ものの生産から消費の過程は、壮大な物流網で結ばれている。生活を構成する一つひとつがここに至った経緯を詳らかにするのは困難だと言えるほど、今、実際には多くのものと接続できなくなっているのかもしれない。この複雑に発達したロジスティクスとは別の手立てで、ものを調達し、つくり、人に届けることはできないだろうか。
新町にある異端派イタリア料理店「capitolo3:l’arca(キャピトロ・トレ:ラルカ)」。ここに足繁く通う美食家たちのお目当ては、オーナーシェフの有家俊之さんが自身の足で調達する天然きのこや山菜などの食材。有家さんは、自然の恩恵を最短距離で提供する料理人だ。今回は、その食材調達から料理するまでに同行させてもらった。
収録:2020年10月20日(火)、22日(木)
REPORT:有家シェフがきのこを採って料理するまで
1 山を歩き、きのこを採集する >>記事を読む
2 きのこを同定し、料理する
2 きのこを同定し、料理する
種類が特定できたきのこ以外は「絶対に食べてはいけない、絶対にだ!」
山を後にし、有家さんのレストランに着いたときには午後8時を回っていた。そのため、この日は同定と下処理を中心に行い、料理は後日あらためていただくことになった。上の写真は今回の収穫のうち、アイカワタケ属に属するきのこの一部。これだけで10kgはゆうに超えていた。
まずは、きのこの特徴を観察し、種類を見定める「同定」作業を行う。見た目はもちろん、香りや切ったときの変色・液垂れ、生えている木や土の様子、標高、季節など、あらゆる情報と図鑑を照らし合わせて判断していく。時間が経つと変化する種類もあるため、採る前と直後、持ち帰った後の様子をその場で記録しておくことが最低限のセオリーだと有家さんが教えてくれる。
同定は種類を特定するだけではない。同じきのこでも成熟し過ぎたものは食べられないという。有家さん曰く「マツタケだって老菌を食べて腹を壊せば毒きのこと一緒」なのだそう。
こちらは、同定したシイタケの香りを嗅ぐ家成さん。よく知るシイタケとは見た目が違うため、にわかには信じられず、みんなで何度も香りを確かめた。
今回、大量収穫となったアイカワタケとマスタケは、生育環境も見た目もそっくりだった。決め手となったのは傘の裏側で、アイカワタケがスポンジ状、マスタケの方がなめらか。それでもわずかな違いだった。比較してみると色味もマスタケの方がやや鮮やかに見える。
また、なかには調べても特定できないきのこもあった。「この道、数十年の方でもまだ勉強することがあるといいます。僕はまだまだ浅学で、難しいのはだいたい茶色と白ですね」と有家さん。
続いて、同定したきのこの下処理をする。水を張ったボウルのなかでやさしく丁寧に土や葉を取り除いていく。こびりついているものは、爪を使ってこそげ落とした。
「きのこは洗ってはいけない」と言う人がいるが、あれは、スーパーで買ったきのこの話。天然きのこには、さまざまなものが付着していて、虫だって着いてくる。
その日出会った天然食材を、その夜出会う人に
有家さんは、「僕は、もちろん食いもの目当てで山に行くんですよ」と笑う。自分で採集に行き、自分の目で植生から状態まで見極めることで、お客様まで最短のバトンを渡せる偽りのなさが快感だという。
収穫したきのこで有家さんがつくってくれた料理は5品。山に同行した夜に1品、翌々日再訪して4品をいただいた。いずれもワインや日本酒、そして音楽とペアリングして、ひと皿ずつ提供された。
最初にいただいたのがアイカワタケと穴熊のロースト。アイカワタケからは、しっとりとしたハードチーズのような食感と香り。「丁度いいのが入ってきたから」と、骨つきのまま焼き上げられた穴熊のもも肉からは上品な獣の香り。強い甘みとコクがある。
一同は、それぞれに味や食感を呟きながら食べ進め、添えられたワインのテロワールを確かめる。耳もすます。アイカワタケも穴熊もはじめての味わいで、感覚が開くような、形容しがたいものがある。お皿が空く頃になると、有家さんが「もっとも旨い」という骨のまわりの肉を軽くあぶって出してくれた。代表して編集部の女子がむしゃぶりつく。感想を聞いても、「おいしいんですけど、そういう余裕はないんです。言葉がない……」という。なるほど、有家さんの言う最短のバトン、初体験の悦楽ってこういうことか、と妙に納得。
再訪していただいたのは次の4品。
・マスタケと琵琶鱒
・シロカワカジキとブナハリタケとトキイロラッパタケ(白色型)
・ニンギョウタケと秋鯖
・檀香梅で煮込んだヒラタケとなにわ黒牛のテール
最初は、マスタケと琵琶鱒。皿が並ぶと音楽が流れはじめ、舞台の幕が開いたような高揚感に包まれる。選曲はセロニアス・モンクのピアノソロ。
マスタケの名前の由来は、傘の色が鱒の身の色と似ていること。「色の同じやつはだいたい友達ですよ」と、今回、琵琶湖周辺の山で採ったマスタケの大収穫に合わせて、マキノの漁師さんから希少な琵琶鱒を仕入れてくれた。まるで洒落のような組み合わせの妙技。開けたてのシチリアの自然派ロゼ、ススカールは手でグラスを包み、ほんの少しだけ温めて香りを立たせていただく。
続いて、シロカワカジキとブナハリタケとトキイロラッパタケ(白色型)。ブナハリタケは傘の裏側が針状で歯触りがよいきのこ。有家さんは熟成させたシロカワカジキと合わせた。目利きの魚屋さんが今季最大級・最上級だという、250キロもののカジキだ。まわりに添えられたトキイロラッパタケは、有家さんが数日前に採ったもので、“朱鷺色”というからにはピンク色かと思いきや、これは白い個体。250キロの巨大魚と3センチばかりの小さなきのこが会した、白い皿となった。
料理をいただきながら、家成さんが「子どもの頃に見た映画『忍者ハットリくん+パーマン 超能力ウォーズ』のような感じと言いますか……」と話し出した。
「へえ……?」
「いやね、忍者ハットリくんとパーマンが同じスクリーンに集まった時の高揚感が忘れられないんですよ。マスタケと琵琶鱒、ブナハリタケとシロカワカジキ、この一皿にそんな高揚感がありますよね。建築家らしくわかりやすく言うなれば、コルビュジエとニーマイヤーの競演みたいな(笑)。振ってある塩のように音楽もパラっと。この感覚ですよね」
次に、ニンギョウタケと秋鯖。和歌山県加太の神経抜きでしめた秋鯖は鳴門海峡を泳ぐことで身が締まるのだそう。山で最初に出会ったニンギョウタケは、貝か若竹にも似た歯切れのよいきのこだった。
そして最後に、檀香梅で煮込んだヒラタケとなにわ黒牛のテール。「なにわ黒牛は人が育てたものだから、強すぎないものを合わせます。自然のものって印象的な強い味が多い。でも、ヒラタケは懐深いやさしい味わいでしょ? そこに、ローズマリーなどのハーブを入れるのは、私は、うーん。人と自然の味をつなぐなら、檀香梅のほんのりとした香りはどうかなと。合いましたね」と有家さん。
檀香梅はクロモジ系の香木で、お店のなかにもしつらわれていた。
食材と酒の話、音楽の話、パーマンからそれぞれの人生まで。転々と移り変わる話題に、気づけば夜も更けていて、山を歩き、和気あいあいと過ごした2日間はあっという間に終わった。この心地よい時間の堆積が今日も都市のどこかで続いていく。今夜はすやすやと眠れそうである。
*本記事で紹介したきのこの科・属・学名は更新される場合、または諸説ある場合があります
有家俊之 / Toshiyuki Arike
1970年、香川県丸亀市生まれ。「capitolo3:l’arca」オーナー・シェフ。
capitolo3:l’arca(キャピトロ・トレ:ラルカ)
電話:06-6541-0800
住所:大阪府大阪市西区新町1-11-9 2F
open 18:00、おまかせコースのみ、ご予約制