paperC編集部が、月に一度行っている編集会議。その場をメディアに携わる実践者へひらき、お互いの見識を交えることから、企画・運営にまつわるヒントを探っていきます。第2回目にお迎えしたのは、名古屋を中心に東海地方のカルチャートピックを発信するWebマガジン「LIVERARY」を主宰する武部敬俊(たけべ・たかとし)さん。運営の裏側や独自の企画・編集力についてお聞きしました。

収録日:2025年7月14日(月)
場所:千鳥文化
参加:武部敬俊(LIVERARY)、北村智子(paperC運営事務局)、堀美知(おおさか創造千島財団 事務局長)、宇野好美(おおさか創造千島財団 広報)、多田智美・永江大・鈴木瑠理子(編集者/MUESUM)
Webマガジン「LIVERARY」の成り立ち
永江:まずは、LIVERARYの成り立ちについて、あらためて教えてもらえますか?
武部:はじまりは2013年ですね。元々僕は『THISIS(NOT)MAGAZINE』という、カルチャー系のZINEを発行していて、それを「ON READING」という書店に卸していたんです。それで、ちょくちょくお店に遊びに行って店主の黒田義隆さんと雑談をするなかで、「名古屋には、アートとか音楽とかいろんなシーンやコミュニティがあるけど、一部の人しか良さをわかっていないよね」というエピソードがよく出てきて。魅力ある人もたくさんいるのに、アンダーグラウンドで日の目を浴びていないから、誰かが拾い上げてメディアにすればいいのにと、ずっと考えていたんですね。と言っても、僕も黒田さんも、誰かがやってくれるならそれでいいや、というぐらいの感覚だったので、すぐに何かをしようとしたわけでもなく。自分たちでやろうと構想しはじめたのは、サイトを立ち上げる1、2年前からです。最初はフリーペーパーをつくろうかとも思ったんですけど、紙だと印刷コストもかかるから。持続していけることを大事にしたかったんですよね。
多田:用紙も印刷製本もどんどん高騰していますもんね。
武部:そうそう。でも、Webマガジンをやることになったものの、僕も黒田さんも経験がなかったので、めちゃくちゃ手探りで。まず Webをつくれる人を探そうと、知り合いにデザイナーを紹介してもらいました。そこで、当時30歳ぐらいだった僕よりももう少し年上の、デザインもセンスも合いそうな、当時「Sundwich」というデザイン事務所にいた人たちと出会って。彼らと、何かやりたいというモチベーションが合致したので、全員でああだこうだと揉み合いながら、若さゆえのノリと勢いで出来上がったのがLIVERARYというわけです。
それで、1年間はとにかく制作と準備の期間でした。ただ、ローンチするときに、突如ポンと公開しても誰が何しているかわからないじゃないですか。だから、ライブハウスの店長さんなどいろんな人に、「今こういうものをつくろうとしているんですよ」と伝えて、それに対するコメントをもらったり、フォロワー数を何百人かまで集めようと周知したり。ある程度の期待感をもたせようとしていたんです。
北村:なるほど。周りから攻めていったんですね。
武部:はい。あとは、ローンチの前に、「名古屋は面白いのか?」といったテーマでトークイベントを組んで、バンドマンとかデザイナーとか編集者とか、いろんな業種の人を呼んで座談会もしました。ただのトークイベントだとなかなか来ない人もいるから、元々企画していたライブイベントと合体させて、その会場のロビーで実施したんですけど。それで、「名古屋は面白いのか?」という問題提起から、「面白いんだけど知られていないよね」という結論にもっていって、「じゃあそれを知らせるメディアが必要だよね。僕、やります」と、先に答えが用意してあるような流れ(笑)。そんなふうに、自作自演のようなことをしつつローンチするわけですけど、そのときの場の雰囲気や客席の反応を見て、世間と自分の意識にもズレはなさそうだな、と実感した覚えがあります。
『THISIS(NOT)MAGAZINE』は自分の興味や視点だけでつくっていて、どちらかと言うとサブカルとかアンダーグラウンドカルチャーといった狭い分野の媒体だったと思います。でも、LIVERARYは、歩んできた道が全然違う新しい顔ぶれ。いろんな企業とのコネクションがあったり、クリエイティブ業界でも商業デザイン寄りの人と接点のあるメンバーもいたりして、視野も広がって、バーっと拡散されていきました。
そこからさらに1年くらいは、ある程度盛り上がったんですけど、2年目を迎えてどうするかとなって。全員のモチベーションも1年走り切って、スタート時よりは落ち着いてきていましたし、僕自身、当時はまだ会社員と掛け持ち。徐々に周りから「武部くん、背負いなよ」と言われ、会社を辞めたんです。でも、LIVERARYはまったくお金を生み出さないメディアとしてはじまったので、しばらくはフリーでライターをして食いつなぎながら、少しずつLIVERARYとしての受け仕事に比重を置いていきました。
編集のヒント①企画を通したマネタイズ
北村:今回武部さんには、まさにメディアのマネタイズについてお聞きしたかったんです。
武部:LIVERARYは初期段階でマネタイズを考えていなかったので、元々バナー広告を入れる枠はありませんでした。それで、広告を入れられるようにサイトを一度リニューアルしたんですが、おそらくそう簡単には入ってこないだろうなあと思っていて。ところが、たまたまクラブイベントに遊びに行った先で、名古屋パルコの知り合いの営業の方に会ったんですね。その頃、ちょうど別館が新しくできるという時期で。「広告枠をつくったんですけど、何か入っていないと格好がつかないから、タダでいいので広告を入れてください」とお願いしたら、「会社に相談に来てくれたらちゃんとお金出すよ」と言ってくれて、本当に広告費をいただけました。それが、LIVERARYが走り出してから初の収入だったと思います。
ただ、タイアップ広告記事は、成功しているWebメディアに比べたら全然ないですよ。代理店さんも営利目的で広告を打つので、もちろん費用対効果が求められる。どうしてもPV数が重要視されてしまうけれど、LIVERARYではたかが知れていますから。だから、こちらとしても、だんだんと広告を入れるという既存のメディアに倣ったマネタイズ自体が、なんだか騙しているような気持ちになっちゃって。どれだけ一生懸命にいい記事を書いたとしても、全然数字に結びつかないことだってあるし、むしろ、広告費をもらわずに、個人的に興味があって話を聞いたインタビュー記事などの方がすんなり伸びる。お金をもらっても、なんだか申し訳ないなと思うようになってきたんです。
でもそのとき、タイアップをしてくださったある代理店の方から、「LIVERARYさんは数字は出ないけど、企画力があるからそれを売っていったほうがいいよ」と言われたんです。なるほどな、と。それで、企画性の高い編集記事や、誌面から飛び出したリアルイベントの企画などもやるようになっていくんですけど。
北村:何かきっかけがあったんですか?
武部:仕事として声がかかるようになったのは、「森、道、市場」への参加が大きかったかも。サイトを立ち上げた2013年当時は、まだこのイベントの規模も今みたいに大きくなる前でしたが、すでに話題になっていて。でも、主催の方はメディア露出を一切していなかったので、謎のイベントだったんですよね。それで、気になって共通の知り合いを介し、アポを取ってインタビューをさせてもらった。そうしたら向こうが興味をもってくれて、「来年、LIVERARYとしてエリアをやってみない?」と誘ってくださったんです。
ただ、単に出店するだけでは面白くないなと。そこで「LIVERARYでもイベントをさせてください」と、ラップバトルや合コンイベントを企画したんです。特にラップバトルは、普通ならしないような面白い人選もあって、かなり盛り上がって。加えて、その模様がDAX(Spece Shower TV Degital archives X)のYouTubeで配信されると結構バズり、偶然見ていた代理店の方から、初めて大きな予算規模のイベント仕事の依頼をもらうことができました。
それが、セントラルパークという名古屋の地下モールを活用したイベント企画。元々は「マルシェをやってほしい」という相談だったのですが、先方の案にあまり興味がもてなくて、閉店後の空間を使った深夜の音楽イベントを逆提案しました。夜な夜な地下モールでシークレットパーティーが行われているとなれば、絶対話題になるし面白いって。でも、そのシークレットパーティーだけだとモール自体にはお金が落ちないので、「営業時間中にも何かやってほしい」と言われ、オリジナルグッズやアパレル、作家作品などを集めたポップアップショップを3カ月間にわたって開きました。それは「LIVERARY Extra」という名前で、その後も名古屋パルコなどで出店しています。
あとは、岐阜県各務原市のWebメディアの企画・編集にも声がけしてもらいました。行政としては珍しく「OUR FAVORITE THINGS」という音楽フェスをはじめ、文化施策に力を入れているところなんですけど、市職員の廣瀬真一くんという人が、いろいろ仕掛けているということは聞いていたんです。それで、こんなに面白い公務員がいるぞ、という内容のインタビュー記事をLIVERARYで書かせてもらって。そのつながりから「市のWebとは別に、新たにシティプロモーションサイトを立ち上げるから、関わってほしい」と依頼をいただいたんです。今よりもまだ全然認知度が低いときでしたけど、「LIVERARYと一緒にやりたい」と思って応援してくれるのがありがたかったですね。出来上がったWebメディアは、市の魅力発信を目的とした、移住定住Webサイト「OUR FAVORITE KAKAMIGHARA」。このサイトを見た人からまた仕事の相談をもらうといった流れで、その後もいろんな球が飛んでくるのを打ち返すようなことが増えていきました。


多田:手がける企画の規模も年々大きくなっていますね。
武部:そうですね。今は国内に展開するBASE LAYER HOTELから、ホテル周辺のエリアに特化したカルチャーメディアをつくりたいという相談をいただいて、実際にサイト編集や取材・執筆を進めているところです(この編集会議の後、2025年9月に「YOUR CITY IS GOOD?」としてローンチ)。LIVERARYはイベント情報が主ですし、シティガイドのようにお店やスポットも紹介していきたいという想いがあったので、願ったり叶ったりで。メディアは名古屋版を第一弾としてつくるのですが、これから福岡版など拡大していくみたいです(2026年5月に福岡版も始動。同年11月には神戸版もローンチ予定)。コンテンツのつくり方が具体的に決まっていけば、他地域との連携企画もできるかもしれませんね。


編集のヒント②“コミュニティ”としての関わり方
永江:企画を受託しながら、日々のLIVERARYの運営はどういったチーム体制で行っているんですか?
武部:運営そのものはほぼ僕ひとりのようなものなのですが、ボランティアライターが常に5、6人くらいいて、その子たちと回しています。リクルートとして常にトップページで募集をかけているので、たまにポコンとメールが来るんですね。そうしたら、応募内容を見て面談をしてっていう。これまでだと30人くらいが入れ替わりで手伝ってくれて、東京や大阪など県外から希望する方もいます。流れとしては、毎日アップするというルールもなく、いいなと思うイベントネタを振り分けて、誤字脱字をチェックする感じ。ただ、基本的には情報のリライトをお願いしているので、料金が発生する取材記事を仕事としてお願いできる人を育てられてはいなくて。
北村:今のpaperCは、取材記事とニュース・イベント記事の二本柱になっていて、取材記事はMUESUMさんに企画・編集をお願いして、ニュース・イベントやSNSの発信は、事務局の私や千島財団が担当しているんです。それで、昨年度までは外部ライターチームがいて、多いときは4人ぐらいに記事を書いてもらっていたんですね。月に前パブとしてのニュース・イベント記事が2本と、後パブとしてのレポートを1本くらいのペースです。ただ、コンスタントに発信していくのがなかなか難しかった。
多田:いわゆる職業ライターではない、普段は別の仕事をされている方がほとんど。音楽、デザイン、地域コミュニティなどといった、それぞれの興味や関心、ネットワークにあわせて企画提供から参加してもらうような実験をしていました。
鈴木:余裕をもって告知するためには、当然期間を設けて記事を掲載する必要がある。でも、原稿をブラッシュアップしたり、その人が書くからこその着眼点などをすり合わせたりしていくので、それ自体は大事なプロセスではあるけれど、お互いに時間と労力がかかるというのが課題でしたね。
多田:paperCでは、大阪のクリエイティブな状況を可視化することもですが、それを発信する人を育てていくことも重要かなと考えていて。でも、一筋縄にはいかないですね。
武部:僕も最初のうちは、プレスリリースのリライトでも、「てにをは」や句読点の位置などを神経質にチェックしていました。でも、だんだんその作業自体にイライラしてきて、一度ボランティアライターの子に怒ってしまったこともあります。そこで、いい意味で諦めるというか、人の文章を気にしすぎるのをやめようってなったんですよね。以前は、ライターの子もそういうことを学びたくてLIVERARYを手伝ってくれているはずだからと、めっちゃ几帳面に赤字を入れて戻していたんですけど、関係性が悪くなるのもなと。良くなかったのかもしれないと反省もしたんです。もちろん「こういう表現はちょっと」というのもあるけれど、今はある程度こっちで直してあげるようにしています。頼むライターさんにもよるし、難しいですけどね。文章にだって好みがあるし。でも、自分が責任編集という立場だと思っているので、ある程度のレベルの文章に直してから世に出すべきだと思っています。
堀:ライターさんに情報源となるプレスリリースを渡してから記事が上がるまでは、どのくらいのスピード感なんでしょうか?
武部:会期が差し迫っているものだと、2、3日後くらいには上げてほしいけれど、「無理だったら言ってください」と伝えています。そういう記事は自分で書いてしまったほうが早かったりもしますし。書くのがすごく早い子もいますけど、その人は僕自身も回らないときに、最後の切り札的にスタンバイしてもらっているようなところもあります(笑)。それから、仕事の都合で長いスパンでないと書くのが難しいという人もいます。クラブミュージックに強い子には、「このDJ、僕自身はよく知らないけど、若い世代のなかでは話題になっているらしいから」という判断で、代わりに書いてもらうことも。
北村:何を紹介するかも全部、武部さんが決めているんですね。
武部:立ち上げメンバーであるON READINGの黒田さんにも、そのまま編集部に在籍してもらっています。いつの間にか記事が増えているときは、黒田さんがアップしたんだなと。ネタとしては、ON READINGで開催する展示や身近な人のイベント、あとは最初に決めた役割分担で映画ジャンルの担当をしてもらっているので、上映記事などを手があいたときに書いてくれています。映画担当、アート担当、音楽担当とジャンル別にリーダーを決めたらいいんじゃないかと考えていた時期もあって、掲載依頼窓口のメールアドレスも分けてはみたんですけど、結局全部、僕のところに届いている(笑)。もうジャンル担当不在なんです。いろいろ効率化・最適化することにお金をかけていたら、スタッフが残ってLIVERARYも組織になっていたかもしれないですけど、なんとかやれることをやってきたというか。でも、記事はもう全然書かないけれど、いまだにイベントのときだけ手伝いに来てくれるボランティアの子もいますよ。OB・OGみたいな感じで、イベントに遊びに来るだけの子もいますが。昔は飲み会とかもよくしていたから、その頃の子たちは仲が良くて。
北村:そんなふうに関わってくれるのはいいですね。かつてのライターさんもLIVERARYに関わることに意義をもっている。
武部:モチベーションの高いライターさんだと、うちから卒業して、東京の大手カルチャーメディアに就職した子たちもいます。たとえばCINRAとか、CINRAの元編集長だった柏井万作さんがはじめたNiEWとか、Qeticとか。ステップアップのためにLIVERARYがあるような感じですね。「LIVERARYを手伝っていた」とアピールして、本当に面接に通って受かっている。さっき話したBASE LAYER HOTELの案件は、今、東京の制作会社に勤めている子が声をかけてくれたんです。一度離れたメンバーも、LIVERARYの動きを定点観測的に見ているのか、「今回のイベント、武部さんの最高傑作じゃないですか!」と突然LINEが来て、天から見守ってくれているんだ!みたいな(笑)。
多田:LIVERARYが古巣というか、自分のコミュニティの一部になっているのかなと思いました。paperCもそんな関係性で記事をつくっていけたらいいな。

編集のヒント③企画を醸成するマネジメント
永江:お話を伺っていると、日々メディア運営をしながら、イベントも企画し、Web制作など幅広い案件にLIVERARYが派生していることが、あらためてすごいなと。
武部:本当にたまたま、ストレートから変化球までいろんな球が飛んでくるので、それをいかに良いかたちで打ち返すかだけなんですけどね。ただ、せっかくなら話題をつくってクライアントの満足度も上げたいし、そのために「こうするのはどうですか?」と、逆に方法を投げ返すこともあります。
2024年11月に、障害福祉とカルチャーが重なるような「! ⇄ ! (INTER CHANGE)」っていうイベントを行ったんですね(後に2025年11月にも2回目を開催)。企画の発端は、知的障害のある弟をもつお姉ちゃんで、大学生だった加藤海凪さんという方から、ある日突然届いたメール。自身でもSAFEIDというファッションプロジェクトを行っている人なんですけど。「障害のある人もない人も、アートや音楽を隔たりなく楽しめる状況をつくりたい」と書かれていて、面白そうだなと。その子も、前にLIVERARYのイベントに来たことがあって、何かやりたいと思ってくれたみたいです。
僕自身、一緒にやろうと決めたその日のうちに、「ここを会場にしたらどうかな」と、金城市場という場所が思い浮かんでいました。それで、打ち合わせの流れで加藤さんを案内したら、彼女も「ここでやりたい」と。しかも、偶然近くに、アート活動をしている福祉施設「アトリエ・ブルート」があった。そこから、その母体である認定NPO法人ポパイの協力を得て、一緒にグループ展を立ち上げ、作家作品も出展してもらうことになりました。

北村:このイベントは、入場無料だったんですか?
武部:はい。当初は全然お金のことも決まっていなかったから、加藤さんを実行者として、初めてクラウドファンディングをしてみたんです。彼女のネットワークもそうですし、福祉に関心の高い企業の社長さんなども支援してくれ、無事に目標額を達成することができました(2025年の2回目は協賛・助成・後援を得て前売りのサポーターズパスと当日券を販売)。
あと、構想中のどこかのタイミングから、イベントを写真だけじゃなく、映像にも残そうと考えていましたね。「あのときのイベント、よかったよ」と後からでも言ってくれる人はいるかもしれないけど、行かなかった人には写真で“人が集まっているな”というぐらいしか伝わらないこともあるじゃないですか。あったことが消え失せちゃうのもなって。だからその分の予算も確保して、記録撮影隊も手配し、来場者や出演者らに突撃インタビューも行いました。
多田:特にLIVERARYの企画は音楽イベントも多いから、映像は相性がいいですよね。ロケーションも映画的に撮るほうが雰囲気が伝わりそう。
武部:そうですね。自分も本や雑誌をどんどん読まなくなって、なんならWeb記事もそんなに読んでいないかもしれない。何から情報を得ているかと言ったら、YouTubeを見ているっていうのもあります。やっぱり映像は、物事を伝えるための手段としてめっちゃ大事だなと感じています。
宇野:協働する人に並走しながら、企画の実行の仕方、残し方まで具体化していく。マネジメントが素晴らしいです。
本日の振り返り
武部:いやー、今日は12年分喋りました。
永江:(笑)。元々は、面白いのに知られていない名古屋のカルチャーシーンを紹介するというところからのスタートでしたが、今はちょっと体感が変わってきています?
武部:前よりは変わったかな。でも、それは森、道、市場のような巨大なイベントが現れたからかもしれません。僕が名古屋のシーンに関わりはじめた2010年頃から変わらず、アンダーグラウンドな人はアンダーグラウンドなままだと思いますし。近年は、毎年、森、道、市場があって、橋の下世界音楽祭があって、SOCIAL CASTLE MARKETがあってという、名古屋近辺の大きなイベントのルーティンに、少し飽きが来ているところもある。とはいえ全部、最初はスモールサークルからはじまっていますし、今あまり人が集まっていないイベントも10年後には大きくなって、また新たな潮流が生まれるかもしれないですけどね。
多田:LIVERARYも立ち上げから12年。これからやってみたいことがあればお聞きしたいです。
武部:この前、YOUR CITY IS GOOD?の取材である料理屋に行ったのですが、そこの店長さんが僕と同じくらいの年齢で、お店を切り盛りして10年目くらいだったんです。その方が言っていたのが、「何年か前に家族で食べに来ていた子どもが、大学生になって今うちでバイトしてるんだよね」って。僕は「10年続けていて飽きないですか?」といったことを聞いたんですけど、「そういうことがあるから続けているのかな」と語られて、わりといい話だなと思ったんですよ。
だから、LIVERARYも外に出て行く子をどうにかつなぎとめて——それは単純に雇うということなのか、いいやり方がないかと思うんですけど、若い才能が集まる会社、勝手に成長していく組織づくりみたいなことができたらいいかなあ。



