深江橋のギャラリーノマルにて、現代美術作家・今村源の4年振りの個展「流れること / 留めること」が開催。
今村は1957年大阪生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。80年代前半より制作活動をスタートし、そのいずれにも寄らない独自の哲学的作風で早くから注目を集め、関西を中心に全国各地で作品を発表している。
以前より運動と静止の均衡が保たれた状態に関心を持ち、独楽(コマ)や振り子といったモチーフを作品として登場させてきた。それは固定された状態(硬く強い彫刻、あるいは当たり前とされる常識)へのアンチテーゼというより、そうした状態を内包する自我からの脱却の試みとして、ながらく今村のテーマとなっている。
今回の展覧会では、グレーに着色された針金を素材に、平たく成型されたさまざまな生物のかたちをした無数の彫刻が一本の糸でつながり、広い画廊壁面の其処此処でクルクルと回転するインスタレーションを中心に、作家初となる映像を用いた展示も予定。 またインスタレーションに用いられる彫刻作品を使用した新作版画も同時並行で制作している。
作家コメント
流れることと留めること
小学校の頃犬を飼っていてよく散歩に出かけた。子供の力では散々引っぱられ走り回って帰ってくる。その後共に喉がカラカラになって水をあげていたのだが、その時の様が思い出される。犬はボールに満たした水に舌を入れ、巻き込むように必死に動かしながら飲む。半分以上舌から流れ落としながら、わずかに絡め取られた水を何度も何度も動かし口の中に流し込んでいた。なんとも効率の悪いもどかしいことだ。こちらはコップで一気にぐびぐびである。思えば人が初めて両手合わせてその窪みに水を貯めて飲めるようになったのはいつ頃なのだろうか。人とは呼べない頃まで遡るのかもしれない。口から直接吸い込むこともできたのだろうが、流れる水を一旦手のひらに留め置き、一気に飲み干すことはさぞ快感であったろう。さらに器を作ってあの流れる水を汲み留めることは尚のこと衝撃的な出来事であったに違いない。流れるものを留め置くことへの欲望はこんなことから始まって膨らんでいったのかもしれない。食や住などなど、留め置くことが人が人として成立することとパラレルに進みながらますます肥大化の一途を辿っているようだ。
こと彫刻に目を向けるとやはり流れるものの形象を追い、それを留め置くことに必死になって立ち向かっているともいえる。手のひらに一瞬溜め込まれたように見える水のごとくその一瞬の快感を求めて終わらない鋭意がつづく。でもそろそろ流れる方向へと、それこそ流れていっても良さそうであるのだが、この留め置くことはなかなか手強い。今村源
会期:2021年6月5日(土)〜7月3日(土)
会場:ギャラリーノマル
時間:13:00~19:00
休廊:日曜、祝日
関連イベント Closing Live “流れること / 留めること”
日時:7月3日(土)19:30~(開場19:00)
パフォーマー:.es(ドットエス)
料金:2,000円 *予約制
問合・予約:06-6964-2323
大阪市城東区永田3-5-22