2024年2月24日(金)、京都出町桝形商店街の中心で、小川美陽の個展「Intersum」を観た。会場は、ギャラリーとカフェ、宿泊施設が併設するDELTA / KYOTOGRAPHIE Permanent Space(以下、DELTA)である。
鴨川を越えて、ミニシアターや古本屋、老舗の和菓子屋などが並ぶ商店街を歩いていくと、角にガラス張りのDELTAの外観が現れる。外から覗く、黒い壁の上に規則正しく並んだ作品に、背筋が伸びる思いで扉を開いた。お昼前で来場者は私のみ、まずは作品の前にじっと身を置いてみる。すると、みるみる身体が空間に溶け込む感覚になり、ゆっくりと展示を観ることができた。
小川は1996年大阪生まれ。奈良県立大学の西尾美也ゼミで、アートプロジェクトの運営について学びながら作品を制作・発表し、現在は大阪を拠点に活動するアーティストだ。時間的要素やその痕跡として写真を用い、あらゆる不在からリアリティを取り戻すことに、さまざまな表現方法で試みている。
本展では、小川自身が撮影したフィルムに熱を加え、物質的に変化を与えるシリーズ〈re-record〉から、新作を発表。同シリーズは、熱を加えるという行為が、フィルムそのものに新しい出来事を加え、イメージが定着した後もフィルムが更新されるという現象がテーマだ。これまでは、そのフィルムの一部分をデジタルカメラで複写したカラー作品を展開してきたが、今回はフォトグラム(印画紙の上に直接物体を置き、感光させる写真技法)を用いた作品が中心となる。本展のタイトルでもある「Intersum」は、ラテン語で「かつて間にあった」という意味をもち、ロラン・バルトが自著『明るい部屋』のなかで、写真の重要な特性として綴った「それは-かつて-あった」から引用されている。
小川は、「カメラを通して写真で記録することは、いい意味でも悪い意味でも、記憶がそのイメージに固定されすぎる」と語る。写真をはじめた当初から覚えていたその引っかかりから、写真を表現媒体にしながらも、記憶や思考が揺らぐ余地のある記録を追求しているという。
作品には、撮影したフィルムをろうそくの炎で炙った痕跡があった。燃えて黒くなった跡や、輪郭の歪みにはひとつとして同じ形はなく、目を凝らしても、かつてそこに写っていただろうイメージを掴むことはできない。しかし、鑑賞者がそれを想像する営みと、小川がカメラを向けた当時のまなざしが交差する瞬間はあるのではないだろうか。過去の記録物としての写真からこぼれ落ちた記憶が、変容しながらも画面に息づき、鑑賞者へ新たな感覚をもたらす。写真をうごめく生物のように扱うことの可能性をみることができたように思う。
壁にはフィルムが拡大されたプリントが掛けられていて、まるで空間全体、私たちを包み込むようだ。隣の席に座る人の表情や仕草、おしゃべりする声、珈琲の香り、それまで歩いてきた道のりで起こったこと。小川の作品は、私たちが取るに足らないこととして通り過ぎてしまいそうな、膨大な数の出来事をも内包しながら、この空間に静かに佇んでいるかのように映った。
会期:2024年2月2日(金)〜4月9日(火)
※3月9日(土)までの会期が上記へ延長時間:11:00〜18:00(金・土曜は21:00まで)
会場:DELTA / KYOTOGRAPHIE Permanent Space
休廊:月・火曜
DELTA / KYOTOGRAPHIE Permanent Space
京都府京都市上京区桝形通寺町東入三栄町62