:大阪市、芳泉文化財団
大阪市此花区四貫島1-6-6