近畿大学で催された2日間だけのメディア・アート展
近畿大学東大阪キャンパスにあるアカデミックシアター実学ホールで、2023年7月、体験型展示「メディア・アート×生物多様性の保全」が開催された。本展は、メディア・アートを用いた身近な「社会問題」の啓発、メディア研究を通じた文化復興を目指すプロジェクト 「NAWA」の一環として行われ、現役の近大生である立案者とその友人であるイラストレーターがタッグを組んだ、2日間だけの貴重な機会である。社会性を孕んだ問題提起のある内容をメディア・アートとして発表することは、まったくはじめての経験だった。さらに驚きなのはそれを自発的に行っているという点である。
入り口の受付では会場の楽しみ方が案内される。また傍らには、淡水魚イラストレーター・ サカナズキによる「未来に残したい川魚の色鉛筆展」の看板パネルも掲げられている。全体的な構成としては体験型のメディア・アート展であり、そのなかにサカナズキの色鉛筆展が含まれるというイメージだろう。
展示のポイントのひとつとして、魚の生態系における “絶滅危惧種” について焦点を定め「生物多様性」を考えさせる目論見がある。たとえば、絶滅危惧種が生まれる可能性として、わかりやすい例を挙げるならば、外来種が固有種を食べて繁殖し、固有種が減少してしまうことがある。日本に繁殖した外来種としては、ブラックバスが有名だ。
広いホールを利用した展示会場は湖エリア/町エリア/ 都市エリアと3つに分けられており、サカナ (※1) たちの異なる生息地域を巡りながら、絶滅危惧種の生態を探っていく。順路は学内で貸し出しされる備品でセパレートして会場構成が成されている。
※1 記事内でUVプリンターや3Dプリンターで制作された作品としての魚を“サカナ”(カタカナ表記)として表現する
3つのエリアにはQRコードが設置されている。スマートフォンで読み込むと、それぞれのエリアに由来するバイノーラル音源(※2)が用意されたWebサイトへつながり、その音源を聴きながら会場内を巡ることになる(来場者には、事前にスマートフォンと、イヤホン・ヘッドフォンの持参がアナウンスがされる)。
※2 バイノーラル音源:ステレオ・イヤフォン/ヘッドフォンで聴くと、あたかもその場に居合わせたかのような臨場感を再現できる音の録り方で収音された音源
それぞれのエリアに配置されているQRコードからは、音源以外に魚について解説するガイダンスも聞くことができる。
擬似的な自然環境への導入、
映像メディアの起源を感じさせる遊び心
最初に広がるスペースは“湖エリア”で、セパレーションされた壁に藁(わら)のようなものが無数に立てかけられており、床には芝生が敷かれている。その間にプロジェクターによって湖の様子を写した映像が上映されており、湖の全体イメージが伝わるように表現されている。会場では自由に芝生で寝転がったり、広い空間でゆっくりと過ごしたりすることを促される。ひとつのイニシエーション (儀礼)にも近い演出として感じられるのも、面白い演出ではないだろうか。片隅にはスマートフォンのライトをかざすと、魚の幻影が現れる装置も置かれている。これは映像の起源的な道具としても知られる “幻灯機” と同様の道具として仕上がっている。魚を幻影として見せる素材は、透明なアクリルにUVプリントを施したもの。木箱に収められたアクリル板にスマホの光を投射することにより、壁面に魚影が現れる仕組みとなっている。川と渡し船の映像がプロジェクターで大きく投影された通路を抜けると、スタンド式のハンモックが設置された自然と人間の営みが交錯していく河原を想像させられ、それは次の“町エリア”への導入のような面持ちを感じさせてくれる。
湖から町エリアへ、生活のなかに
生息する魚を発見する驚き
次に訪れる“町エリア”では、日常生活を切り出した空間も共存している。
教壇の卓上にルアーが吊るされた水槽があったり、新聞記事が長机に散逸していたり。混沌とした場のなかに、ポツリポツリと生活空間の一部にスポットを当てた様子がインスタレーションとして展開されている。ここでQRコードから読み取ったバイノーラル音源では、まちなかを行き交う雑踏のような日常の音が聴こえてきた。茶の間を表現した空間は、ちゃぶ台や昔のブラウン管型のテレビにつながれたゲーム機(プレイ可能)や本があったり、壁面に“魚拓”が額装されている。その先にイーゼルに立てかけられた川や水中を描いた絵画があるのだが、この作品はスマホのフラッシュを焚いて撮影することにより、魚の姿が現れるギミックが施されている。これは光を当てると発光する塗料で描かれた魚を、カンヴァスにシルクスクリーンで転写する仕組みによって制作されている。鑑賞者に展示を飽きさせない、遊び心の効いたひとつのフックにもなっている。
都市エリアにおける環境汚染と警笛の多様性
“都市エリア”では、出口付近でサカナズキによる「未来に残したい川魚の色鉛筆画展」の額装された絵画が展示されていた。魚好きな作者の解説キャプションもあり、描かれたサカナの理解度も高まる。また学内備品の椅子や机を意図的に乱雑に配置し構成したインスタレーションによって、圧迫感や絶滅種への危機感を煽るような雰囲気が醸し出されている。絶滅危惧種の淡水魚保護活動を行っている経験を生かしたユーモアが感じられる、恰も魚の生息地域に住んでいる人たちが貼っていそうな、保護を訴える多様なポスターを用意し掲示しているのも面白い(啓蒙を促すポスターは展示のための架空のポスターであり、実際に使用したものではない)。
3Dプリンター、UVプリントやシルクスクリーンを用いて制作された“サカナ”たちは多様なメディア(媒体)に変異して姿をさらされ、その存在を知らしめる。また素材となる描かれたサカナは、サカナズキによる描画で、一点一点が原画から起こし再現されたもの。単なる複製物ではないことが展示の強度を増している。
なお、メディアアートとして公開された魚は24種類で6種類(ワカサギ、カワヨシノボリ、ビワコオオナマズ、カネヒラ、カダヤシ、ビワマス)以外は環境省によって絶滅危惧種に選定されている魚たちである。原画展示はそのうちの18種類で、カダヤシを除いて17種類が環境省によって絶滅危惧種に選定されている(この水彩画を描いたサカナズキご本人に教えてもらいました)。
展示全体を通して見えてきたこと、期待されること
空間設計、小道具やポスターの一点一点まで細部にわたって、ユニークなアイデアと仕事量が感じられる様子は、展示の規模感に対してはじめてとは思えない出来栄えだと感じられた。無論、学校の貸出施設で使用における制約もあることから、実際に体現しきれなかった部分もあったようだが、コンセプトの根幹でありタイトルにもなっている「メディア・アート×生物多様性の保全」は十二分に表現しており、サウンド・スケープやメディア・アートにおけるいろんな発想をミックスしてひとつの体験の場をつくり、鑑賞者に“絶滅危惧種の保全”を考えさせつつも柔軟に楽しませる要素を散りばめて、ふんだんに試行錯誤するアティチュード(姿勢)を突き通すことにより完成されていた。
NAWAのInstagramアカウントでは、サカナズキへのインタビュー画像 も公開されている(リンク先は全4投稿のうち、その1)。 展示の魅力を伝える副次的要素として、まんべんなくメディア展開をしている粋な計らいとして感じられる。
今回は、展示空間に自然や都市空間のイメージを借用し置き換えることによって“絶滅危惧種”に目を向ける問題提起は成功していた。メディア・アートという領域のなかで展開したメディア(媒体)自体をさらに意識し、サカナを用いた実験的なファブリケーションによる制作方法から、より深化したアウトプットで一層踏み込んだ作品・インスタレーションへ昇華されていくことにも期待したい。
最後に、このプロジェクトを企画した主催者の言葉で締めくくりたいと思う。
[イベントの狙いと結果について]
日ごろ都市空間で生活する我々には馴染みの薄い「生物多様性」というキーワード。
今回のイベントでは、最も身近であるがゆえに意識されることのない「メディアとしての身体」を通じ、展示対象となる絶滅危惧種の生物が暮らす環境を感覚的に捉えさせる仕組みを作り上げました。
参加者の皆さまの能動的な鑑賞態度と、それに付随する環境保全への意識を引き出すことができたようで、大変意義のある活動であったと思います。
それでは、引き続き「NAWA」をよろしくお願いいたします。
[ 協力して頂いた皆様 (敬称略) ]
NPO法人AQUAkids safety project
きんたい廃校博物館 館長 大橋 一輝
滋賀県立琵琶湖博物館 学芸員 川瀬 成吾
淡水魚イラストレーター サカナズキ
体験型展示「メディア・アート×生物多様性の保全」
日時:2023年07月10日(月)10:00〜21:00、 11日(火)10:00〜17:00 [2日間のみ]
会場:近畿大学 東大阪キャンパス アカデミックシアター 2号館実学ホール