今年20年目を迎えた、大阪発のアートフェア「ART OSAKA」。まだ日本のどこにも継続的に開催しているアートフェアがない時代に始まり、現代美術に特化したフェアとして継続的に開催されてきた。2007年に始めたホテルの客室を使う開催形式は国内外の他地域にも広がり、現代美術にアクセスしやすい環境づくりに貢献したといえる。
長らくホテルを舞台にしていた「ART OSAKA」が平場に移ったのは、コロナ禍の2020年。そして今年は大型美術作品やパフォーマンスに特化したセクションを新設し、クリエイティブセンター大阪(名村造船所大阪工場跡地)と大阪市中央公会堂の2会場で展開。2022年7月6日(水)〜11日(月)の会期中には、前回の約2倍にあたる、のべ約4,700人が来場した。
販売が難しそうな大型作品を扱うことに、なぜ果敢に挑戦したのか。20年の節目に、「ART OSAKA」を率いてきた歴代の代表、山口孝(ギャラリーヤマグチ クンストバウ)、松尾良一(TEZUKAYAMA GALLERY)、森裕一(MORI YU GALLERY)に話を聞いた。(2022年7月15日オンラインにて収録)
そもそも、「ART OSAKA」はなぜ始まったのか? そのきっかけについて、創設時の代表である山口はこう語る。
「現代美術に特化したフェアをやりたいという私個人の想いは、1980年代からありました。実は1984年に、中之島にあった大阪府立現代美術センターで、現代美術のフェアを企画したことがあるんです。しかし諸々の理由で3〜4年で終了してしまいました。1990年代になって、住友倉庫が所有する大阪港の倉庫を美術品収蔵庫+展示スペース(CASO[カソ])として活用することになり、その運営に私が関わるなかで、改めて現代美術のフェアをしたいというアイデアが浮上したのです。」(山口)
「ART OSAKA」の前身である「Art in CASO」は2002年に開催。参加した16ギャラリーには、ギャラリー小柳やタカ・イシイギャラリー、Gallery HAMやKENJI TAKI GALLERYなど、関西以外のギャラリーも複数含まれていた。
「東京や名古屋、海外からコマーシャルギャラリーを招きました。当時、日本ではほかに現代美術のアートフェアはなかったんですよ。NICAF(※)も1990年代に数回開催して終わってしまった。大阪でのフェアは無理なく継続していくことを目標にして、いい画廊を選ぶこと、経費を抑えて出品料をあまり高くしないことを心がけました。」(山口)
※NICAF…Nippon International Contemporary Art Fair、「アートフェア東京」の前身
その後、CASOでは4回開催されたが、2007年に堂島ホテルからのオファーを受け会場を移すことになる。
「CASOの時は展示壁の設営にお金がかかりましたが、ホテルの客室で展示するならその必要がないですからね。ホテル側も協力的で、会場を移そうという決断になったのです。アクセスが良くなって、ホテル側も宣伝してくれましたから、ものすごく来場者が増えた。ホテル業界でも噂になって、いろいろなホテルから引き合いが来るようになりました。」(山口)
2010年までの4回を堂島ホテルで開催した後、今度はJR大阪駅直結のホテルグランヴィア大阪に会場を変更。この頃に山口から実行委員メンバーに誘われたのが、2代目代表の松尾だ。2012年に代表が交代した後は、東京でのフェア開催(2016年〜)や主催者の法人化(2018年)など、新たな展開が続く。
「私が代表に就いた頃には、台湾や香港など海外でもホテル型のアートフェアが人気になっていました。そんな時に、アートホテルとして展開しようとしていた東京のパークホテルからの誘いがあり、東京でのフェア開催が始まったのです。最初はできる範囲でやっていこうという方針だったのですが、次第に事業の規模が拡大してきたので、活動継続のために実行委員会を法人化することになりました。これにより、フェアで出会った作家の展示や助成金の申請など、フェア以外の活動もスムーズにできるようになり、アートに触れる機会を増やしていく活動を年間通じてやりやすい環境になったように思います。」(松尾)
近年は関西でもアートフェアや類似のイベントが増えてきている。そんななかで、「ART OSAKA」の独自性はどのような部分にあるのか?
「根本的な方針は当初から変わっていません。現代美術に特化すること、作品の質にこだわること、そして良い作家を扱っているギャラリーを選び、彼らの活動を紹介していくことです。作品が売れればいいというような考え方はないですね。」(松尾)
第1回から出展ギャラリーとして参加し、2018年には松尾の後を継いで代表に就任した森はさらにこう語る。
「ART OSAKAはビジネスの場ですが、商売だけじゃない。アーティストをキュレーターなど美術関係者に紹介する場になっていて、その出会いがきっかけでアーティストの美術館での展示が決まったことも、これまでに何度もありました。そのようなことが起きるフェアは珍しいのではないでしょうか。」(森)
今年初開催されたExpandedセクションも「ART OSAKA」を特徴づける新たな要素となったが、どのような経緯で企画されたのだろうか。
「ブース形式のフェアでは、スペースの都合上、どうしても小さな作品が多くなってしまいます。一方で海外のアートフェアでは、大きい作品がバンバン売れていくという状況がある。そこで、大きい作品を扱いたいと実行委員に提案したところ賛同を得られ、かねてから興味を持っていたクリエイティブセンター大阪(CCO)を、大型作品に特化した会場にすることにしたのです。アーティストに大きな作品を制作する機会を提供することで、将来的にその作家の代表作となるようなものを発表したいという想いもありました。」(松尾)
Expandedセクションは「想像以上の反響があった。」(山口)といい、購入された大型作品も数点あった。造船所跡地という特殊かつ広大な空間に各ギャラリーとアーティストが真摯に向き合ってつくり上げた展示はいずれも見応えがあり、「普段はアートに関心のない知人の高校生の息子が、展示を見て帰ってきて興奮して感想を語っていたそうです。」(森)とのエピソードも。
「アーティストには負担もあったと思いますが、それ以上にやりがいがあったはず。ギャラリーではできない展示に挑戦できたのではないでしょうか。」(松尾)
「来年この会場でやりたいというアーティストやギャラリストが何人もいます。」(森)
金沢や東京など遠方から訪れた美術関係者も多かったとのことで、新たなチャレンジは多くの人の心に響いたようだ。来年も2つのセクションでの開催を継続する予定だという。
最後に、長らく大阪・関西の美術シーンで活動してきた3人が今思うことについて聞いてみた。
「今回、大阪の行政関係者をアテンドしていて、大阪の長期的な成長のためにアートに必要なものが何かを聞かれたので、アーティストが制作できる環境をちゃんと整えてほしいと伝えました。その土壌があればアーティストが集まる。そこでいい作品がそこでできればギャラリーが紹介し、作品の買い手につながっていくので、制作環境が一番のベースになる。そして、大阪では新しいギャラリーが育っていないという危機感を持っています。アーティストだけでなく、若いギャラリストも育てないといけない。発表の場がなくなれば、アーティストも大阪からほかの地域に出ていってしまいますから。」(松尾)
「行政には、常にアーティストをサポートしますよという姿勢を見せてほしいですね。それから、国を動かしていく政治家の中からも文化芸術を理解し動いてくれる人が出てきてもらわないと。僕たちもアプローチする必要があるかもしれない。」(山口)
「我々ギャラリーはアートとエンドユーザーをつなぐコネクターになっていかなければならないと思う。中国のマーケットはギャラリストが育たないでアーティストがエンドユーザーに直接売っていたために、マーケットが潰れてしまい、結果的にアーティストが潰れてしまった。ギャラリストが主体となって運営している『ART OSAKA』は、客観的な視点でコレクターや美術館に作家を紹介するという非常に大事な側面を担っているんです。」(森)
初期の「ART OSAKA」のステートメントでは、「単にビジネスとしての行為だけではなく、社会的な場、公共的なアートの場を創りあげる」とうたわれていた。開始から20年を経て体制が変化しても、この当初の精神は脈々と受け継がれている。イベンターではなく現代美術を生業としているギャラリーが運営しているからこそ、意識がぶれないまま継続することができ、今回のExpandedセクションの創設につながったのだと、今回改めて話を聞いて理解できた。
Expandedセクションの内覧会に参加したメディア関係者から「まるで芸術祭のようですね」との発言があったという。筆者も同様の感覚を持った。確かに、美術館を除けば、このような規模の展示を大阪で観ることは稀である。現在の大阪には、いわゆるアートセンターのような、公的な文化施設でアーティストの創作活動を継続的にサポートし紹介していく機関がほぼ皆無であり、都市部で開催される芸術祭もなく、自らの表現を純粋に突き詰めて、一定以上の規模感でそれを発表する機会は少ない。(観客の鑑賞の機会も同様だ。)今回の開催で、「ART OSAKA」の存在が一段と公共性を帯び、大阪のアートシーンの担い手として新たなステージに上がったと感じた。
ただ、松尾は、「それじゃ駄目なんです、芸術祭のクオリティがありつつアートフェアとしては作品が売れないと。」とつぶやく。もし大型作品やパフォーマンス型の作品が売れる状況をつくり出すことに成功し、マーケットが醸成されれば、国内外における「ART OSAKA」のプレゼンスはより一層高まるだろう。彼らの戦略のゆくえに注目していきたい。
会期:2022年7月6日(水)~11日(月)
Expandedセクション
会期:7月6日(水)~11日(月)
会場:クリエイティブセンター大阪(名村造船所大阪工場跡地)
アーティスト & ギャラリー:
artists for streetsummit -AITO KITAZAKI, TABBY, JEFF GILLETTE- / ギャラリーかわまつ
青野セクウォイア / Yoshiaki Inoue Gallery
赤井正人 / Gallery OUT of PLACE
植松奎二 / ギャラリーノマル
大西康明 / アートコートギャラリー
大森記詩 / GALLERY KOGURE
加藤智大 / TEZUKAYAMA GALLERY
釡本幸治, 長谷川政弘 / ノートギャラリー
硬軟 / eitoeiko
小清水漸 / YOD Gallery
瀧健太郎 / MORI YU GALLERY
並木久矩 / ギャラリーMOS
前谷 開 / FINCH ARTS
横溝美由紀 / GALLERY麟Galleriesセクション
会期:7月8日(金)~10日(日)
会場:大阪市中央公会堂 3階 中集会室/小集会室/特別室
出展ギャラリー(*印は初出展):
AaP/roidworksgallery*、AIN SOPH DISPATCH、アートコートギャラリー、芦屋画廊kyoto、カペイシャス、COHJU contemporary art、Contemporary HEIS、DMOARTS、eitoeiko、FUMA Contemporary Tokyo | 文京アート、ギャルリー宮脇、Gallery 38、GALLERY IDF、GALLERY KOGURE、ギャラリーノマル、GALLERY麟、Gallery Suchi、GALLERY TOMO、ギャラリー椿、hpgrp GALLERY TOKYO、イムラアートギャラリー、JILL D’ART GALLERY、KAZE ART PLANNING、KENJI TAKI GALLERY、小林画廊、小出由紀子事務所、KOKI ARTS、KOUICHI FINE ARTS*、小山登美夫ギャラリー、LAD GALLERY、MAKI Gallery*、MARUEIDO JAPAN、masayoshi suzuki gallery、メグミオギタギャラリー、MEM、ミヅマアートギャラリー、MISA SHIN GALLERY、MORI YU GALLERY、Nii Fine Arts、ノートギャラリー、NODA CONTEMPORARY、PERROTIN*、s+arts*、サイギャラリー、studio J、SYP GALLERY*、タグチファインアート、TEZUKAYAMA GALLERY、サードギャラリーAya、ときの忘れもの、万画廊、YOD Gallery、Yoshiaki Inoue Gallery、+1art