出来事や経験、行為や場の記録をつむぎ「シナリオ」として作品を表現する芸術家の阿児つばさ(あこ・つばさ)さん。そんな阿児さんから、「大阪のまちを散歩し、あちこちに点在する抵抗運動の実践に学び、表現・政治・生活の交差を風景として編みたい」と持ち寄られた本企画。第1回は、中央線・九条駅に集合、谷町線・谷町六丁目駅解散で、万博後の大阪のまちを歩きました。
ちかごろ「芸術家」という自分の名乗りに、もどかしさと、妙な責任を感じている。そもそもふざけてそう名乗りはじめ、資本主義社会における抜け道でアナーキーなあり方ではないかと気に入っていたが、いつまでも半信半疑で中途半端な態度をもち続けている。
「芸術の力」を、私やあなたはどう語ってきただろう。特に、その力で何を可視化/不可視化しているかについて。
昨年からサラリー人として働きはじめ、同時にSocial Kitchenという場の運営にも関わっている。京都で暮らし、大阪でも淀川で亀を釣ったり、廃屋に集まったり、路上で寝たりと、忘れがたい時間を過ごしてきた。そして、しばらく遠のいていた大阪に、この数年また「用事」ができるようになった。
巨大な開発や国家イベントの周縁で、誰がどんなふうに暮らし、立ち止まり、迷い、会話し、表現し、黙り、プラカードを掲げているのか。そんな風景を散歩し、ぽつぽつと言葉に残してみる。

2026年4月のある日。
大阪駅に近づく車窓から、日本国旗とアメリカ国旗が並んで揺れているのが見えた。
数日前、ホワイトハウスのWebサイトで見た、高市首相とトランプ大統領の会談の写真を思い返す。笑顔で両腕を突き上げる首相の姿を、私は無心でスクリーンショットしていた。
会談のわずか3週間前、アメリカは、パレスチナへの戦争犯罪によって国際刑事裁判所(ICC)から首相らの逮捕状が発行されているイスラエル【1】とともに、イランに対する大規模攻撃を行っていた。
高市氏が自民党総裁に選出された際、大阪府知事・日本維新の会代表の吉村氏と党首会談を重ね、自民・維新の連立政権が成立した。日本維新の会は前身の「大阪維新の会」が2010年に地域政党として設立され、現在では大阪府内ほぼ全域に議員を持ち、積極的な改憲派で、9条の「戦力不保持」削除と国防軍明記を求めている。
これらを進めて、あるいは止めてこられなかったのは主権者たちでもある。
ジェノサイドに加担する国家と、その国家に喝采する首相と、改憲を急ぐ大阪発の政党。この3者の間にあるのは友好ではなく、従属の演出だ。私が画面に保存したのは、その従属を誇らしげに晒す写真だった。日本国旗とアメリカ国旗が並ぶ風景も、対等な同盟や友好などではない。
大阪駅で、この旗を誰が通り過ぎ、誰が引きちぎりたかっただろう【2】。

今回編集を担当してもらうおふたりと、九条駅で待ち合わせをした。九条に来たのは万博開幕日以来だった。
あの日、私は友人たちと、メッセージを描いた養生シートのようなものや着ぐるみをつくり、万博への抗議のために路上に立っていた。商店街を歩く人たちに、万博開幕をどう思うかインタビューもした。反対の立場を伝えた上で話を聞くと、返ってきたのはさまざまな声だった。会場でアルバイトすることを誇りに思う人。第九を歌ってきたばかりの人【3】。遠足で行く予定だけど杜撰な工事が心配だという人。「そんなもんちゃいますの」と笑う人。反対意見の人にはじめて会ったと熱心に話を聞いてくれた人。
「反対するのは簡単だ」という声をこの時期よく聞いたが、私はまったくそうは思わなかった。圧倒的多数の「関心がない」という空気のなかで【4】、「どうせやるんだから盛り上げよう」と推進する権力に異議を唱えること、状況を変えようと行動すること。具体的な「反対」の方法や技術や労力を、誰が知っているというのか。
意見の違いを話す、正義を話す、その練習のための場が乏しくなっていると感じる。
それでも絶えず、その声の集う場はつくられていく。

MoMoBooksへ。
『明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか』(福嶋聡著、dZERO、2024年)という本ではじめてこの書店を知った。著者はMARUZEN&ジュンク堂書店で働いていた方で、同じくそこで修行したMoMoBooks店主のことを冒頭で真摯に書いていた。
以前とある慣れ親しんだ独立系書店に行った際、一緒に行った友人がある本を見て唐突に泣き怒りはじめたことがあった。その本のタイトルは、友人のルーツへの侮蔑にあたる言葉でもあると、その場で店員に伝えに行っていた。しかし店員にはその場で伝わるような気配がなかった。私はそのときどうしていいのか、どう言葉にしていいのかわからず、ただ友人のそばに立っていることしかできなかった。そのことをずっと、どうしたらよかったのかと考えていた。そういうことを一緒に考えてもらえる本屋だと思い、これまでに何度か訪ねている。

入口にはおすすめの本の島、壁際には児童書、テーマごとに並ぶ棚、たくさんの主催イベントのポスター。店主の松井さんは「選書が偏ってると言われることもあるけど、自分では全般的に置いているつもり」と話す。近所の小学生のたまり場にもなっているそうで、小さな絵やキラキラぷくぷくしたシールがそこここに貼られている。レジにはキッチンがあって、ビールやコーヒー、グァバジュースなどが飲める。
2階では展示「Reclaim The Street – ベルリンの街中に見るパレスチナ連帯のメッセージ -」が行われていた。


ベルリンの街角や公共スペースを埋め尽くすグラフィティやステッカー、ペーストアップやマーカー等のストリート表現。本展は、ヨーロッパの都市で最大のパレスチナ・ディアスポラが暮らすこの街に、2023年の10・7以降に現れたパレスチナ連帯のメッセージにフォーカスをあてます。
次々と姿を見せては様々な形で日々消されていくこれらのメッセージは、ドイツ社会で実際に排除されている声を象徴的に表しているようにも感じられます。
(MoMoBooks Webサイトより)
ドイツで警察によって多くの市民が表現の検閲を受け、暴力的に排除されている様子をニュースで見ていた。そのなかでこれだけの表現があること。マーカーで声を記してきた人々を想った。
日本でも街中でステッカーを貼ったり、文字を書いたりすれば法に触れる場合はある。しかし、その内容によって暴力的な排除を受けるという状況はまだ極めて少ないだろう【5】。そんなことが起こる社会の危険さを想像してほしい。
「パレスチナに自由を」


MoMoBooksを出て商店街を歩く。
私は時々、どこだったかわからない住宅地の風景をふと思い出す。美術館や芸術祭はおおよそ辺鄙な場所にある。あるいは訪れるはずのなかった土地に、美術館や芸術祭がやってきて、そこを自分が歩いている。その風景が強く残る。どうしてどこを目指してこの土地を歩いていたのか考えずにいられなくなる。九条の路地にも、そんな風景があった。
寄り道を提案し合って歩き、喫茶店に入る。カフェオレとカプチーノと梅ソーダを頼む。MoMoBooksで購入した本を紹介する。顔を見て、同じ時間を過ごし、話ができてうれしい。

私が購入した本は次の通り。出不精なので、本屋さんに行ったときには悔いがないよう買うことにしている。
2階の展示で販売していた、寄付になるポストカードやステッカー、ZINE。
・ポストカード「Reclaim The Street – ベルリンの街中に見るパレスチナ連帯のメッセージ – “GAZA”」
・ステッカー「Reclaim The Street 川から海まで Free Palestine ♡ Sticker pack」
・ZINE『すべての植民地主義を解体しよう!!!!!2025年8月9日 ブランデンブルグ門前 デモスピーチ集』
・ZINE『Germany is complicit in the GENOCIDE in Gaza ドイツはガザのジェノサイドに共犯である ドイツ・イスラエルの軍事協力史 by StopArmingIsrael』
・ZINE『INTERSECTIONAL JUSTICE ONE STRUGGLE ANTI OPRESSION LET AN ALTERNATIVE SOCIETY EMERGE!! 人間と非人間動物の解放のための革命的闘争 日本語訳入り @roku_berlin』
1階で購入したもの。独立系書店ではその本屋さんっぽいもの、ご当地っぽいものを買うようにしている。ほかの本屋さんにも行きたいから。
・ステッカー「“My body, My choice, Not yours!” 金明和」
アーティスト/アクティビストのミョンファさんのステッカー。SRHR(性と生殖に関する健康と権利)運動で使われてきた、ほんまにそれすぎなスローガンが書かれている。誰かにとやかく言われる体をもつすべての人のスマホに貼ってあげたい。
・書籍 川中だいじ著『こちら日本中学生新聞』(柏書房、2026年)
MoMoBooksでフリーペーパーを手にとっていた中学生記者の初のルポルタージュ!! 大阪都構想のことも、万博・IRのことも丁寧な取材の様子と経験が書かれている。学ぶことがありすぎる。
・雑誌『月刊「たくさんのふしぎ」通巻492号「春をよろこぶ みんなで踊る 世界でくらすクルドの人たち」』(福音館書店、2026年)
子どもの友人や親になった友人がいるので、児童書コーナーをよく見てプレゼントを探す。差別や排外主義は悪意なく身近なところに存在する。文化や歴史を知ることで少しでもその恥を知ってほしい。

電車で移動する。万博に合わせて設置された顔認証改札機。大阪メトロ134駅中130駅に設置されているらしい。使っている人を見たことがないのはホッとするけれど、一体これにいくらかかっていて、今後どうなっていくんだろうか。


谷町六丁目のPOLへ。
北山雅和さんの展示を観に。路上のプラカードで見ていたグラフィックを思い返し、作品と目線を合わせる。このとびきり大きなメッセージを抱え、どこで掲げよう。壁に反射する背面の色が、スピーチで佇む人から見える呼吸や蒸気のようだった。

近くのnim.へ。
友人がパレスチナ連帯イベントをしていたことをきっかけに知り、ここ数年、心や身体の支えになっているごはんやさん。家から近いわけではないけれど、食材から料理から内装から、きっと店主の経験から、ここにしかない居心地がある。
話したいことを安心して好きなだけ自由に話し、合間の一口一口が美味しすぎて、ときどき言葉を失って、笑う。カウンターとテーブル席があり、どちらもこの日満席で、それぞればらばらに過ごしているけれど、どこか温かく支えあっているようでもあった。久しぶりに友人のクィアカップルにも偶然会えて近況報告をし合った。カウンター席で目が合うように居てくれる小さな置きものさんたちがうれしい。店主のはるかさんは割烹着を着てクーフィーヤの三角布を巻いていた。
nim.は2026年3月15日で9周年を迎え、それに合わせて能登やパレスチナなどの支援活動をはじめ、いくつかの送金先への寄付「バースデードネーション」も受け付けていた【6】。「ごはんやさん」にとどまらない、場としてのあり方に感銘を受ける。
私がここでほっとして過ごせるのも店主の態度があるおかげだろう。今日はじめて来たという編集部のふたりも、また来たいと話していた。




言い尽くせない満足散歩を終了して編集部のふたりと別れる。


帰りの電車で隣に座った人が、「カメラマン? かっこいいね」とにこにこと話しかけてくれた。その日めずらしく、この記事のためにカメラを肩からかけていた。「あ、取材で……」と慣れない言葉を発したら、「かっこいい! 私はね、仕事のOB会のあとでホロ酔いなんよ。話しかけてごめんなさいね」と続いた。
「いいですね。なんのお仕事されてたんですか?」
「コマツって知ってる? 大きい黄色いショベルカーの」
「あ、わからないです……けどショベルカーはわかります!」
検索すると、おおよそのショベルカーに「KOMATSU」と書かれていた。
「わぁ! 大きい企業なんですね」
「そうなんよ。そこの事務をしてたの。外国からよく注文があるからパーツなんかを全部バラしてね、発送するんよ。それを確認したりする仕事。戦争があるとね、注文が増えたのよロシアなんかからね」
「え! そうなんですか! それを送ってたんですか!」
「そうそう。何に使うのかなぁと思いながらね。このタイヤのとこなんかあれでしょ、戦車とかとも似てるでしょ、そういうのにも使うのかなぁってね。まぁ普通にショベルカーとして使うのかもしれないけど」
「え〜〜」
※後日、KOMATSUが2022年4月8日にロシアへの建機の出荷、現地生産の停止を発表し、現在も継続していることを知った(参照:https://www.komatsu.jp/ja/newsroom/2022/20220408)
【1】2024年11月21日、ICC(国際刑事裁判書)はガザ地区での人道に対する罪(殺人、迫害等)および戦争犯罪(飢餓を戦争の手段として用いたこと)の容疑で、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に逮捕状を発行した。
https://www.aljazeera.com/news/2024/11/21/icc-issues-arrest-warrant-for-israeli-pm-netanyahu-for-war-crimes-in-gaza
https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/32942【2】2026年7月17日、国旗損壊罪法が参院本会議で賛成多数により可決・成立。前日16日には参院内閣委員会で可決。自民党・日本維新の会・国民民主党・参政党の4党が共同提出。日本国旗を「著しく不快または嫌悪の情を催させる方法」で公然と損壊した場合、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科す。損壊行為のライブ配信も対象となる一方、保護対象は国旗として用いられる「有体物」に限定され、アニメや生成AI画像、お子様ランチの旗は対象外。立憲民主・公明・共産などは反対。公布から20日後に施行される。
反対声明としては、日弁連が6月26日(衆院内閣委可決と同日)に会長声明を発表し、内心の自由(憲法19条)・表現の自由(同21条)を侵害するおそれがあるほか、罪刑法定主義(同31条)の観点からも問題があると指摘。日の丸が過去に軍国主義高揚の手段として使われた歴史的経緯に触れ、同罪の創設は日本国憲法が採用した平和主義に逆行する印象を与えかねないとも言及。
また7月9日には刑事法学者ら148人が「表現の自由が制限される」として反対声明を発表し、国旗の定義(社会通念上認められる有体物)が漠然かつ不明確で政治的表現の自由を萎縮させる恐れが強いこと、「不快だ」という感情を理由に処罰規定をつくるべきでないことを訴えた。
同じく7月9日、美術評論家連盟の有志48人も共同意見「表現の自由を制約する国旗損壊罪の新設に反対します」を発表。既存の器物損壊罪で対応可能であり新たな立法事実がないこと、「国民感情」という保護法益が曖昧なこと、処罰対象の境界が不明瞭で判断が恣意的になり得ることを指摘。国旗は絵画・写真・映像・インスタレーション・パフォーマンスなどさまざまな芸術表現の題材とされてきたが、芸術表現と政治的表現を明確に区別することは困難であるとし、法制化されれば国旗を使った表現が忌避され、国家に批判的な表現が排除される風潮が広がりかねないと懸念を表明した。
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/221/meisai/m221090221018.htm
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2026/260626.html
https://www.keiben-oasis.com/wp-content/uploads/2026/07/f4971ed84cf4b2615275d138832a9f22.pdf
https://critique.aicajapan.com/18358【3】大阪・関西万博の開催初日に「1万人の第九 EXPO2025」が行われた。
https://www.expo2025.or.jp/news/news-20241201-01/
【4】毎日新聞 2023年8月27日記事を参照。
https://mainichi.jp/articles/20230827/k00/00m/040/116000c【5】日本における状況として、イスラエル大使館のある文科省および日比谷公園周辺で、「FREE GAZA」というグラフィティ・アートによる抗議アクションを行い逮捕・長期勾留されているアーティスト・関風人の不起訴釈放を求める署名活動を挙げる。
https://www.change.org/p/free-gaza%E3%81%A8%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%81%97%E3%81%A6%E9%80%AE%E6%8D%95%E3%81%A8%E9%95%B7%E6%9C%9F%E5%8B%BE%E7%95%99%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%88-%E9%96%A2-%E9%A2%A8%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%B8%8D%E8%B5%B7%E8%A8%B4%E9%87%88%E6%94%BE%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%99-freekazehitoseki【6】災害NGO結、パレスチナ子どものキャンペーン、猫の事務所KIND、ビッグイシュー、うみかじ、移住者と連帯する全国ネットワークの6つの団体・法人へ寄付を募っていた。https://www.instagram.com/p/DVF22baiXhq/?img_index=1
阿児つばさ/Tsubasa Ako
タイトルとともに日々を過ごすことを「シナリオ」という表現手法とし、作品を制作する。社会課題参画のための場づくりや企画を行い、ひとりの市民であり、表現者であることを忘れないようにしている。近年の活動に、個展「scenario Notes」(Gallery PARC/京都, 2024)、パリ・セルジー国立芸術大学での滞在制作(フランス, 2022)、札幌国際芸術祭2018への参加など。私設公民館「Social Kitchen」の運営メンバー。
関連情報
KACパートナーシップ・プログラム2026
Unwashed Art Club
『Open space & Talk 芸術の権力~アートウォッシングから考えるアートの責任~』日時:2026年9月13日(日)
10:00〜18:00 オープンスペース
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11:00〜12:30 トーク&ディスカッション①
14:00〜15:30 トーク&ディスカッション②
16:00〜17:00 ディスカッション③
※トーク&ディスカッション①、②は要申込(申し込みはこちらから)会場:京都芸術センター 講堂
料金:無料
※トーク&ディスカッション①+②は通常チケット2,000円、応援チケット4,000円(①②の両方に参加可能)



