2021年8月17日(火)〜9月4日(土)にかけてCalo Bookshop & Cafeにて開催されていた、森栄喜氏の個展「シボレス|破れたカーディガンの穴から海原を覗く」を観た。大阪を拠点とする音楽レーベル「immeasurable」が主催する本展。展示されたのは、年齢や居住都市、言語、国籍、セクシャリティーなど、バックグラウンドの異なる森氏の友人たち25名が発話した、母語でない“合言葉”(=シボレス)によるサウンド・インスタレーションだ。Caloの店内に入ると、とつとつと日本語の一節を唱える声が響いた。
鼓動に合わせて目を瞬く
君の胸に耳を当てて 鼓動に合わせて目を瞬く煙草を 誰にも気づかれないように持ち帰る
君からもらった一本の煙草を 誰にも気づかれないように持ち帰る
展示空間は、天井に1機のホーンスピーカーが設置されているのみ。壁面には2020年6月に東京のKEN NAKAHASHIで本作を発表した際の森氏のテキストが掲示されていた。そこに「異なる描写深度の2節により成り立つひとつの合言葉。それらが同一人物により発せられ、自己対話のように応答される」とあるように、たとえば「鼓動に合わせて目を瞬く」という動作は、「君の胸に耳を当てて」という言葉が合わさることにより、時間的・空間的な密度をともなった情景を浮かび上がらせる。それは話者の人生に起こった出来事の断片にも、自分自身のなかにある記憶のようにも思える。母語でない言語で発される言葉は、個人の生々しい声でありながらも意思から放たれたような、心もとなく素朴な聴き心地がした。だからこそ、その情景に誰のものでもない(あるいは誰のものでもある)ような感覚が湧くのかもしれない。
ごめんねという代わりに3ページめくる
君の横顔の輪郭をゆっくりなぞる
君の破れたカーディガンの穴から、夕焼けの海原を覗く
時折、日本語で唱えられる一節には、フランス語、中国語、タイ語など、さまざまな言語で発された声が重ねられる。第一言語が日本語の筆者には、使い馴染みのない言語で発話された言葉の意味を理解することはできず、それぞれの意味が一致しているのかもわからない。ただ、呼応するように、そして互いに掻き消し合い、ともに静かに収束していくようなそれらの声もまた、普段なら意識することのない他者の存在を表出させる合言葉なのかもしれないと思えた。耳を澄ませていると、次第にその“わからない”声が放たれた先に、それを受け取る相手ーー声を聴き取りうる人、そして、話者が声を発する際に想起する親密な他者の姿ーーが想像されてくるのだ。ここにいない誰かとの間で表された仕草や態度、応答する返事や笑い声、声にしなかった想い。日々のなかで営まれる濃密な時間の蓄積を、声の背景に見出してしまう。それは、現在もあらゆる時/場で持続する人々の生の気配の表れともとれる。
現在は本展に続き、同シリーズの個展「シボレス|鼓動に合わせて目を瞬く」が、2021年9月25日(土)までCaloで開催中だ。こちらでは、展覧会名と同名の映像作品が展示される。2020年3〜5月の緊急事態宣言下、人通りの少ない東京の夕刻のまちなかで、森氏が行ったパフォーマンスを収めたものだ。先に上げたような合言葉に振りをつけ、都市の片隅の風景に自身の影を映し出す森氏。その身体の動きからは、なにが立ち上がるだろうか。
森栄喜 [Eiki Mori]
1976年石川県金沢市生まれ。パーソンズ美術大学写真学科卒業。
写真集「intimacy」(ナナロク社、2013年)で第39回木村伊兵衛写真賞を受賞。
近年の展覧会に個展「Letter to My Son」(KEN NAKAHASHI、2018年)、グループ展「小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家 vol.15」(東京都写真美術館、2018-2019年)など。その他、国内外での展示多数。2020年、immeasurableより『シボレス|破れたカーディガンの穴から海原を覗く』をドキュメントとしてCD+BOOKの形態でリリース。
日時:2021年9月7日(火)〜25日(土)12:00〜19:00
※9月20日(月・祝)は18:00まで臨時営業
主催: immeasurable
後援: Calo Bookshop & Cafe / Calo Gallery
協力: KEN NAKAHASHI
助成: 大阪市
大阪市西区江戸堀1-8-24
若狭ビル5F