イラストレーターの木村耕太郎さんによる個展「絵ピソード」が、北浜の書店FOLK old book storeにて、2023年5月13日(土)から 6月11日(日)にかけ開催された。
木村さんはお笑い、音楽関連のフライヤーや雑誌の挿絵、出張似顔絵屋さんなど、関西を拠点に多方面で活動している。今回の展示は、「嘘でも本当でも、長くても短くてもいい」という条件で、活躍中のお笑い芸人たちから募ったエピソードテキストと、それにあわせて木村さんが描き起こしたイラストを披露する企画である。
参加した芸人は、ダブルアートの真べぇさん、にぼしいわし、男性ブランコら今をときめく9人。さながら“極上のフリップ芸”のような空間となった本展をレポートする。
間借り営業する谷口カレーのおいしい匂いが漂う1階を通り抜け、地下にある会場へ向かう。すると、色数の絞られた、鮮やかなコントラストの楽しげなイラストたちが目に飛び込んできた。
写真左はスーズの高見さんとの作品。お金を貸した芸人ZAZYさんの悪態に膝蹴りをお見舞いする痛快なエピソードだ。木村さんによるダイナミックな構図のイラストで、痛快さが何倍にも増している。一方、写真右はロングコートダディの堂前さんとの作品である。エピソードテキストにはこうある。
昔僕がガソリンスタンドでバイトしてる時に二足歩行のロボットが入ってきて「ハイオクで」と言ってきた。腰に穴みたいなのがあったのでそこにノズルを入れたら「チガウチガウ、ソレ、ケガ。ドコイレトルネン。」と半笑いで言われた。
「そんなこと言われても」とでも言いたげな表情の堂前さんらしき人の横で、小憎たらしく笑うロボットの顔が絶妙で、ふふっと笑みがこぼれる。「ほなどこが正解やねん」と思わずイラストのロボットにツッコみたくなる。
ネタや話芸そのものだけではなく、その裏にある視点や発想こそ、芸人さんのおもろさの真骨頂である。なんとなく心をくすぐられたり、じっくり考えさせられてみたりと、九者九様のおもろがり方ができた。
2023年6月9日(金)には、会場のFOLK old book storeで、展示関連イベントとしてお笑いライブ「にんじん」が開催された。特設ステージはライブハウスに足を運ぶお客さんで満席に。かつてえぇ感じの本屋さんでお笑いライブが行われたことがあるだろうか。いや、ない!
今展は、テレビのスタジオや劇場の舞台を土俵としている芸人さんにとって、笑いの数や大きさとは異なる物差しで勝負する機会になり、一方でいちクリエイターである木村さんにとっても、自分の土俵に芸人さんを招く新境地だったと言える。
木村さんは「今回のイラスト制作では、“おもろい”の部分は芸人さんにゆだねました」と話す。つまり、笑わせるために奇をてらったり、むやみに誇張したりしたイラストにはしなかったそうだ。また、エピソードを提供した芸人さんたちも、完成したイラストに対して、リクエストや修正の要望は寄せなかったという。お笑いとイラストレーション、それぞれの本領が発揮されてのびのびと生みだされたクリエイティブだからこそ、新しい感覚の“おもろい”につながっていたのだ。
私も芸人さんの撮影をさせてもらうことが多くあるが、そのたびに「自分が撮る写真は、見る人にとって“おもろい”のか」という疑問が頭にちらつく。でも、とりわけライブの舞台を記録する撮影では、自分のおもろさを考えるまでもなく、芸人さんがつくりだすおもろい現場に、ただ写真家として寄り添いシャッターを切っている。そこで撮れたドキュメント写真が、任せてくれた被写体の芸人さん自身や、個々の魅力を知るかねてのファンの方々にとっても、新鮮なおもろさにつながるはずだと信じている。
「またこんな展示をやってみたい」と笑う木村さんのスタンスは、こうした私のジレンマにひとつのヒントを示してくれた気がした。
本展のように、お笑いとクリエイティビティの交差点で、新たな“おもろい”に触れることのできる機会が多くなれば嬉しい。
木村耕太郎個展「絵ピソード」
会期:2023年5月13日(土)〜6月11日(日)