大阪・西成のkioku手芸館「たんす」は、2003年より大阪市の文化事業としてスタートした「Breaker Project(ブレーカープロジェクト)」の活動の一環で開館。アーティストと地域住民が出会い、相互に影響を与え合いながら、ともにものづくりに取り組む場として、地域のなかに定着してきた。
地域に根ざした創造の場のあり方を模索しつつ「たんす」の企画・運営を手がけるなか、2018年4月には運営母体を一般社団法人「brk collective[ブレコ]」へと移し、地域住民を中心とした参加者が集まり「つくる」ことを軸としたさまざまな活動を行っている。
本記事では、これまで「デザイン」に関わるレビューを執筆してきたデザイナー・仲村健太郎(なかむら・けんたろう)が、ブレコの松尾真由子(まつお・まゆこ)にインタビューを行った。活動開始から10年を迎えた「たんす」で日々行われている、“だれもがつくる場に参加できる手仕事”のあり方、その豊かさを探る。
ある日、打ち合わせでkioku手芸館「たんす」を訪れた。その日は土曜日で新しいワークショップがはじまる日なのだと松尾さんが教えてくれた。以前僕が松尾さんに会ったのは、まだ西成に福寿荘があったときだから、もう10年以上前になる。「お久しぶりですね」と挨拶しながら、となりでワークショップがはじまると地域のおばちゃん、おじちゃんたちが集まってきた。各々の場所で、縫ったり繕ったりしながら、手を動かしている。でも静まった感じではなくて、わからないことがあったらわかる人が教え、少し進んだら隣の人に見せて意見を聞く。和やかに、みんなが尊重し合い、年齢や職業に関わらず、つくることで場所が立ち上がっているように思えた。
別の日、西成で松尾さんやみんなで打ち上げをしていたときのことだった。「たんす」の10年間の話をいろいろ聞いていて、松尾さんがぽろっと「おばちゃんたちを看取る覚悟でやってるんですよね」と言った。前後は覚えていないが、その言葉だけが強く印象に残った。一過性のアートプロジェクトではなく、人生の深い部分を共有できないと出てこない言葉だ。つくる人がお互いを尊重し支え合う場所、kioku手芸館「たんす」のことをもっと知りたいと思い、インタビューさせていただいた。
アートプロジェクトだからこそ、できること
——kioku手芸館「たんす」は設立からこれまで、3人のアーティストがプロジェクトを立ち上げてきたんですよね。
2011年8月、呉夏枝(お・はぢ)さんのプロジェクトとして、西成区山王エリアにおいて、地域の女性たちのストーリーを集めるリサーチとしてのワークショップ「編み物をほどく/ほぐす」がスタートしました。参加者に家のたんすに眠る編み物を持って来てもらい、それをほどきつつ、いろいろな話を共有していきました。最初は、地域のデイサービスセンターの交流スペースをお借りして実施していたのですが、より多くの参加者たちに出会うため新しいスペースを開設しようとなり、コンセプトスペース/ワークショップ工房/展示ギャラリーとして設えた場が「たんす」です。それが2012年12月のこと。約1年間、週2日のペースでワークショップを続けるなか、「たんす」に通うことが日課になる参加者の方たちが現れるようになりました。
そこで、「たんす」を拠点にプロジェクトを継続していこうとなり、2人目のアーティスト・薮内美佐子(やぶうち・みさこ)さんとのプロジェクトが、2014年6月にはじまりました。毎週ワークショップを開催し、歌や踊り、フロッタージュや編み物など、さまざまな技法を通して地域のおばちゃんたちも表現することの楽しさを知り、開花したように思います。いろいろなお題が出ても「なんでもやります!」と柔軟に、朗らかに取り組む姿勢が、参加者のあいだに広がっていました。この2年間のプロジェクトで、「たんす」が開館する日は必ず参加するコアメンバーが生まれるなど、場が育っていくのを実感できましたね。
そのコアメンバーを中心とした地域の方たちと、もう少し長期的な取り組みが考えられないかということで、3人目のアーティストとして、2016年11月より西尾美也(にしお・よしなり)さんを迎えました。まずは、地域の女性たちの服づくりに対する固定概念を崩すことを目的に、西尾さんが提案する服づくりのワークショップを実施。おばちゃんたちのなかには、これまで子どもや孫など、身近な誰かのために実用的な服をつくってきた人が多くいたので、西尾さんの服のつくり方やとらえ方との違いに戸惑いがありました。ただ、戸惑いながらも課題には積極的に取り組み、2018年2月、西尾さんとの共同制作で「NISHINARI YOSHIO」というファッションブランドを設立。自分たちが手がけたデザインの服が実際に買われたり、プロジェクトの当事者としてインタビューされたりすることによって、おばちゃんたちの意識も変わったと思います。縫い手・つくり手の自分たちに注目してもらえたことで、作品のクオリティも高くなってきましたし、おばちゃんたちも、「いいものをつくりたい」という高みを目指し、納得のいくものをつくりたいと思いはじめている。その想いは、現在もどんどん高まっているように感じます。
——NISHINARI YOSHIOのプロジェクトがはじまったとき、アーティストの西尾さんにとっても年度をまたいだ中長期的なアートプロジェクトはあまりなかったと聞きました。参加者のみなさんと、西尾さんはどのようにやり取りしながらつくっているのでしょうか。
NISHINARI YOSHIOの洋服は、西尾さんからのお題に対しておばちゃんたちから出てきたエピソードを元に、西尾さんとおばちゃんとでやりとりをしながらデザインを考え、まずはおばちゃんたちにプロトタイプを制作してもらいます。そのプロトタイプから製品化を進めていくというプロセスです。第一弾として取り組んだ商品は「身近な人をモデルにその人への思いやりをデザインする」というお題を元にできたもの。現在進めているお題は「次の世界に持っていきたい最後の3着とは?」。こうしたテーマに対して、おばちゃんたちは期待を裏切らない答えを持ってきてくれるんです。
でも、「最後の3着」って難しいお題ですよね。おばちゃんたちは24時間お題で頭がいっぱいになってしまうくらい考えて考えて、夢に見たりもしながら(笑)、応えてくれます。
おばちゃんたちは西尾さんのことを「センセイ」と呼んでいて(笑)。「センセイと会うのはドキドキ、ワクワクだ」とよく言っていますね。西尾さんのアドバイスが、おばちゃんたちの想定をいつも超えていて、最初は「そんなの無理! つくれない!」と言うのですが、形にしたものを西尾さんに見せたいという想いで諦めずにつくってくれる。西尾さんとおばちゃんたちの間には相乗効果の関係が築かれていて、それがブランドや「たんす」の大きな原動力になっていますね。
アイデアを聞いていた西尾さんからすると、「こうつくるだろうな」という予想も立つわけですが、その予想を裏切るアレンジが出て来たり、予期せぬズレが発生したりします。それはNISHINARI YOSHIOのコンセプトでもありますが、こうした余白や余地の部分があるものづくりを「たんす」では大切にしています。誰にでもひらかれる、いい意味で「どうなってもいいようなもののつくり方」というか。「こうでなければならない」というところから離れたつくり方を私自身も楽しんでいます。私のなかでは、アートとファッションの分野を横断するようなブランドの運営を通して、アートプロジェクトから生まれた「たんす」という場所が、今後も継続して成り立つのかという実験でもあるんです。
松尾真由子 / Mayuko Matsuo
一般社団法人brk collective 代表理事。2008~2021年度まで大阪市の文化事業「Breaker Project」の事務局として、西成区を拠点に地域密着型のアートプロジェクトに携わる。現在は、「Breaker Project」の活動の一環で開館したkioku手芸館「たんす」の企画・運営に取り組みながら、さまざまな領域との連携を試みている。
http://tansu.brk-collective.net
Facebook/instagram:kioku.tansu
Study:大阪関西国際芸術祭
会期:2023年12月23日(土)〜28日(木)
会場:kioku手芸館「たんす」http://tansu.brk-collective.net/study2023/
NISHINARI YOSHIO POP UP SHOP
会期(予定):2024年5月1日(水)~16日(木)
会場:about her.space(箕面市船場東2-6-55)