近況が気になるあの人に「最近どう?」という軽い気持ちで、声をかけていく本企画。第22回は、大国町の深夜喫茶兼イベントスペース、グッドナイトを営む中尾眞佐子さん・微々さん親子です。
大阪を拠点に、1998年の結成から約25年にわたり活動するバンド・indian no echo sign bine no!のメンバーである中尾眞佐子(マーヤン)さんと、その娘で写真家の中尾微々さんが営むグッドナイト。2020年1月のオープン以来、食堂から深夜喫茶へとスタイルを少しずつ変化させ、ライブイベントや展覧会の開催も重ねながら、2023年現在までその歩みは続いている。本取材を依頼したのは、同店で6月10日(土)に開催された豊田道倫・梅田哲也・YTAMOによる「うたの光景、音の情景」から数週間後。落ち着いた頃合いをうかがって、これまで・これからのグッドナイトについて話を聞きに赴いた。
作品になるような毎日にしたい
——あらためて、お店をはじめた経緯についてお聞かせいただけますか?
中尾眞佐子(以下、マーヤン):ここ(お店を入って手前のスペース)は元々、車を入れるガレージにしていたんですよ。そして、奥がウォン・ジクスー【1】という人の部屋。ウォンちゃんがいろんな人を連れてきて、音をガーッと鳴らしたり、一時期はお店をやっていたり、自由に使っている場所でした。なんて名前やったっけ。
中尾微々(以下、微々):大国……
マーヤン:そうそう、大国テラス。yumboのドラムをやっている山路(智恵子)さん【2】がうどんを打ち、誰かがライブをし……2、3回くらい企画もしていました。そういう時期が昔にあったんですけど、だんだん仲間が集まって大きな声を出すとか、大きい音を出すみたいな迷惑空間になっていって。微々もちっちゃかったから、私はそれにすごく腹が立って、あまりに怒るからフェードアウト。カウンターをつくってお酒を飲んだりもしていたけど、そういうのがなくなって、ただの部屋になった。でも、彼が亡くなって、しばらくいろいろと片付けられなかったんですよ。それで、物に触れない状態で3、4年くらい経って、何かをするとなれば片付けられるんじゃないかなと思って。大きな理由はそれかもしれないです。
——そうだったんですね。微々さんの視点からはどうですか? お店をはじめるまでを振り返ってみて。
微々:今のはちょっと美しい感じの話ですけど、お店ができるまでは、1階の空間が嫌いすぎて。
マーヤン:やめてよ、印象が悪すぎる(笑)。
微々:学校から帰って、玄関に入るじゃないですか。車が置いてあるときは、こう(身を広げ狭めて)やらないと入れない。暗いし、極力何も見ずに一目散に2階に駆け上がっていくっていう生活をずっとしていて。奥がこの世で一番入りたくない部屋だったんです。でも、店をやるとなって、工事がはじまると、なんかもうパーンと変わりました。
マーヤン:彼の意向もあって、ちょっとどろっとした空気感があったんですよ。
微々:そうそう。それが目に見えてひらけていっている感じがしたから、正解かどうかわからないけど、正解なのかもなあと思って。
——グッドナイトは食堂と「微音音楽」のライブスペースとしてスタートしましたが、何かきっかけはあったのでしょうか。
マーヤン:私がずっと飲食の仕事をしていたんですよ。それ以前は企画の会社で正社員をしていたんですけど、物を売って消費していく感じに「無意味や!」となってしまって。料理は日々食べるし、おいしいと感じるし、ごはんをつくるってすごくいいなと、間借り営業をはじめたんです。今では当たり前になりましたけど、その頃(1990年代)はベジタリアンやカフェごはんみたいな概念はまだなかった。そんななかで、そういうものを提供しだしたら、お客さんがいっぱい来てくれるようになって、もう戦いのように毎日必死につくっていましたね。アメ村にあったモンスーン・ティールーム【3】というお店からメニュー開発のオファーがあったり、ファンになってくれる人もいたりして、みんなが感動する何かをつくる、それを料理ですることが仕事になっていきました。
——SNSに上がる料理の写真、本当にいつもおいしそうだなと思っていたのですが、そんな背景があったとは。
マーヤン:微々が生まれてからはしばらくは休んでいたけど、このタイミングで、1回自分で店をやったほうがいいんじゃないかという気もしていたんですね。それで、友だちの梅(アーティストの梅田哲也)に相談したら、すごくサイレントな、こういう音(ガラスのコップを爪で弾く)で演奏するような場所が東京にあったらしくて、「それや!」となって。私もかっこいいと思ったし、そういうことができる場してもほんまはいいのかもしれないなあと、自分で壁を塗ったり貼ったりするなかで、なんとなく奥の部屋は無機質な空間にしていきました。だから、空間としては、メインは奥の部屋なんです。イベントを開いたときに、付随して食事ができるところとしてつくったのが食堂。
——開店してはじめてのライブも、梅田さんのソロでしたね。
マーヤン:自分から梅にオファーしました。みんな「おめでとう」の気持ちもあったのかもしれないけど、ぎゅうぎゅうの満員で。あれはいいライブだったと思う。梅が描いた漫画と名前、「ライブ」とだけ載せてフライヤーをつくったんです(笑)。
微々:インスタのストーリーを使って、指で手書きしてね(笑)。
マーヤン:つくり方も印刷方法もわからなくて、本当に手探り。いまだに宣伝は苦手だし、めちゃめちゃ商売に向いていないと思います。料理もね、完成度を求めすぎて、味や素材選びの加減がなくなるし。やたらとこだわってやってしまって、体力も精神力も追いつかなくなってしまうから、今はセーブしています。
微々:店の営業でも(ミュージシャンとしての)自分のライブのときでも、何かものをつくったり発信したりするとなると、準備段階から熱があるっていうか。全部が100%みたいなボルテージは変わらない気がする。ビジネスとしてはあれだけど、この店のあり方としては、そこがなかったら続かないだろうなとは思います。私がひとりでお店をやるとなったら、また全然違うことになっていると思うので。
マーヤン:作品になるような毎日にしたいというか、何かをやりはじめたときから全部が作品になるような、そういうスペースになったらいいなという想いは最初からありました。
微々:うん。それは今でも続いているなって思う。
——2023年6月10日には、梅田さんと豊田道倫さん、YTAMOさんによるライブ「うたの光景、音の情景」も行いました。このイベントは、どのように企画したんですか?
マーヤン:豊田さんが2020年に東京から大阪へ越してきて、たまたまライブに呼ばれてバイオリンを弾いたことがあって。そこから茶飲み友だちみたいになったんですよ。それで、「そろそろここ(グッドナイト)でライブがしたい、豊田さん歌ってください」と相談を持ちかけたら、「弾き語りのソロじゃなくて、何か別の感じでやってみたいな」って、豊田さんが梅を指名して。タイプは全然違うと思うんだけど、前から興味があって、「入船」【4】も観に行ったみたいです。そこから、3人で会って話して、また新しく梅がアイデアを出して、YTAMOちゃんへオファーすることになりました。みんな初共演で、出演者同士、zoomで話す機会も1回だけあったらしいんですけど、ライブの内容に関しては、私は想像しながら動くという状態でしたね。もちろん、会場としての準備もあるから何が起こるかわからなくてすごく焦るけど、表現を信じて、必要なことをしようと。
——paperCのニュース記事でこのライブを紹介させてもらった際も、「セッションとも違うみたいで、同時演奏とも言えない……」とおっしゃっていましたね。お話を聴きながら、グッドナイトはイベントスペースとも言えるけれど、“何が起こるか”ということを実践する場なのかもしれないなと感じました。
微々:うまくまとめてくれた(笑)。でもその通りだと思います。集客ももちろん大事ですけど、ここでしかできないことをやってほしい。
マーヤン:表現する本番は、何が起こるかわからないからね。それがもっと(表現する側もその場にいる観客も)わからなくなって、今よりも向こう側の、すごく鋭い境地に行ってくれたら最高やなと思う。
——これから計画している企画はあるんですか?
マーヤン:9月に空間現代のライブが決まっています。微々が声をかけてくれたんですけど。普段大きな音で演奏しているバンドが、グッドナイトの空間で、微音で新しい音をつくったらどうなるだろう、それに挑んでくれたらいいなと思う。なんて言ってたん?
微々:空間現代もこの間アコースティックライブをはじめてやって、そういう機会を増やしていきたいなってちょうど思ってたところだったから、「ジャストタイミングでした」って。
マーヤン:これから店に来て、音を試すとかもあるのかもしれないね。あとは、5月にやった微々とシタンダリンタくんの写真展「栗子」もいい感じだったから、展示をやっていきたいともちょっと思っています。季節がいいと、玄関を開放したときに、風通しがすごく良くて。軽食と飲み物を準備したら、観に来てくれた人も休憩しながら過ごしてくれて、いい空間だったんですよね。だから、日中に奥の部屋を生かしていきたいなって。
——微々さんは、こんなふうにお店をやっていきたい、というイメージはあります?
微々:そうですね。近所の人が来てくれたり、友だちがわーっと何人かで遊びに来てくれたりするのもすごく嬉しいけど、知らない人がひとりで来てくれるのもいいなって。前に、開店と同時に、新入社員みたいな無口な男の人が入ってきたことがあったんですよ。恐る恐る注文していて、雰囲気が怖かったんですけど、最後はニコニコしながらお茶を飲んでいて。そういう、ここに来たらすこしホッとできるような、「明日も生きられる」とまでは言わないけど、その人にとってその時間がすこしでも……ちょっと「グッドナイト」って言うの恥ずかしい(笑)。
マーヤン:夜に飲み屋で「グッドナイト」ってベタすぎるやんな(笑)。意味がわかりやすすぎるから、「どうしよう、恥ずかしい」って、自分たちの落としどころも難しい。
微々:まあでも、結局そこに尽きるかもしれないよね。
マーヤン:そうやな。この間、微々の友だちが来てくれたときも、「全部が辛かったけど、ここに来たから落ち着いてごはんが食べられた。楽しかった」って言ってくれたって聞いて、開けててよかったと思えたんです。それはこの場所の雰囲気もだし、私たちの空気感もあるのかもしれない。店を開けながら、正直に「しんどいねん」と言ってしまうし、それが良いのか悪いのかはわからないけど、無理なときは無理やし。そういうキャラクターもあるのかもしれません。お店はやっぱり人だから、正直にいたほうがいいと思う。正直すぎてうまくいかないこともあるし、「ずっと赤字やん」となると、焦って肝心なことを忘れそうにもなる。でも、微々が「そこはずっと大事にしよう」と言ってくれていたから。「誰かのグッドナイトでいられますように」みたいな言葉をSNSに上げるのも、前は「やめてー!」となっていたけど(笑)、「ああ、なるほどな」って最近は思います。
2023年7月13日(木)、グッドナイトにて収録
(取材:鈴木瑠理子・永江大[MUESUM])
【1】ウォン・ジクスー
1960年生まれ。声色師。1986年、劇団オンシアター自由劇場に研究生として入団し、1992年にNYクラブU.S.AでBandH.M.Sデビュー。以降、現代美術作家や舞踏家、ミュージシャンとのコラボレーションを精力的に展開した。2016年に逝去。【2】山路智恵子
仙台を拠点とするバンド・yumboのドラマー。各地でバンド・ソロ演奏活動を行い、打楽器や日用品を用いた即興演奏、ワークショップなども担う。2010年から明石で山路製めんを発足し、リズムに合わせて打つ“とんとこうどん”を販売。音楽・アートイベントなどにも出張した(2015年に仙台に移転し、2016年から営業再開。2019年末で閉店)。【3】モンスーン・ティールーム
1972年に中津で創業し、大阪にチャイを広めた老舗カフェ「カンテ・グランデ」から暖簾分けした店のひとつ。アメリカ村で1980年代後半〜2000年代初頭まで営業し、スタッフや客としてミュージシャンなどが集った。【4】入船
梅田哲也が2015年から行っている、大阪の川を巡るナイトクルージング・パフォーマンス。観客は船に乗り、搭載されたスピーカーから流れる効果音、ナレーション・民話・インタビューなどの音声ガイドをもとに、都市を眺めながら日常/非日常の交差を体験する。 4年ぶり6回目となる2023年3月16日〜20日の開催では、楽曲・音声のゲストに韓国のシンガーソングライター、イ・ランが加わった。
中尾眞佐子さん・微々さんの「最近気になる◯◯」
場所=喫茶店
ふたりとも喫茶店巡りにハマっています。気がついたら座っています。風と一緒に自転車を漕げる季節になったので、一層加速。何か問題にぶち当たっているときも、ぼんやり未来のことを考えるときも、何も考えたくないときも。可能なら1日中いたいです。知らない土地でお店を開拓するのも好き。こないだは六本木で2軒もいい喫茶店に出会い、東京も悪くないなと思いました。ちゃんと淹れたアイスティーの琥珀色を眺めるのが好きです。それをせっせとおぼんに載せているおばちゃんの後ろ姿を見るのも好きです。
空間現代 ACOUSTIC SET「Sishamo」
日時:2023年9月23日(土)18:00開場、19:00開演
会場:グッドナイト
料金:前売3,000円、当日3,500円(いずれも1ドリンク別)
出演:
LIVE 空間現代
DJ oboco