大阪に旧日本陸軍最古の墓地があるのを知っているだろうか。
旧陸軍将兵らの大小さまざまな墓石が並ぶ旧真田山陸軍墓地は、JR玉造駅から10分ほど歩いた真田山エリアに位置し、公園の裏にひっそりと佇んでいる。知っている人でなければなかなかたどり着けない立地である。
当墓地は、NPO法人 旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会や、公益財団法人真田山陸軍墓地維持会など多くのボランティアによって維持保存が試みられてきたが、近年墓石の劣化が激しくなってきており、その存在、現状を多くの人に知ってもらうためにエコミュージアム化するプロジェクトが始動している。
文科省のWebサイトによれば、エコミュージアムとは「ある一定の文化圏を構成する地域の人びとの生活と、その自然、文化および社会環境の発展過程を史的に研究し、それらの遺産を現地において保存、育成、展示することによって、当該地域社会の発展に寄与することを目的とする野外博物館」と定義づけられ、その運営は、住民参加を原則としているという。旧真田山陸軍墓地も野外にある地域の遺跡として、まちの歴史や成り立ちを理解するために必要不可欠な場所と言えるだろう。
このエコミュージアムプロジェクトの試みのひとつとして、2022年2月から「墓碑を視聴する」イベントが当墓地で開催されている。『墓碑を視聴する』は、大阪・北摂を拠点とする劇団、dracomのリーダー・筒井潤が演出し、また大阪を中心に活動する孤独の練習主宰・平野舞が声で出演した音声作品を聞きながら、墓地内を歩くという内容だ。参加者はイヤホンを耳につけ、スマートフォンから流れる声に耳を澄ませる。それは、この墓地に埋葬された人の名前を埋葬された年月日とともに、平野が淡々と読み上げたものである。読み上げは、1870年に亡くなった下田織之助からはじまる。
この音声作品の特異さは、1日を0.08秒としてカウントし、同日に亡くなった人の名前を読み上げる声が重ねられて編集されているところにある。音響を手がけた佐藤武紀の丁寧な仕事によって、多くの人が亡くなった戦時には、膨大な数の名前がほぼ同時に音を発せられるために個々の名前は聞き取れず、ただただ凄まじい音の重なりとなる。個人の死がかき消されるような戦争の残虐性や虚しさを覚えるとともに、どれほどの名前が本作で声に出されて読まれたのだろうかと圧倒される思いがした。すべての名前を、平野がその端正な発声によって読み切った労力、行為そのものに深く感銘を受けた。録音に先立っては、筒井による死者の名簿を並べ直す作業が長期間にわたってあったという。シンプルな構造をもっているように見えるが、実は多くの人の手によって成った作品であるのだ。
また、今回参加してはじめて知ったのは、埋葬されているのは、旧日本陸軍に居た兵士だけではなく、俘虜となって死亡したドイツや清国(現在の中国)の兵士もこの地に眠るということ、そして、戦時の死者以外に、平時に亡くなった人も約1400人埋葬されているという事実である。国を越えて、無念の死を遂げた人に向け、このようにつぶさに名前を読み上げていくこと自体が、かけがえのないことなのではないだろうか。
2022年10月30日(日)、この日は墓地の間を行ったり来たりしながら、墓石に目を凝らし、自分の生きていなかった時代の、これまで知り得ぬ人の人生と死に思いを馳せた時間だった。『墓碑を視聴する』、多くの人に一度聞いてみてほしい音声作品である。
2022年秋 旧真田山陸軍墓地を視聴する -納骨堂安置分を含めて-
日時:2022年10月30日(日)11:00~/15:00~(全2回)
会場:旧真田山陸軍墓地
演出:筒井潤
声:平野舞
音響:佐藤武紀
解説:小田康徳
主催:旧真田山陸軍墓地エコミュージアムプロジェクト実行委員会
協力:NPO法人 旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会