橋の上で、メキシコを見た。
はじめて「橋ノ上ノ屋台」を訪れたのは、2022年12月23日(金)。クリスマスイブイブの北風がピューピューと強く吹く夜だった。場所は、大正駅から歩いて6分程度にある大浪橋。木津川を東西につなぐこのアーチ型の橋は、夜になると静かな川に映し出されるライトアップが鑑賞物としても美しい。
この橋の上で、不定期に営業しているのが「橋ノ上ノ屋台」だ。屋台は2つ。今村謙人氏がアテを、笹尾和宏氏がお酒をそれぞれ担当する。片手に熱燗、もう片手に串焼きで楽しむのが、この日のスタイル。営業日はオープンになっていないので、集まるお客さんは口コミで知った人か、たまたま通りすがった通行人のどちらかだ(2023年1月時点での営業方法)。
遠くの方から屋台の前を通り過ぎようとする、男性の自転車の速度が緩まった。「こんばんは〜」とその場にいるお客のひとりが声をかけると、自転車が止まった。「屋台なの?」「そうです、いかがですか?」。するとおもむろに自転車をそばに置いて、「へえ〜面白い、熱燗1杯もらおうかな」と、お客さんに加わった。話を聞くと、近所に住んでいる方で、仕事上がりに行きつけの居酒屋に向かう途中だったそうだ。屋台を囲んでお客さんが知らず知らずのうちに会話をはじめる。酒と一緒に話題も弾む。自ずと垣根のない一体感が生まれるのは、屋台ならではの不思議だ。
屋台の営業は、だいたい18〜22時頃。2022年4月にスタートし、毎月1回行っている。最近は、状況によって橋の下の軒先に場所を移動するなど、屋台の特性を生かした営業形態をとっている。
今村氏が屋台事業をはじめたきっかけは、7年前にあるという。「建築系の会社を退職してから、夫婦で世界一周の旅に出たんです。そのときにはじめて屋台で焼き鳥を売って、お金を稼いだのがメキシコ。たまたま路上だった」。帰国後も、屋台を通した人との交流や商売の感動が忘れられないのだそう。
あの初期衝動を大切にしたい。日本でもあのゲリラ的な面白さが実践できたら。
そこで、声をかけたのが笹尾氏だった。笹尾氏も、路上でディナーをするなど路上を日常使いしている人物で、すぐさま意気投合。ふたりで大正区と浪速区周辺の下見を重ね、営業場所をこの大浪橋に決めた。周囲に家や店がなく、端の柱と柱の間にスペースがあり、お客さんが多少滞在しても邪魔になりにくい。そして何よりの理由は、「ここで飲んだら気持ちいいから」。
「屋台は仮設での実験。チャレンジのハードルを下げられるのが屋台の魅力だと思う。やりたいことがあるなら、とりあえず屋台でやってみるといいよ。気軽に商売がはじめられるのも屋台のいいところ。おぐちゃんもやってみーひん?」と、今村氏は楽しげに笑う。
夜になると幻みたいに現れて、朝になると消えている。そんな一期一会の儚さも屋台の魅力。大浪橋の上に小さな光を見つけたら、今日は屋台の日。メキシコで体験した商売の喜びは、大正でも、どこでも再現できるのだ。
橋ノ上ノ屋台
日時:不定期
会場:大浪橋
時間:18:00〜22:00(予定)
今村謙人 | カモメ・ラボ。各地のイベントで出店を重ねる屋台人
笹尾和宏 | 『PUBLIC HACK──私的に自由にまちを使う』(学芸出版社、2019年)の著者