後藤哲也氏の新編著、『K-GRAPHIC INDEX 韓国グラフィックカルチャーの現在』(グラフィック社、2022年 ※以下『K-GRAPHIC INDEX』)出版にあわせて開催されたトークイベントに参加した。イベント前半は後藤氏による書籍出版の経緯や取材時のエピソードなどが語られ、後半には、会場からの質問に答える質疑応答が行われた。
筆者は、後藤氏がアジアのグラフィックデザインを取材しはじめたのと同時期にアジアの、特にインディー音楽や社会運動がまじわる文化実践について取材をはじめた。筆者も後藤氏も、それぞれの専門領域においては「アジア」をキーとして活動している。
しかし、1970年代生まれの後藤氏と1980年代生まれの筆者からはるかに世代を隔てた今の20代は、いちいち「アジア」と付したり、「“韓国の”グラフィックデザイン」や「“韓国の”音楽」という地域属性を表すことに、もはや古さを感じているのではないか——。このトークイベントの質疑応答において、もうひとりの登壇者クレハフーズ氏に投げられた質問とその回答から、そう考えさせられたのだった。
クレハフーズ氏は後藤哲也氏の過去のゼミ生であり、長年K-POPが好きで、かつ、食品サンプルを用いた作家としても活動している。会場からの質問は、「自身の作家活動において、K-POP文化からも影響を受けているか?」というものだった。10代(あるいはもっと前?)からK-POPを(後藤氏や私の世代で言うところの)J-POPや洋楽と同じ身近なポップカルチャーとして享受してきた20代のクレハフーズ氏は、その質問について、明確な答えを出さなかった。悩んだ様子で、「影響があるかどうかはわからない」と返す。
世代差の話にはなるべくしたくはないが事実として、筆者や後藤氏と違い、インターネットやスマホが子ども時代から身近にあるのが、クレハフーズ氏の世代だろう。子どもの頃から身近な端末によってグローバルな情報ネットワークにアクセスできていた。常に情報がそこらにあり、出どころも日本とは限らず、世界各地から膨大な量が流れてくる。海外旅行経験があるかどうかにかかわらず、情報においては、国境をやすやすと越えているのが物心ついた頃からの状況というわけだ。だから、「何から」あるいは「どこの地域の文化から」影響を与えられているか、自分自身には特定できっこないというのは至極真っ当だろう。そもそもK-POPだって、音楽アレンジとその流通手段や市場展開をひもといていけば、アメリカ由来の音楽と音楽産業システムを下敷きにして発展させたものである。その文化の地理的条件はすでにないに等しく、いちいち産地を気にしなくても享受できるのがグローバル時代なのだ。また、SNSのような参加型文化が当たり前の今、「影響」とは、シャンパンタワーのように上層から下層のマスに広がりながら流れていくとも限らない。
トークイベントを思い返しながら、再度『K-GRAPHIC INDEX』をめくる。グローバル時代は情報における国境を融解させた。一握りのスターがマスに影響を与えるポップ産業の流れが変質し、小さなファンダムやオルタナティブ・シーンが乱立する時代になった。このような、あらゆる境界が変容していく騒がしい時代においても、紙面に登場する韓国のグラフィックデザイナーたちは、自身の仕事、そして思想や社会や政治を落ち着いて語る。Kカルチャーの勃興と距離を置き、冷静に、それこそ地域に縛られない「文化生産」に挑んでいるのだと気づく。「文化生産」とは、『K-GRAPHIC INDEX』において幾度か登場する言葉である。トークイベントでは、この言葉について後藤氏から「cultural productionの日本語訳であり、お金のための仕事というよりも文化創造にまつわる仕事を意味している」と解説があった。
だとすれば、この騒がしい時代・空間でも果敢に「文化生産」する近隣のクリエイターたちに、これからも取材を続けたいと思うのだった。「アジア」という地域に縛ることの無意味さは頭におきつつも、私は隣人たちとの邂逅のきっかけを「アジア」という共通性に求め、創造的な対話を発展させていきたい。
山本佳奈子 / Kanako Yamamoto
1983年生まれ、神戸市在住。2011年に香港、北京、上海、香港、バンコク等を旅行し、各地に住む音楽家やアーティストらと交流を深める。そのとき現在進行形のアジアを日本語で発信するメディアがないことに気づき、ウェブマガジン『Offshore』を立ち上げた。特にアジアのインディー音楽や地下音楽を、記事やイベントを通して紹介。2022年からは、アジアを読む文芸誌『オフショア』としてリニューアル。寄稿者を招き年2回刊行。第二号は2023年3月下旬発売予定。
Presented by LVDB BOOKS「韓国グラフィックカルチャーの現在」
日時:2023年1月7日(土)17:00〜19:00
会場:SkiiMa SHINSAIBASHI ラウンジエリア(心斎橋PARCO 4F)
主催:LVDB BOOKS
司会:上林翼(LVDB BOOKS)