ある児玉房子の写真に、壁に掲げられた看板が写っている。手描きされたふたりの女性の下には、「NOBEL」という名称も配されている。「義毛整形」の広告だ。一見、これは何気ない写真なのだ。
1969年における日本の写真史といえば、「コンポラ」という流れが象徴的だ。「コンポラ写真」というのは、ごく日常的なスナップ写真を指す。当時、これらは、写真と社会情勢・思想との関連性を唱えた写真家たちから批判された。なぜかというと、社会を切り離した、自己にこもる表現というふうに見られたからだ。
児玉自身は桑沢デザイン研究所という「コンポラ写真」の発祥とでも言うべき学校の出身だが、展示された写真をよく見ると、社会に対し無関心と言えるはずがない。たとえば、駅構内で、ある男性が新聞スタンドを覗いている写真がある。新聞を細かく見ると、チッソによる公害問題の記事が書かれている。そして、ある建物のなかには、大阪万博のポスターが貼ってあるのが小さく見える。世界規模の巨大イベントが、どこにでもあるようなスタジオ写真と一緒に並ぶ。
つまり、社会と無縁であるはずの写真に、特定の時間と場所(1969年頃の大阪)が表れている。自己の外側にあるものごとを、積極的に取り入れているのだ。さらに、社会性だけではなく、不思議さにもあふれている。さきほどの「NOBEL」の写真をもう一度見よう。展示された作品群のなかで、唯一クローズアップされたこの一枚は、デザインが非対称だ。また、それより象徴的なのが、ふたりの女性の顔が3つの目をシェアしている点だ。「ファウンド」というか、「レディ・メイド」というか。児玉は社会を切り離しているのではなく、社会を切り取るわけなのだ。
ダニエル・アビー / Daniel Abbe
サンフランシスコ生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)美術史科博士課程在籍。現在、1970年代の日本の写真家について博士論文を進めています。
会期:2023年1月28日(土)〜2月25日(土)
時間:水〜金曜12:00〜19:00、土曜12:00〜17:00
*火曜のみアポイント制