paperCでこれまで「デザイン」に関わるレビューを執筆してきたデザイナー・仲村健太郎(なかむら・けんたろう)が、brk collective[ブレコ]の松尾真由子(まつお・まゆこ)にインタビューを行った。大阪・西成のkioku手芸館「たんす」で日々行われている、“だれもがつくる場に参加できる手仕事”のあり方、その豊かさを探る記事後編。
美術も、福祉も、教育も、見ている方向は同じ
——「たんす」の主な制作技法である「手芸」は、「たんす」ができるきっかけにもなった呉夏枝さんのリサーチとしてのワークショップ「編み物をほどく/ほぐす」からだと思うのですが、「手芸」という技術が持つ可能性について、松尾さんはどのように感じていますか?
編み物をほどくワークショップを続けていくなかで、ご近所の玄関に飾られていたニットキャップ人形との出会いをきっかけに、呉さんがその人形の編み図をおこし、「編むワークショップ」を実施したんですね。その時にめちゃくちゃ人が来てくれたんです。すごいエネルギーで人形が増産されていく。こんなに編み物をしたい人たちがたくさんいるんだなという気づきがありました。その人形は今でも編み続けられていて、「たんす」に来られた方にプレゼントされたりしています。
あと、最近になって手芸をやりたいというおっちゃんたちも増えてきたり、今年から美術家の上野王香さんの主宰でスタートした「Mending Club」にも繕い物をする参加者の方たちが集まります。家でひとりで、というのではなく、みんなと集まって手を動かす、という「場」そのものが求められてるんじゃないかなと思うんです。
「たんす」の活動は介護や福祉そのものではありませんが、毎週水・土曜日の午後に集まって一緒に制作することは、おばちゃんたちにとってはゆるやかに見守られているということにつながっているんだなと感じます。週2日、手を動かして話しながら、お互いに見守り合ったり、来なかったら心配して電話してみたり。
地域の社会福祉士の方から、自分たちは介護における「利用者」と「支援者」といった関係の枠組みを超えにくく、どうしても管理しようとしたり、その人の選択権を尊重するような関わりが難しかったりすると聞いたことがあります。「たんす」に起きている、その人がその人らしくあるがままに関われる、ある種豊かな人との関わりが、次の可能性として、さらに社会に着地していけないかと考えているところです。
——NHKのドキュメンタリー映像でも、おばちゃんたちの生き生きした創作の姿が印象的でした。
ブランドの服をつくっているということが、おばちゃんたちの脳みそのいろんな部位を刺激してるんちゃうかなと思うんですよね。みんな、まちを歩いていても、テレビを見ていても、今どんなファッションが流行っているのか、探求したり貪欲に真似しようとしたりしています。日常の感覚に、創造的な観察の視点が入り込んでいる。そして、そこで見つけたアイデアを形にできる場があるという、サイクルがあって。体力やさまざまな身体の機能は加齢とともに衰えていくかもしれませんが、「たんす」のおばちゃんたちを見ていると創造性はどこまでも高めていくことができるんだなと感じます。
でも、おばちゃんたちも最初からそうだったわけではないんです。「たんす」をはじめた頃は、みんな「自分なんて」と遠慮をしていたし、みんな誰かより目立たないようにしていました。自分の得意な技術を、ある種隠そうとしていたのかもしれない。
ただ、その人の得意なことって、付き合っていると自ずとわかってきますよね。「たんす」で意識していることとして、それぞれの得意なことが高まるようなものづくりを目指しています。例えば、あるメンバーの方はミシンが得意ですっごく縫うのが早いんです。その勢いのある仕上がりを見ると、ラフだとも言える。でも、このスピードやラフさを「どう生かしたららいいだろう?」と考えてみるんです。自分の良さが生かされたものがつくられたときに「自分には自分のものがあるんや」と気づくことができる。それぞれがそれぞれの特質を持ちはじめるし、誰かひとりが注目されるのではなく、全員それぞれ得意な持ち場があるんだと、思ってもらえるような場にしたかった。10年間続けていくなかで、だんだんおばちゃんたちも「私なんて」と言わなくなっていきましたね。
こうした「それぞれの良さを尊重する」という態度は、学校なんかでも生かされるんちゃうかなと思うんです。学校における基準の幅の狭さが、しんどさを生んだり、人にレッテルを貼ったりするきっかけになっているのではないでしょうか。
——なるほど。教育の話題が出ましたが、松尾さんはほかの社会福祉施設にも行かれているんですよね。
2つの施設に、ここ1年ほどの間に行きはじめたんです。
ひとつは、西成にある児童館ですね。月に何回か参加しています。子どもたちの健全な遊び場や生活の場として活動している場所です。私も、この子ども中心のスタンスに共感して参加させてもらっています。これから社会を担う次世代の子どもたちと関わる・向き合うことで見えてくることがあって。会話のなかで今の子どもたちが置かれている状況がリアルに見えてくるんですよね。
私は、子どもたちにどんな状況でも自分を信じて立ち向かっていける力をつけてほしいと思っています。そのために、いろいろな人に関わってもらいたいし、さまざまな経験をしてほしい。私自身がその「いろいろな人」の一員になりたいと思っていますし、さまざまな経験を積める場をつくりたいと考えています。「たんす」でも「誰にでも良いところがある」と考えて活動していますが、子どもと関わるときにも、その子が持っている良さをどう引き出せるかを考えています。
また、障害者福祉施設の美術の時間にも関わっているんですが、そこもやはり、利用者の方それぞれの個性に出会えることを楽しみに通っています。自然と湧き起こってくる描きたいもの・つくりたいものを、自分がどのようにして広げられるか。そこでは、作品的なものをつくるというよりは、「つくる時間」をどうサポートできるかを考えていますね。いろいろな活動に関わっていますが、改めてうまい/へたではない、その人それぞれの「表現」を生み出せる場をどうつくれるかと考えています。
——今日お話を伺って、「たんす」は、地域の人にとって、制作する「アトリエ」以上の役割、コミュニティを支える役割を持っているような気がします。松尾さんから見て、それは何だと思いますか?
私たちの活動でも教育でも福祉でも、根元には「より良く幸せに生きるか」が大事にされているんではないかと思っているんです。だから教育も福祉も、見ている方向はそんなに変わらなくて、それぞれの具体的な方法として児童館があったり介護施設があったりするんだと思うんです。「たんす」も方向は教育や福祉と同じだと思っています。ただ、制度から生まれた施設ではないし、公共施設という訳ではないので、活動基盤はまだまだ不安定ですが、アートを軸にした「たんす」という場だからこそできることはどういったことなのか、日々模索しています。
それからもうひとつ、人をカテゴリーで括ったりレッテルを貼らずにありのまま関わることができる場所を目指したいと思っています。例えば仮に、ある病気を抱えた人がいたとしても、「『◯◯という病気の』◯◯さん」という関わり方はしたくないんです。私たちはその病気そのものをケアしたり回復させたりすることはできないけど、だからこそ「◯◯さん」として、ありのまま関わりたい。もしその病気でこれまでできていたことができなくなったとしても、新しい縫い方やつくり方を提案していけたらと考えています。
自分も、この10年の変化として、起こったことをありのままとらえられるようになってきました。「『たんす』は、こうあるべき」という規範を持たず歩んできたなかで、日々、多くの課題が生まれます。そんななかでありのままとらえるって、決して簡単なことじゃないです。刺激を受けながらも、日々の課題は次の新しいことに取り組むきっかけになるし、そのためには発想の転換が必要。そうした発想を転換する姿勢はアートプロジェクトに取り組むなかで培われたと思いますね。
今度は、「たんす」で生まれたさまざまな可能性を、どのように地域に広げて還元できるかが課題です。教育や福祉と「たんす」の目指す方向が変わらないんだとすれば、私たちはもっと視点を広げられる可能性があるし、社会福祉士の方や看護士の方、児童館や学校の先生たちと言葉を交わすなかで見えてくることがさらにあるんじゃないかなと思っています。
松尾真由子 / Mayuko Matsuo
一般社団法人brk collective 代表理事。2008~2021年度まで大阪市の文化事業「Breaker Project」の事務局として、西成区を拠点に地域密着型のアートプロジェクトに携わる。現在は、「Breaker Project」の活動の一環で開館したkioku手芸館「たんす」の企画・運営に取り組みながら、さまざまな領域との連携を試みている。
http://tansu.brk-collective.net
Facebook/instagram:kioku.tansu
Study:大阪関西国際芸術祭
会期:2023年12月23日(土)〜28日(木)
会場:kioku手芸館「たんす」http://tansu.brk-collective.net/study2023/
NISHINARI YOSHIO POP UP SHOP
会期(予定):2024年5月1日(水)~16日(木)
会場:about her.space(箕面市船場東2-6-55)