川西市、豊能町、猪名川町、能勢町で2年に1度開かれる芸術祭「のせでんアートライン」が2021年10月30日(土)〜11月23日(火・祝)に開催された。2013年から続くこの芸術祭は、能勢電鉄沿線地域の振興を目的に、各市町と能勢電鉄により組織された実行委員会が主催しており、今回も各市町に点在するユニークな会場に7組のアーティストの作品が展示されたほか、開幕とともに配信されたオンライン音楽祭や地域団体によるプログラムなど充実した内容となった。まずは、芸術祭の柱となったアート作品について紹介していきたい。
注目を集めたのは、音をメディアに表現活動を行う原摩利彦と写真家・津田直の《7+1 / 舞い降りてくる星辰、光を放つ》。能勢妙見山、北極星信仰の聖地にある2会場で展開され、ひとつは高松伸設計による「信徒会館 星嶺」が会場となった。祈りの空間である円形の場内中央には、境内の位牌堂で撮影された北斗七星の写真作品《Septentrion》。その周囲を囲むようにゆっくりと回転する8.0chの音響作品《Aurora》が置かれ、さらに、建築外観のガラス面にふたりによる3遍の散文「THREE DROPS」も配された。北極星と周囲をめぐる星々、見上げる人々の姿が白昼に立ち現れるかのようなインスタレーションとなった。
もうひとつは、同じく能勢妙見山の境内にある「よろづや」につくられた手紙処《Stella》。ここでもふたりによる写真とサウンドの作品が展示されたほか、作品とともに並んだ机には活版印刷を用いた便箋が用意されていた。来場者がここで手紙を書き、発送できる仕掛けだ。また、この会場では、先の会場を含めた一連の作品にまつわるリサーチの過程がわずかにひもとかれ、現在地球上に届く北極星の光が放たれた1590年頃(地球から431光年離れた北極星の光は今から431年前に放たれた)に遡り、東西の文化の交わりを辿ったこと、そこから旅・星座・活版印刷・西洋楽器といったモチーフが導き出されたことが語られた。ちなみに、タイトルの「7+1」の意味はここでも明らかにされなかったが、北斗七星か北極星か、光速度に由来するものか、会場に流れる原のピアノ曲『Music Writing LettersⅠ』も7と1の構造で書かれたという。
妙見の森ケーブルの乗降口近くにある新瀧公民館では、光を使ったプロジェクトを展開する実験者集団・SPEKTRA(メンバーのうち、池田航成と園田基貴)の新作《Common》が展示された。集積したキューブ状のモニターにさまざまな映像(の断片)が映し出されるインスタレーションで、テーマは間主観性。他者との認知の差異によって世界を立体的に感じ取る、主体の共同性について言及した作品だ。鮮やかな光の流れは焚き火や滝を彷彿とさせるような没入感をもたらしており、個々人の曖昧な知覚により緩やかに場を共有する作品となっている。会場玄関には、鑑賞者たちが感想を書き記したノートもあった。
また、SPEKTRAは本芸術祭のメインビジュアルの制作も担当している。発光するワイヤーフレーム様の立方体を開催地域それぞれに運び込み、まるで実空間にCGのグリッドが現れたかのような写真を撮影。人の三次元的(空間的)な認知と環境の関係を明らかにしながら、世界の複雑性を示す試みだという。このために制作された光るキューブは川西能勢口駅の5番ホームに展示され、芸術祭の来場者ほか、通勤通学の乗客たちを出迎えるモニュメントとなっていた。
このほか、藤井達矢、井橋亜璃紗、袁方洲、橋爪皓佐、前田耕平×葭村太一によるインスタレーションやパフォーマンス作品が出品された。
さて、これらの作品が展示された市町は、住宅地と農村地帯、山間部が接合する地域で、大阪都心から電車やバスを乗り継いで1、2時間のところにある。こうした地方での芸術祭の開催は、この2年間いかに難しい状況に置かれていただろうか。
前回2019年は、前田文化のディレクションによる「避難訓練」というテーマのもと、アーティストたちが地域に合宿し、議論を重ねて土地への理解を深めたという。そのようなリサーチは、岡啓輔(とマイアミ)の作品を運ぶために総勢100人が参加したオープニングイベント「逆オンバシラ祭」や、深澤孝史が有志の住民と制作した映画&映画館『NEW TOWN MY HOME THEATER』など、地域一帯を巻き込んだ作品として昇華された。作品は、いわゆるソーシャリー・エンゲイジド・アートとして地域課題を明らかにしながら、土地に内面化されていったのではないだろうか。
それと比べると、今回の出展作品は、アーティストたちが個人的に発見した文脈を展示空間(地域全体というよりはごく小さな空間)に接続していく試みだったと言える。アーティストたちが地域と密に関わり作品を制作することはきっと難しいことだったし、彼らは来訪者としてこの地に作品を送り届けることしか叶わなかった(かもしれない)。だからこそ、作品は地域に内面化されるというよりは、外からもたらされた他者の視点そのものとして自立していたように思える。
そんななか、今回存在感を増したのが地域で営まれてきた活動だった。実行委員会は、飲食店や農家と連携したオリジナルの食品を開発し、「地域の食」としてオンライン販売。また、住民主催の「地域団体企画」も充実しており、農作物や雑貨の販売、木製家具のリユース、福祉施設でのファッションショーなど多岐にわたるプログラムが実施されていた。芸術祭という枠組みのなかで地域の人々をエンパワーメントしていく取り組みが積極的に行われていたようだ。
こうした地域主催のプログラムは地方芸術祭の恒例行事でもあるが、今回の「のせでんアートライン」は、地域の活動とアート作品を並列して扱おうという一貫した態度に特徴づけられるのではないだろうか。たとえば、大きく冠された副題「光と音と食の芸術祭」のうち「光と音」は出品作品に、「食」は地域の活動にあたり、2つは同列に扱われている。また、ステートメントには「それぞれの個人が持つ「主観的」な五感や思想や文化を、共有し分かち合う「客観的」な世界に適合していくことで、新しい未来を考える機会を生み出します」とあり、ここではどちらも等しく「個人の五感や思想や文化」という言葉で示されている。
2020年、パンデミック下で如実に表れたもののひとつが都市部と地方の対立的な構造だった(すでにコロナ禍の問題としては語られる機会も少なくなった)。そうした背景で、主催者たちは地域にとっての芸術祭の意義を、例年以上により明確に打ち出す必要があったことだろう。だからこそ、出品作品は“他者”然とした、地域に内面化されないものとして扱われる必要があったのかもしれない。地域の外からやってきた音と光による作品が、地域の内側で営まれてきた「五感や思想や文化」と渾然一体になる状況。それは、外界の見えざるものを受け入れ、他者を内在化させていく新たな日常へのアイロニーとも受け取れる。実際、主催者たちが求めたのは、他者=アートを受け入れる、ささやかな寛容さを地域に取り戻すことだったのではないだろうか。
あらためて、「のせでんアートライン2021」は、ステートメントに書かれたとおり、地域が日常のつながりを取り戻すきっかけとして位置づけられた芸術祭だった。2019年の「避難訓練」から「音と光と食」へ。見えざるものと対峙してきたこの2年間を振り返れば、たしかに腑に落ちるものがある。
会期:2021年10月30日(土)〜11月23日(火・祝)
会場:兵庫県川西市、兵庫県猪名川町、大阪府豊能町、大阪府能勢町
主催:のせでんアートライン妙見の森実行委員会
共催:阪急阪神ホールディングス株式会社