週に一度ほど、メーリングリストからメールが届く。中身は2〜3本の映画紹介で、多くはあまり顧みられることもなく、歴史のなかに埋もれてしまった映画たちだ。メールに書かれた日時と場所に向かうと、映画が放映される。3ユーロほどの入場料を取るこじんまりとした映画館もあれば、無料で放映するスペースもある。その多くがスクウォッティング(不法占拠)をしている場所だった。
なかでも一番気に入っていたのは、アムステルダムで一番古い橋のたもとにあるスペースだ。橋の南側から下に潜ると、アーチに沿った洞窟のような空間が広がっている。そこで1ユーロか2ユーロくらいのビールを買って、パイプ椅子や小汚いソファーに座る。薄暗い洞窟にはどこからともなく、わらわらと人が集まってくる。
しばらくすると、スクリーンの前に現れるのは、少しカールした長い髪のアメリカ人、ジェフリー。個人的な映画の紹介に、Fワードを交えた前口上が繰り広げられたのち、映画がはじまる。
――ドットアーキテクツ展を眺めながら、8年ほど前、オランダに留学していたときに足を運んでいた映画プログラムのことを思い出していた。
会場の入り口には「d o t」の真っ赤なネオンサイン。机の上には未完成の制作物や収集物、ときには失敗作のようなものまでが雑多に並ぶ。中央には小さなシルクスクリーン工房。窓際にはソファーとラジオブース、脇には即席の本棚が置かれている。壁には河原で拾ってきたという、木と石を紐でくくってつくられたパター。中庭には手書きの文字で「乃木坂パターゴルフ???倶楽部!!」と書かれた大きな垂れ幕がかかり、パターゴルフのコースが設けられている。ソファーで本を読む人もいれば、ダンボール製のパターをモリモリと自作している人たちもいる。ギャラリーの展示風景としては意表を突くような光景がそこには広がっていた。
ドットアーキテクツは計画から設計、施工までを一貫して行う建築集団として知られ、近代の分業制を拒否し、自分でつくることを徹底してきた。だが、この展示を見て感じたのは、つくること以上に「つかう」ことを描き出す手つきの鮮やかさだった。
「トリノ・ミラノの社会センターを巡る旅」と題されたリサーチでは、1978年に世界で初めて公布された精神科病院を廃絶する法律「バザーリア法」以後のイタリアの街を巡る。元精神科病院をスクウォッティングし、自分たちの手で管理・運営をするコミュニティなどへの濃密な取材は「小さな自治空間」のあり方を描く。これもまた、放棄された場をつかい直すふるまいをめぐる挿話だ。
展覧会の図録として制作された『POLITICS OF LIVING――生きるための力学』も充実している。デザイナーの原田祐馬が撮り下ろした写真は、中版フィルムカメラで撮影したため、その場で仕上がりを確認することができなかったという。整然とした竣工写真とはかけ離れた写真の数々は、つかうとつかい直すをめぐる日常の風景と出会うことの喜びを教えてくれる。
つくること、つかうこと、つかい直すこと。フランスの歴史家・社会理論家のミシェル・ド・セルトーは、支配構造に置かれた市井の人々がなんとかやっていく狡知に着目し、歩くこと、読むこと、話すこと、あらゆる「つかう」に、創造性・創発性を見出した。セルトーの「使用」を読み解く論文、可想場めぐり著「抵抗する「使用」――セルトーの〈散種〉 ミシェル・ド・セルトー『日常生活の創発性』をめぐって」にはこう書かれている。
いかなるイデオロギー的働きかけ、押しつけられた文化、規則であっても、それらは「使用」される民衆の手によっていかようにも「引用」され、異なるコンテクストに接ぎ木されうる。本来(プロープル)の意味、すなわち戦略が根ざしている「固有(プロープル)の場所」はつねに散種されているのであり、それらは戦術によって絶えずその場所を置き換えられ、脱臼されている
引用:可想場めぐり著『抵抗する「使用」――セルトーの〈散種〉 ミシェル・ド・セルトー『日常生活の創発性』をめぐって』(2022年)P.25
セルトーの肩を借りれば、ドットアーキテクツの建築は、協働する人々とともに、場が持っている文化や規則を接ぎ木し、本来の意味を脱臼させていく活動ともいえるだろう。
ただし、先の論文でも書かれるように、セルトーが試みたのは、権力に抵抗する実践のアジテーションを行うための理論的基礎づけではなく、あらゆる人が日常的に行っている抵抗としての実践を理解することであり、無意識にも支配権力からシステムから必然的に逃れていく民衆の姿を描くことだった。
想定もしていなかったつかい方や、意図を裏切る直し方、無意識にしてしまう勝手な転用。その意味では、あらゆる建築の計画・設計は絶えず失敗し、人々によって、つかい直され続ける運命にある。だが、ドットアーキテクツの実践を見ていると、そんな失敗をむしろ歓待する、いわば、抵抗としての使用を言祝ぐような建築を夢想したくなる。
いま世の中で起きていることの多くは、きわめて規範的(ノーマティブ)で退屈だ。アニャがすごいのはガバナンス、財政、コミュニティ、働くことの意味などといった、すごく抽象的な議論ができるところ。しかもそこで終わらずに、手ざわりや実感を持たせることができるところなんだ。「まずは素晴らしいパーティから始めましょう」と。
引用:『MOMENT 02』リ・パブリック(2020年)P.156
デトロイトで出会った建築とアートのスタジオAkoakiは、ノースエンド地区で宇宙船型のモバイルDJブースを制作し、空き地を見つけてはパーティをしていた。上の引用はそんなAkoakiのアニャ・シロタを評して、空間・戦略デザインの専門家のブライアン・ボイヤーが放った言葉だ。
ドットアーキテクツ展は、友だちとパターゴルフをしに行くだけでもいいし、1人でソファーで本を読むだけでもいい。時間があれば、ふらりと寄って自主制作映画を見に行くだけでもいい。鑑賞しに行くというよりも、遊びに行く感覚でつかう、オルタナティブスペースが乃木坂に出現している。
白井瞭 / Ryo Shirai
1993年東京生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。2015年、オランダの学際的研究実践機関MediaLAB Amsterdamに留学。2016年に同機関を修了し、リ・パブリックに入社。福井市を舞台とする小さなデザインの教室XSCHOOL、環境省が全国で実施する人材育成プログラムmigakibaの企画運営、図書館を軸とする複合施設 佐川町新文化拠点(仮称)の情報環境設計などに携わる。2019年6月、リ・パブリックより、トランスローカルマガジンMOMENTを創刊し、編集長を務める。共著に『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』がある。
「ドットアーキテクツ展 POLITICS OF LIVING ⽣きるための⼒学」
会期:2023年5月18日(木)~8月6日(日)
会場:TOTOギャラリー・間
時間:11:00~18:00
休館:月曜・祝日
入場料:無料
問合:03-3402-1010
主催・企画:TOTOギャラリー・間
運営委員会:特別顧問=安藤忠雄、委員=千葉学、塚本由晴、セン・クアン、田根剛
後援:一般社団法人 東京建築士会、一般社団法人 東京都建築士事務所協会、公益社団法人 日本建築家協会関東甲信越支部、一般社団法人 日本建築学会関東支部
関連書籍
『POLITICS OF LIVING――生きるための力学』
著者:ドットアーキテクツ
編集:MUESUM
デザイン:UMA/design farm
発行:TOTO出版(TOTO株式会社)発行年月:2023年5月
体裁:A4判(297×210mm)、並製、240頁 、和英併記
ISBN:978-4-88706-400-3
定価:4,400円(本体4,000円+税10%)