本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2021.12.14
#ごまのはえ#ニットキャップシアター#STAGE#REPORT#STAGE#枚方

REPORT|ニットキャップシアター『ヒラカタ・ノート』

文: 坂道干

2021年10月、枚方市総合文化芸術センターの開館記念公演としてニットキャップシアターの『ヒラカタ・ノート』が上演された。枚方市は京都と大阪の間に位置する衛星都市であり、枚方市総合文化芸術センターのある京阪電車・枚方市駅の周辺は近年著しく開発が進む。

本作品の舞台は枚方、否、架空のまち「ヒラカタ」にある団地である。劇中では住人たちのさまざまなエピソードが朗読され、なかでもA号棟1のaに住む高校生の中野信夫と、G号棟4のbに住む同級生の沢井かづえのふたりにスポットライトが当たる。信夫は団地内のベンチで、いつもかづえに恋愛相談をしていた。

だが、信夫が同級生と校庭で「甲子園出場おめでとう」の人文字に参加していた日に、かづえはトラックと正面衝突し、死んでしまう。それは、光化学スモッグ注意報が発令され、やる気なく人文字に取り組む信夫に同級生・勝頼が「どうせ死ぬから」と言い放ったのと同じ時刻だった。その後、信夫は大学受験に失敗し、アルバイトも辞めてしまい、そのうち家に引きこもるようになった。物語では、かづえが死んでから10年が経ち、信夫が部屋を出て、再びベンチへ向かうまでの出来事が描かれる。

『ヒラカタ・ノート』作・演出のごまのはえは枚方市出身で、本作品は彼が生まれ育った枚方を出ていった後、2004年に書かれた。玄田有史による『ニート――フリーターでもなく失業者でもなく』が刊行した年であり、当時の重い空気や虚しさが戯曲に漂う。暴力的と感じられる描写とともに、現実世界に存在したであろう若者の鬱屈が表れる。一方、かづえが即死後30分かけてベンチに向かって歩いた、という非現実的なエピソードも挿入される。舞台上で、痙攣しながら歩き続ける彼女の動作が反復され、コロスが歌い、楽器を奏で、ダンスを踊るのを見ると、当たり前かもしれないが、それまでのリアリティも相まって「そうだ、フィクションだったのだ」と強く意識する。

REPORT|ニットキャップシアター『ヒラカタ・ノート』
コロスたちのダンス
撮影:井上大志(Leo Labo)

そして、団地の物語とは別の物語も交互に進行していく。こちらの物語では、「風」に吹かれることで命を絶たれてしまうという、ディストピア的な世界が描かれ、サカナという少女が登場する。あるとき、両親をはじめ多くの人間が死に、まちに居るおそらく最後の住民となってしまった彼女の家に、ひとりの男が訪れる。男は部屋に置かれたカセットテープを見つけ、ラジカセで再生した。すると、歯の磨き方など、日常を営むための細かな手順・動作について語る声が流れ出す。そこには、彼女の両親が残したたくさんの教えが吹き込まれていた。

男は、「風」に吹かれて命を絶たれることへの恐怖、切迫感から、生き延びた最後の者同士の連帯を少女に訴え、その手をつかんで「愛してる」と言う。少女はおびえ、家を飛び出す。男は追いかけるが、「風」に吹かれてその場に崩れ落ちてしまう。

REPORT|ニットキャップシアター『ヒラカタ・ノート』
男が「愛してる」と少女の手をつかむ場面
撮影:井上大志(Leo Labo)
REPORT|ニットキャップシアター『ヒラカタ・ノート』
「風」が吹き、男は「風」に翻弄され、やがて崩れ落ちる。「風」に吹かれると、大人で3分、子どもで1分、命を奪われる
撮影:井上大志(Leo Labo)

舞台はまた団地の物語に戻り、かづえを失い、深く悲しんだ母親・沢井良子のエピソードがはじまって、ディストピアの物語とシンクロしていく。

G号棟4のbに住む沢井良子はその後、家にこもりがちになった。ある日夫は熱帯魚を買ってきた。ペットの飼えないこの団地では熱帯魚を飼う人は多かった。

(『ヒラカタ・ノート』戯曲より引用。虚空文庫Webサイトからダウンロード)

熱帯魚がやってきて、わずかな言葉を夫と交わした次の日、良子は家を出て行った。やがて、夫も家を出た。かづえが死に、両親が去り、部屋に最後に残っていたのが、サカナなのだ。ごまのはえは本作品の上演前に、枚方市の広報誌で次のように語っている。

今も両親が暮らす枚方は、18歳のときに町を出てからも何かと気にかかる町です。10年ほど経って帰省した際に、町の印象がずいぶん変わったように感じました。私の親の世代が定年を迎える頃で、これから先どんどん町が老いてゆくのではないかと感じたことから「ヒラカタ・ノート」は生まれました。そんな町に総合文化芸術センターが誕生しました。以前の市民会館ホールにはたくさんの思い出があり、特に先代の桂春団治さんを観られたのは一生の宝物。新しい劇場で皆さんにもすてきな出会いがあることを願っています。

『広報ひらかた』No.1298、2021年10月号より引用)

『ヒラカタ・ノート』は、架空のまち・ヒラカタの老いを、人の老いからではなく、若者の喪失とそこから派生するディストピアの物語から描いてみせたことで、時代を映した演劇であったと言える。また、ごまのはえは、枚方を舞台にした劇作について、ロングインタビュー 「記憶の伝承について演劇でできること」ではこう語っている。

(前略)
——この街はぼろ雑巾の上にある。
ごま 枚方が開かれるためには、大量の砂利が運ばれていって、無数の猫が死体になって、手向けの花がそこかしこに転がっていって。でも、夜に団地を見ると、それが灯す全ての明かりの下に家庭があるのかと思うとほっとするし、途方もないような気になるんですよ。明りの一つ一つに家庭があって、苦しみや悩みがあって。それはなかなか説明出来ないんだけど、直観的に響く光景なんですよ。キャンドルイベントかというような光景で、その膨大さを全部飲み込んでしまいたいというか、同一化したいというか……
(略)
——ごまさんが、ご自身の枚方観を物語にしたいというのは、いつから発生したのでしょうか。
ごま 旗揚げして2年目か、3年目ぐらいからそういう事を考えていたかな。
——なぜ物語にしたいと?
ごま 中上健次だったり、ガルシア=マルケスが好きな作家なんですが、その著作に自分の生まれた土地を描いた作品があるんですよ。そういうこといつかはやりたいなぁと思ってました。でも全然スケールが違う。どうすればいいんだろうって悩んでたんですけど、他に、島田雅彦の『忘れられた帝国』、小林恭二の「ゼウスガーデン衰亡史」を読んで、これなら糸口がつかめそうだなと思いました。実際の土地の歴史にフィクションを入れ込む「偽史」という語り方、僕の物語を作る手つきはその影響を受けていると思います。

(第31回公演『ピラカタ・ノート』公演関連企画 ロングインタビュー 「記憶の伝承について演劇でできること」

架空のまち「ヒラカタ」、あるいは「ピラカタ」(『ヒラカタ・ノート』のアナザーストーリーとしてつくられた『ピラカタ・ノート』の舞台)は終末に向かう一方、実際の土地・枚方は新しく生まれ変わろうともしている。その枚方で17年後に再演されたことで、まちの変容が逆説的に示され、まるでパラレルワールドを見るようでもあり感慨深かった。

劇中、壁のくぼみに手のひらサイズの明かりをたくさん置いていき、また取り去るシーンがあった。団地の明かりを表現したであろうその演出は、悲しい出来事が積み重なっていくなかでも家々に暮らす人の営為がよどみなく継続し、多くの人生があることを表象する。そして、ニットキャップシアターは、さまざまな土地の物語を掘り起こしながら演劇をつくり続けてきた。土地に根ざした演劇は、救いのない感情にも光を灯していく営みなのかもしれない。

ニットキャップシアター『ヒラカタ・ノート』

期間:2021年10月8日(金)~10日(日)

会場:枚方市総合文化芸術センター(本館)ひらしんイベントホール

作・演出:ごまのはえ

出演:池川タカキヨ、黒木夏海、佐藤健大郎、高田晴菜、仲谷萌、西村貴治、益田萠、山谷一也、山本魚

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