大阪・鶴見緑地公園の一角にあるTSURUMIこどもホスピス(以下、TCH)。この施設では、生命を脅かす病気(小児がん、先天性心疾患などの循環器疾患、重度脳性麻痺などの重症心身障害など)を抱える子ども、その兄弟姉妹、家族が安心して過ごし、交流できる場をつくっている。
治療のために病院で長い時間を過ごす子どもたちは、同年代が当たり前にしていること――遊び、勉強、家族との時間などを享受することが難しい。そんな一人ひとりの“できない”を“できた”に変える取り組みを、TCHは日々行っている。
そのひとつ、FabCafe KyotoとTCHの共同企画となる本ワークショップ。奈良の福祉団体「たんぽぽの家」で「NEW TRADITIONAL」など伝統工芸と福祉の取り組みを行っている中島香織(なかじま・かおり)と、ここ数年のTCHのさまざまな出来事を撮影している衣笠名津美(きぬがさ・なつみ)が取材を行った。
ものをつくることは、決めること
小さな、時には大きな選択や決断によって私たちの生活は進んでいく。そんなことは言い尽くされているけれど、誰かが心を決める瞬間に立ち合うと、どんな些細な事柄であってもそのかけがえのなさを感じずにはいられない。
2023年7月22日(土)、「レーザーカッターで水たまりの鏡をつくろう!」と題されたワークショップを見学した。場所は大阪市にあるTSURUMIこどもホスピス(以下、TCH)。生命を脅かす病気を抱える子どもや、その家族が安心して過ごしたり、交流できる場をつくっている。今回のワークショップでは、TCHを利用する13歳から20歳までの14名が参加した。
今回は鏡で2種類のものをつくった。水たまりのオブジェと、手のひらサイズのブローチもしくはキーホルダー。それぞれ、「Laserbox」というレーザーカッターと、「LaserPecker」という卓上レーザー彫刻機を使って、自分で描いた線や文字、イラストを形にしたり彫刻したりする(LaserPeckerは、合同会社TSUKUMを主宰する徳山倖我さん[京都産業大学情報理工学部]の協力によるもの)。
山月さんはワークショップに入る前に、次のような話をした。
「自分なりの水たまりを書こう」
「自分にとって心地よい形ってどんなもの? 飛び込んでみたい水たまりってどんな形かな?」
「A4の紙に納得がいくまで書こう」
「上手い・下手、失敗はないから、どんな形でもいいよ。何枚でも書いてお気に入りの1枚を見つけよう」
機械や鏡はやさしく扱うこと、尖った形に気をつけること、線を書くときは交差させないことなどを言い添えた。書き始めてから10分と経たないうちに、水たまりにする1枚を選んでデータのスキャンに進む人が! 早い。
かと思えば、サインペンの蓋すら開けようとしない人も。「自分は50回書いたよ!」「気に入った形をもう一度別の紙でなぞるとうまくいくことがあるよ」と京都産業大学の先生、伊藤慎一郎さんが体験談を披露したりするなか、部屋にあった楽器の形を紙の上でなぞるなどの手法も開発されていった。
銀色の大きなボタンを押すと、ガーッという大きな音とレーザーカッター特有の焦げたようなにおい。2~3分ほどして自分が描いた線のままの鏡が生まれた。
ブローチ&キーホルダーづくりは、はじめは戸惑う人が多かった。文字でも絵でも好きなものを描いていいとなると、かえって難しいのかもしれない。考えあぐねていた男の子に、学生さんが何気なく「何が好き?」と尋ねると「将棋!」とすかさず返ってくる。そのあとはスマホで検索した「飛車」の文字をひたすら書いていた。
気がつくと水たまりの線も文字やイラストも、みんな何枚も何枚も描いていた。用意していた紙がなくなってしまうほど。序盤は戸惑う人もいたが、あるときから場が躍動してくるように感じたのは、山月さんの言う「上手い下手はないし、失敗もない」ということがどうやら本当のようだ、と子どもたちに伝わったとき、そして描いたものが魔法のように形になることを実感してからではなかったかと思う。
さらには、自らの手で描いたものを並べたときに、どの人にも「この1枚」は確かにあって、自分なりの基準と意志をもって決断し選択するその瞬間に、その人が立ち上がってくるようにも見えた。漠然と、ものづくりを通して相手を知っていくということができるんじゃないかと思った。
さあ、一人ひとりの決断が形になった。外に出てみよう。水たまりには何が映る? みんなどことなく誇らしい。ワークショップのあとでFabCafe Kyotoの木下浩佑さんは、「ものをつくるということは、何かを決めるということ」と話していた。その人なりの時間と思考を経て決めたものが、形になる喜び。ひとつ前の瞬間までは世界に存在していなかったものが、自分の手と機械のはたらきによって今、目の前にある不思議。
技術は誰のためにあるのだろう。さまざまな工作機械を備えたFabCafeは市民に開かれた場として国内外にあり、「ものづくりの民主化」を進めている。加えて今回のように機材を操れる人がいれば、ものづくりに触れる場をもっといろいろなところでひらくことができる。外出することに制限があったり、さまざまな事情でFabCafeのような場所へのアクセスが難しかったりする人たちが、工作機械や新しい技術に出会い、つくることの喜びや不思議さを体験することができる。
この日、TCHに来ていた子どもたちのほとんどは夏休みに入ったばかりだったが、来年の夏も全員が同じように過ごせるとは限らない。自分で決められることも決められないことも、現実には選択肢すらないことだってある。想像しえない不安や恐怖と戦っている子もいるだろう。失敗のないものづくりの場が、自分で決めた経験が、明日からの自信に少しでもつながっていたらいいなと心から思った。
レーザーカッターで水たまりの鏡をつくろう!
日時:2023年7月22日(土)13:00〜15:00
対象年齢:13〜20歳