記録に残したい、そんな衝動に駆り立てられる展覧会がある。2022年2月19日(土)から3月13日(日)まで神戸アートビレッジセンター(以下、KAVC)で開催された、船川翔司個展「Hey, _ 」もそうだった。
KAVCと言えば、1996年の開館以来、若手アーティスト支援に力を入れ、関西の芸術振興に寄与してきた重要な拠点のひとつだが、当施設が2018年に打ち出した公募プログラム「ART LEAP」は、30〜40代の芸術家を対象としている。いわゆる「中堅」に限ったことには、従来的な芸術家のキャリア形成や文化行政・施設などへの示唆があるだろう。
4度目の開催となった「ART LEAP 2021」では、キュレーター・遠藤水城が審査員を務め、大阪を拠点に活動する船川翔司を選出。約半年にわたるKAVCスタッフとのコミュニケーション、一般公募で集まった展覧会運営サポーターらとのリサーチ活動を経て、船川が構想・制作したのが個展「Hey, _ 」だ。
船川の表現活動は、視覚芸術や音楽、パフォーマンスなど多岐にわたるが、今回はKAVCの3つの空間を会場に、映像、音楽、文章、ファウンド・オブジェなどが収束する大規模なインスタレーションを発表した。オープニングトークでは、審査員・遠藤水城が「コンセプトを理解する手続きがいらないコンセプチュアルアート」と評し、また、船川自身はこの展示について「知識や技術によってものごとを受容する“人間の尺度”ではなく、“自然の尺度”を会場内に取り入れようとした」と語っている。
以降は、異なる立場の関係者・鑑賞者の言葉から本展を記録していきたい。
審査員という立場で彼を選んだときは、正直なところ期待と不安が
半々でした。が、展覧会を見たときには「もう傑作。やれることを やり尽くしている。素晴らしい。選んで良かった!」と心から思え ました。 遠藤水城[キュレーター/東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)代表]
KAVCの展示空間は、作品鑑賞を目的としない地域の方々が多く訪れる特性を持ちます。そんな会場のいたるところに置かれた展覧会の要素が、鑑賞者にどのような体験をもたらすのかは未知数でした。展覧会がはじまると、多くの方が作品空間だと意識せずとも会場に足を踏み入れ、植物をきっかけにスタッフと言葉をかわす場面が多く見受けられました。展示会場でそうした様子を見ながら、私自身も、カラカラふつふつと音を立てる蒸留器をじっと眺めている時間がありました。それは船川さんとのリサーチ活動で登った山で焚き火を眺めた記憶に近いものだったと思います。
目の前に展開する作品を通して来場者が自身の記憶や経験と結びつけて鑑賞することこそが「Hey, _ 」における鑑賞体験だったのだと実感した瞬間でした。
岡村有利子[神戸アートビレッジセンター美術担当]
2021年11月展覧会サポーターの面接へ。ひと通り説明の後、彼が気になっている事象について、レクチャーを受ける。わからないとは言わないが何だろう? 同日いきなりの登山。えっ? まるでご近所に行く格好の私も気軽に参加。
後日、ワークショップ。なんだか奇声を発する不思議な集団発生。そして作品の収録。私は茶花の話をする。そして人生初体験の歌の録音。
個展初日。蒸留用の海水を自宅の近所で挙動不審(?)に汲んで運ぶ。湊川隧道のイベントも最終日のパフォーマンスも参加。今日で終わりと思うと少し切なく感動する。
作家さんと今回みたいに深く関われたのは、本当に楽しかった。次は無人島に同行かな?
永原清史[ART LEAP 2021 展覧会運営サポーター]
生産と消費のサイクルのなかで生きているのはしんどい。わかっていても、そこから抜け出すのが難しい。
でも、ふとした時に、そのマインドをくるくると転がしてくれる出来事が起きる。それには大小は無いけれど、体験が伴っていると思う。
船川くんの展覧会で、出力されている体験を追体験して、私の野性が踊り出した。風も、詩も、自身も、ひとつの事象でしかないと思えたとき、孤独のなかに安らぎを見つけることができた。
川良謙太[VOU/棒 オーナー]
船川くんがこれまでに辿った道や出会ってきた人たち、移動して、食べて、寝て、実際にその目で見たもの、聴いてきた音、思考したすべてとここで一緒にいたいのだな、いようとしているのだなとおもえるような優しい展示でした。
梅田哲也[アーティスト]
「そのソファ、かなり沈み込むので気をつけてくださいね」
ギャラリー中央、スクリーンにプロジェクションされた映像と、その対面のディスプレイを眺められるよう配置された2つのソファ。そのひとつに座るかどうかのタイミングで発された天からの注意喚起。「見られてる」というちょっとした居心地の悪さを感じつつ、特にこちらへ対話を促してくるわけでもない。ディスプレイには、作家が山や洞窟を訪れた際の映像、スクリーンにはソファに深々と座る自分が映されている。
天の声は、六甲山に登ったときのことをただただ話してくれる。途中、話題は無人島の話に切り替わる。ともすれば、KAVC屋上にあるセンサーが映像の色を変化させているのだと教えてくれる。風が吹けば青色になるのだとか。ソファに座ってぼうっと聞きながら、この語り自体が天気のようだなと思う。
天気を予知すること。人が古くから取り組んできたことのひとつだが、いまだに完全な予知はできない。その複雑な因果関係の網目をほどいて天気を知るには、もう天気になるしかない。無人島での滞在を経て作家がつかんできた「無人島」に、作家自身がなっている。ソファに座る自分もその舞台にあげられている。
永江大[編集者/MUESUM]
船川さんは、無人島での滞在や山腹にできた風穴でのリサーチなどをもとに、作品を制作しているそうだ。
天気によって変わる照明、原型のわからない漂流物、 熱せられ真水と塩に分けられる海水、風に靡くビニール。 展示空間に立ち入ると、まるで自分自身も山に分け入り、 海辺にたたずみ、風穴に手をかざし、 そこにあるモノの声に耳をすませているような感覚に陥る。 妹尾実津季[編集者/MUESUM]
彼とは、7年ぐらい前から、結構一緒に出かけたりすることがあり、毎年夏に4、5人で広島県の尾道市や秋田県などを訪れました。それはとても有意義な時間でした。彼は、「尾道が終わった後、無人島に行く」と言っていました。秋田では、ひとりで風穴を見に出かけてました。僕は、そんな彼をいつも楽しみにしていました。
一昨年、世界の状況が一変していくなか、僕たちも今まで通りとはいかなくなっていました。そんななか彼に電話をしたとき、受話器の奥で波の音が聞こえていました。「今、無人島にいます」と彼は言いました。その声と波の音は、嘘のように遠く、圧倒的なものだったことを今でも覚えています。彼を知る僕にとって今回の展示は、彼自身を追体験した貴重なものでした。
神馬啓佑[画家]
寄せては返す波のどこまでがひとつで、どこからがべつものなのか、見定めることはできるだろうか。
会場には、反復を恐れない力、連なりを受け止める力が満ちていた。私はこれをいつもどこかに置いてきてしまうのだけど、脈拍、呼吸、歩行、思考ーー自然のなかに生まれ落ちた身体にはハナから備わっていたはずなのだ。作品がそう教えてくれる。
それは読めない文字で書かれた太古の学問のようであり、彼がていねいに組み立てたロジックももはや意味を成さないように思えてくる。ただ目の前にあるものだけで十分で、空間は泰然としてひとつになる。それは自然そのものであって(自然の模倣でなく!)、電子音楽黎明期のクセナキスの楽曲とも似ていた。
羽生千晶[編集者/MUESUM]
循環するものの最初と最後の正体が掴めない偶然はじまった自然を、声や音楽といった主体的に発せられるものでひとたび終わらせ、沈黙さす。突然、風が止み、水面が鏡面のように張りつめ、音楽が流れはじめ、誰かの声が私にだけ聴こえてくる。
自らの心のうつろいや複雑さに翻弄される社会生活は、その葛藤や勇気ある決意さえ目に見えず忘れてしまう。それらは消えてなくなるものではないが、しかしあり続けるような何かでもない。生きることにつきまとう心もとなさは彼の作品のような美しいデジャヴによって乗り越えられる。
檜山真有[キュレーター]
出展作家:船川翔司
会期:2022年2月19日(土)〜3月13日(日)
会場:神戸アートビレッジセンター(1F・KAVCギャラリー、B1・KAVCシアター、スタジオ3)
主催:神戸アートビレッジセンター[指定管理者:公益財団法人 神戸市民文化振興財団]
協力:神戸フィルムオフィス、新神戸ドック株式会社、兵庫県神戸県民センター神戸土木事務所、湊川隧道保存友の会、山本製菓