2023年2月4日(土)より大阪・中之島にある国立国際美術館にて「コレクション2 特集展示:メル・ボックナー」が開催されている。本展覧会は、同美術館が新たに収蔵したメル・ボックナーの作品《セオリー・オブ・スカルプチャー(カウンティング)&プライマー》(1969-73年)を中心に、彼と同時代に活躍した日本人作家の作品もあわせて紹介するコレクション展である。
アメリカ出身のメル・ボックナー(1940年-)は、アーティストとしての60年近くの活動のなかで、コンセプチュアル・アートの中心的な人物として位置づけられている。しかし、日本国内においては、これまでの紹介状況を踏まえると、その存在はあまり知られていないと言えるのではないだろうか。また、「コンセプチュアル・アート」と言っても、文脈によって捉え方が異なり、それぞれのアーティストが作品に採用する形態や素材にも多様な広がりがあるため、この言葉だけでボックナーの特徴を捉えることはできない。
そこで本稿では、彼のアーティストとしての特徴を整理しながら、出展作品について考えていこうと思う。
国立国際美術館地下2階の展示室、メル・ボックナーの作品は、その空間をより一層広々と感じさせてくれる。彼の作品《セオリー・オブ・スカルプチャー(カウンティング)&プライマー》は、入り口の前に設置された「プライマー」と呼ばれるいくつかのドローイングに描かれた図面を、空間全体を使って再現するというものであり、再現のために使用された素材は、芸術作品としては特別なものに見えない、片手でつかみ上げられる程度の大きさをした「石」であった。
会場を訪れた鑑賞者は、がらんとした空間のなかで、アーティスト自身の手による制作行為が極端なまでに排除された、その石の規則正しい配列を見ることで、それがコンセプチュアル・アートのなかでも、とりわけ「ミニマリズム」に関連した作品であると理解することができるだろう。
美術史家のロザリンド・クラウスは、1973年に発表した「感覚と感性——1960年代以降の彫刻をめぐる考察(Sense and Sensibility: Reflections on Post’ 60s Sculpture)」という論考のなかでメル・ボックナーの名前を挙げ、彼が「ポスト・ミニマリズム」の文脈に位置づけられることを説明した。【1】
「ポスト」という言葉からもわかるように、ここに名前の上がった作家たちは、カール・アンドレやロバート・モリスに代表されるミニマリズムの台頭以降に活躍しはじめ、ミニマリズムと近似しながらも、同時に決定的な差異を持った実践として特徴づけられる【2】。従って、ここではクラウスによる論考を参照しながら、ボックナーの作品に向けて話を進めていくことにしよう。
まず、ミニマリズムについて簡潔にまとめる。クラウスは、ミニマリズムのアーティストの多くが「形態(gestalt)」を問題としていることに言及する。たとえば、正方形なら正方形といったように、オブジェクトの形態自体は不変的であるが、それを特定の状況下で経験することによって、形態の持つ意味が変化するということを作品にするという指摘である。
このことについて、クラウスは「台形」を事例にして、それを二次元的な図像として見るか、あるいは三次元的な奥行きを持った立方体として見るかによって、その台形の意味は変化すると説明した。つまり、私たちが何らかの形態を認識するためには、実はさまざまな前提を必要としており、その前提次第では、たとえ同じ形態であったとしても、意味が変わってしまうのである。ゆえに、アーティストは、自らが提示する形態そのものへと観客を誘うために、空間のなかでノイズになりうる要素を徹底して排除しようとしたのだ。
しかし、メル・ボックナーは、ポスト・ミニマリズム的な観点で言えば、この形態に対する意識から距離を取って、かたちを持たない概念に焦点を当てている。
これはたとえば、2022年に兵庫県立美術館で開催された展覧会「ミニマル/コンセプチュアル:ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術」にて展示された、カール・アンドレの作品《雲と結晶/鉛、身体、悲嘆、歌》(1996年)と比較するとわかりやすい。
先述したように、形態を問題とするミニマリズムは、作品化にあたり、必然的にオブジェクトに対する正確性を求めるようになる。そのため、アンドレの作品では、工業的なまでにすべてがまったく同じ大きさの、金属のキューブが使用されている。一方で、ボックナーの《セオリー・オブ・スカルプチャー》を見てみると、自然物である石は、当然ながら、どれもバラバラなかたちをしている。
ここで本展覧会で配布されている冊子(会場マップ)に目を向けてみると、ボックナー自身によって以下のように書かれている。
《セオリー・オブ・スカルプチャー》は自己表現する彫刻作品である。この「自己表現」では、どのような素材(小石、ナッツ、コイン、マッチ棒、ガラスの破片等)も、意図や目的はそのままに、入れ替えることができる。【3】
つまり、ボックナーは、形態ではなく、そこに何かオブジェクトが配置されているということ自体が重要なのだと示唆している。それでは、彼はこのようなオブジェクトの配置によって、いったい何を伝えようとしているのだろうか。
それは、会場で彼の作品を見ているうちに理解することができる。空間に広げられた作品は、それぞれが数学的な法則性を持つようにして構成されている。たとえば、中央付近にある《等しく不均衡》と名付けられた作品では、チョークによって描かれた4つの円のなかに2組に別れるようにして石が配置されており、3分の1の倍数をひとつの単位として、それぞれの円のなかに不均衡なかたちで分配されている。
このほかの作品でも同様の法則によって石が配置されている。それらはどれも、専門的な計算式を要するものではなく、私たちが日常的に使う簡単な数の法則に基づいて構成されている。ボックナーは、このようにして「数」という概念を用いることによって、それまでのミニマリズムとは異なる、自らのコンセプチュアル・アートを提出したのだ。
先述の引用のなかでボックナーは、この作品《セオリー・オブ・スカルプチャー》を「自己表現」であると説明している。つまり、作品で使用される素材がコインやマッチ棒などでも構わないなかで、それでも「石」という素材を選択していることが彼自身による「自己表現」ということではないだろうか。
しかし、一方で、この作品で展開されている数の法則は、あらゆる人々の間で共有されているものでもある。このことに関連して、先述した論考のなかでクラウスは、ボックナーの作品は一貫して、言語的事実を知覚的事実へと対応させるものであると述べている。【4】すなわち、ボックナーは、非物質的な概念としての数(言語的事実)が、何らかのオブジェクトやイメージ(知覚的事実)として提示されることで、客観的に共有できるものになるということに注目していたのである。
だからこそ、ボックナーの作品では、いわゆる芸術作品としての特別感を必要とはせずに、むしろ、私たちの記憶のなかに抵抗なく入り込む、親しみやすいオブジェクトであることが望ましいのではないだろうか。《セオリー・オブ・スカルプチャー》を見ていると、自ずとその数を数えはじめてしまうように、これとこれとこれを買えば会計はいくらになるのか、どちらの道から行けば素早く目的地に着けるのか、といった日常的な経験へと回帰させられてしまう。それはまるで、あなたの日常のなかにある数とその選択こそが、あなた自身による「自己表現」なのではないでしょうか、とボックナーから語りかけられているかのようだ。
【1】Rosalind Krauss, 1973, “Sense and Sensibility: Reflections on Post’ 60s Sculpture,” Artforum Vol. 12, No.3, p.52. クラウスは、脚注にて、「ポスト・ミニマリズム」の構成はこの時期におけるいくつかの考慮によって変動すると述べてから、ボックナーのほかに、エヴァ・ヘスやロバート・スミッソン、ブルース・ナウマンなどのアーティストの名前を挙げている。
【2】Ibid., p.43. クラウスによると、ポスト・ミニマリズムのアーティストたちが台頭してきたのは1960年代末であり、1960年代半ばから活躍しているミニマリズムのアーティストたちと比較すると、その時期的な隔たりはわずかなものだと言えるだろう。
【3】メル・ボックナー「《セオリー・オブ・スカルプチャー》の再展示にあたって」、1990年にガレリア・プリモ・ピアノ(ローマ)で開催された「メル・ボックナー:彫刻」展プレスリリースより(訳 林寿美)
【4】Rosalind Krauss, 1973, p.48.
藤本流位 / Rui Fujimoto
1997年京都府生まれ、2019年に京都造形芸術大学歴史遺産学科を卒業、同年に立命館大学大学院先端総合学術研究科に入学。「2000年代以降の現代美術における暴力の表象」をテーマとした学術研究に取り組んでいる。現在の主要な研究対象はスペイン出身のアーティストであるサンティアゴ・シエラ。
出品作家:メル・ボックナー、荒川修作、河原温、高松次郎、中西夏之、オノ・ヨーコ、斉藤陽子、塩見允枝子(千枝子)、 岡崎和郎、植松奎二、安齊重男ほか
会期:2023年2月4日(土)〜5月21日(日)
会場:国立国際美術館 地下2階展示室
時間:10:00〜17:00、金・土曜は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
休館: 月曜日(ただし、5月1日は開館)
料金:一般 430円 ほか
※同時開催の「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」の観覧券で観覧可
※無料観覧日
2月4日(土)、3月4日(土)、4月1日(土)、5月6日(土)、5月18日(木)問合:06-6447-4680