以降も石黒は、鹿の皮を用いたオブジェや照明など多彩な作品を展開させていった。そして2022年、logseeは幹朗の作家活動と由枝による「LO(エルオー)」という夫婦それぞれの方向性に沿った展開をスタート。今回は、個人名義では大阪初となる展示だ。作品を楽しむことはもちろん、石黒本人からも話を聞きたいと、在廊日である7月22日(月)に足を運んだ。
GULIGULIの正門を抜けると、入り口に続く美しい庭があり、生い茂る木々が日差しを和らげてくれる。エントランスには四角に削り出した生木と細かく砕いた落ち葉、膠でつくられた彫刻作品が点在する。積み上げられた作品は抽象的な形状ながら、土に根ざす木のような佇まいを見せ、まるで山道を進むように奥へと誘う。
メインとなるギャラリースペースには、パネルや杯、スツールなど大きく多様な作品が並ぶ。本展タイトルの「虚」には、“虚像の森をつくる”という意味が込められている。展示作品は、鹿の皮のみならず、落ち葉や土など森にある素材から生まれたものだ。それらの造形は、個々の作品として存在し、また同空間に配されることでひとつの「虚」という作品として浮かび上がる。
壁に飾られた黒いパネルは、鹿皮を平らな面に張り、四角く拭き漆をしたものだ。面の表情に合わせて大きさを変えたパネルが、複数点配置されている。近寄ると表面に毛や皮膚の質感が確認できるが、離れると庭の緑が映し出され、空間に風景が取り込まれる。
その気づきを石黒に伝えると、「このパネルと向き合ったとき、皮の血筋が光って見えると思ったら、自分の姿だと気づいて。自身の内面と向き合うような『無』になれる、そして、まわりの景色を反射させる空間的な要素をもっているんです。GULIGULIで展示をするなら、この緑(窓からの景色)を生かしたものにしたいなと考えました。個展が終わってからも、常設してほしいくらいですよ」と笑いながら語ってくれた。
床には、落ち葉が重なる森の地面をイメージした作品が置かれている。拾集した落ち葉、小石、枝などに薄くジェッソを塗り、その上に、地面に層ができていく時間を思い描きながら、落ち葉から煮出した染料を1滴1滴垂らして制作したそうだ。自然を再現するのではなく、自らの手でそのありようを分解し、新たな造形へと再構築する営みだ。
ショップスペースには、陶器や小石などに鹿の生皮を巻きつけて密着させたオブジェや、鹿1頭分の皮を使用した球体の作品などが展示されていた。こちらは内部が空洞になっており、ランプシェードとしても使用可能だという。
作品に使われる鹿皮は、地元の猟師から分けてもらったものを石黒自身で加工している。「生の皮を業者さんに渡せば、綺麗な製品を仕立てられるような革にしてもらうことができます。でも、革になるまでには、洗って、塩漬けにして、毛をなくして、といったたくさんの工程があるんですよね。それを自分の手で辿ることで、その時々にしか見られない面白い表情や美しさに触れることができる。そこに創作の可能性を感じて、いろいろと実験しています」
また、鹿皮に包まれている陶器のブロックも、石黒が粘土をつくるところから成形・野焼きまでを試行錯誤しながら手がけたものだという。既存の陶土を買えば、焼き方を陶芸家に教えてもらえばスムーズだろう。だが答えを知ってしまうと、その過程でしか知り得なかった感触や制作のヒントを見落としてしまう。石黒にとって、こうしたプロセスを自ら踏むことは、作品づくりのインスピレーションへとつながっているのだ。
「皮をはじめ、自然のものにはそのままで充分な美しさがあります。でも、そのままで作品というわけではないですよね。僕という人間が介入し、その素材からできること、表現を考え整えているという感覚があります」と石黒は語る。
自然由来の素材で形づくられた作品のほとんどは、森へ還っていくという。自然のものに手を加える意味を、実践を通して問い続ける。そうした石黒の創造性により、プリミティブな美しさと佇まいを宿した、人との暮らしにも共生する作品が生まれるのだ。
日程:2024年7月20日(土)〜8月4日(日)
会場:GULIGULI