友人が「楽しそうだよ、これ」と教えてくれたので予約をして「入船23」を体験した。中之島の、「こんなところに船着き場あったっけ!?」と思うような場所から船に乗った。渡されたパンフレットを開くとそこには大阪の古地図が印刷されており、その上に今日の航路が示されている。
船が動き出し、遊覧船で流れるガイド音声を連想させるような、ちょっと昔懐かしい感じのするナレーションが、船上に設置されたスピーカーから再生される。そこに重なるようにして、船が今進んでいる川にちなんださまざまな語りがミックスされる。かつて川でどんなものを獲って食べていたかとか、橋の上に現れる幽霊の話とか、川にスマホを落とした人がいてそれを探すのを手伝ってあげた話とか、時代も声色もそれぞれに異なる語り。人の声だけでなく、ノイズ的な音も再生される。それらが同時に鳴ったり、繰り返されたり、あるときはどれかが強調されたりする。もちろん、そういった音とは別に、船が動く音、水音、川沿いの町のあちこちから聞こえてくる音も重なり、過去の誰かの記憶も今起きていることも、川が軸となって全部がごちゃごちゃに混ざり合っていることが強く意識される。
船はいくつもの橋をくぐっていくのだが、橋の上を歩く人がふいに立ち止まり、こちらに手を振ってきたりする。こっちから向こうが見えているのと同時に、向こうからこっちが見えているのだという当たり前のことに気づかされる。船の前方に設置された円形のスクリーンにはどうやら水中の映像が映し出されているらしく、それも妙に気になる。近くを見たり、遠くを眺めたり、ぬめるように輝く川面に見とれたり、ごちゃ混ぜの音声につられるようにして、視覚も慌ただしくさまざまなものをとらえ続けることになる。
無線の電波が混線しているかのように錯綜する語りと音声とともに、川沿いの景色は絶え間なく変化していく。特に道頓堀の喧騒から大正あたりの静けさに向かう景色の移り変わりは、そのまま音の波形を見ているかのようだった。目の前で水鳥が飛び立つ。水辺に生きる動物・ヌートリアに関する語りも繰り返され、川が人間以外の生物の住む場所でもあることが現実味を帯びて感じられる。
あらゆる語りによって、離れた空間、隔たった時間にいる/いた人の記憶が想起されるなかで、イ・ランさんの声が聞こえてくる。イ・ランさんが飼っている猫のジュンイチはかなり歳をとっていて、その世話をしなければならないから、今も韓国の部屋にいると語る。「あなたたちは今、船の上で揺れていますか?」と、そんなふうにイ・ランさんは問いかけ、離れた場所にいるけど、それを想像しているから寂しくないと語る。イ・ランさんの頭のなかによく思い浮かぶのだという合唱曲が流れ、イ・ランさんもそれに合わせて歌う。それを聴いていると、なるほど、この船で今体感しているのは、川にまつわる膨大な過去の記憶や、現在起きていること、私たち一人ひとりが感じていることの合唱のようなものかもしれないと思う。
イ・ランさんの歌が流れている私たちの船に、いつからか小さなボートが並走していて、こちらに向かって白い旗を振っている。江戸時代には川を通信網として遠い地に旗で情報を伝える「旗振り通信」というものが発達していて、大阪から岡山まで15分ほどで情報を伝達することができたというナレーションが流れる。距離が隔たっていること、そして、隔たっていても何かを確かに伝えられるということが、離れた場所で振られ続ける旗を見ていると実感される。
今ここにいない人や、もう会えない人のことを思って、それでもそこから私は何かを受け取り続けていけるのだと思ったら涙が出た。そしてそう思えている今は、イ・ランさんが語る通り、不思議と寂しくない気がした。
日時:2023年3月16日(木)〜20日(日)
発着場所:中之島ローズポート船着場作:梅田哲也
出演:加藤至、坂井遥香
声の出演:イ・ラン、朗読サロンことゆら、天野祐子、河田聡、堀尾寛太、山下時子、志賀理江子、加藤デビッドホプキンズ
劇中歌:
「names of water」作詞・作曲・演奏:イ・ラン
「八福」作曲・演奏:Unnie Choir
「上海リル」歌唱:ディック・ミネ、作詞:津田出之、作曲:Harry Warren、編曲:A.L.キング
地図・製版:辰巳量平
制作:松田雅代、田中有紀
協力:Sweet Dreams Press、コ・ジュヨン、柳本牧紀、大倉憲斗、東岳志、中尾微々、奥成日海、西松秀祐、船川翔司、四貫島PORT、モトタバコヤ
助成:公益財団法人セゾン文化財団
主催:7つの船実行委員会客船
船舶名称:Ship of Fools
全長:12m
全幅:3mアルミボート
船舶名称:サブ号
全長:3.06m
全幅:1.33m