「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。「このタイミングでどうしてるかな~」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスを持って、近況が気になるあの人に声をかけていく本企画。第10回は、大阪・新世界にてVOYAGE KIDSを営み、ジンやレコード、Tシャツ、アートワークなどの販売、展示企画などを行うサカモトタイチさんです。
価値と習字教室とセントラル
このインタビューを終えて、文字起こしをしながら、サカモトさんと話した時間を振り返っていると、ちょうど読んでいた松村圭一郎著『くらしのアナキズム』(ミシマ社、2021年)が頭に浮かんだ。たとえば、こんな一文。
イリイチがいうように、だれもがばらばらな消費者に分解され、産業システムの歯車の一部になった。そこで一人ひとりが「宛先」のある経済を意識することは、国家と市場(ルビ:しじょう)のただなかに、ある種の共同性をもった市場(ルビ:いちば)をひらき、「むら」や「公界」にかかわる自立と共生の足場にすることだ。それは国家や自治体といった既存の枠組みをこえて、あちこちに出現しながらも重なりあうような、コンヴィヴィアルな市場(ルビ:いちば)の共同性だ。
引用:p217「コンヴィヴィアルな市場(ルビ:いちば)の共同性」
本インタビューで語られる「VOYAGE KIDS(以下、VK)」の実践、次の展開としての「matonari」(言葉どおりVKの真横にあるスペース)の構想。そして「目の前にあるジンやアートワークを買ってもらったら、そのお金が直接アーティストに渡る」というサカモトさんの言葉。当たり前と言えばそうだが、私たちを取り巻く経済の流れのなかで、「宛先」をとらえ、そこに届くということを納得できる、そんなやりとりができる場・機会は、実は貴重だ。
――VKがリニューアルしたのは2020年でしたよね。ちょうど、新型コロナウイルスが流行りだした時期でした。
サカモト:そうですね。2020年2月くらいまでは、週末や展示会があるとき以外、基本的には別の仕事しながらこの場所を運営していたんです。2月の閑散期に改装して、5月にオープンしようかってときに、ちょうどコロナが流行りだした。それもあって少し遅れましたが、6月にリニューアルオープンできて。それからは、定休日以外は基本的にお店を開けていましたね。今までVKのことを知らなかった人も来てくれて、自分としては嫌な想いもなく、むしろ楽しい日々でした。
――2020年の春以降、お店自体開けているところが少なかったので、遊びに行ける場所があるというのは貴重でした。
サカモト:そうですよね。お店もずっと開けてたんですけど、ほぼ常にイベントや展示の企画もしていて。
――当時もですが、paperCのニュース記事ネタを探していると、VKの名前をよく目にします。
サカモト:なんか変なことやってんな〜みたいな(笑)。おばけ屋敷やレコード展示会とか。今だと、作家・ツチヤタカユキさんの「写真で一人“写真で一言”(仮)2」展。レコード展示会って、いわゆる即売会のような安売りをしたり、ポップアップショップのようなイメージないですか? でも、今回の展示会では、ヒップホップのビートメーカーがつくるトラックのサンプリングソースが作者本人から買える。それって、中古盤で300円のネタでも、3,000円で売りたくなるような価値があると思うんですよね。めちゃくちゃフィジカル。
――フィジカルというのは?
サカモト:その人が数あるレコードのなかからそれを選んで、針を落として、サンプリングのネタにしているっていう行為そのもの。それが価値ですよね。あと、参加してもらったDJやビートメーカーも、パーティーで共演する人が多いと思うんですけど、グループ展みたいなかたちで一斉に並ぶ機会はないと思う。それって、共演とは別の張り合いがあるんじゃないかと。値段のつけ方やなにを出品しているか、どう見せているか、そういう緊張感を、いつもと違うかたちで味わってほしいなと思って企画しました。
――切り口が独特で面白いですよね。お客さんも出展者も、目の前にあるものの別の価値に気づかされるような。サカモトさんのものを見る視点は、どこで鍛えられたんでしょう?
サカモト:VKをはじめる前、20代の頃は全国いろんなところへ行って、まちにいてる面白い人たちとずっと遊んでいたんですよ。いわゆる社会人にはならずに。音楽のパーティーや展示会に行って、いろんな人と話して。「そうやんな」って確認し合って、同志を見つけていた。それを仕事にしようとか、そんなんは考えていなかった。その先にある状況や場のイメージはしていたんですけど。今やっと、ここがお店っぽくなってきたんですよ。開店当初は、「なんでこんなおもろいことしてるのに、誰もけえへんねん!」ってめっちゃ怒ってた(笑)。近い人たちからも「あの頃、むちゃこわい顔してたで」って言われる。
――なんでわかってくれないんだって。
サカモト:今となれば、そりゃそうやなと思うんですけどね。でも、面白いことをしたら、面白いリアクションがくると信じていたんですよ。ただ、大阪ってまず人間を見るでしょう。その人を知らないと、良い表現を見ても「良い」って言えないみたいなところがある。そう考えると、この6年の間にイベントや企画、置かれているものの並びなどを通して、少しずつVKで積み重ねてきたものや、僕という人間のことを理解してもらえてきたのかなと。ただ、「VKって、グラフィティっぽいお店でしょ」みたいな、浅い理解の人には、なめんなよと思う。うちで抱えようとしているものは、そんなに甘くないし、浅いもんじゃない。
――ひとつのジャンルや言葉に収まるような単純さはない。
サカモト:うん、もっと奥行きのあるものだと僕は思っています。とはいえ、気軽にアートを知ってもらう、買ってもらう入口にはなりたい。「アート」は、その価値や文脈を知っていないといけないとか、高価で手が出せないものだとか、そういうイメージがあると思うんです。そこにリソグラフのポスターがあるんですけど、3,000円とかで買える。みんな洋服を買うことには慣れているので、ラックにかかっている服を見る人は多いんですよ。むしろ若い子とかは、洋服しか見慣れていない。だから、ほぼはじめて、ここでいろんな作品を見て、「やばいけど、なにかわからん!」みたいな(笑)。そのまま立ち去っていっちゃう。そうやって「ここになにかありそう」と感じて、来てくれる人は増えてきたんですけどね。
――濃厚な情報を浴びせられるけど、それがなんなのかわからない。
サカモト:そう。でも、なんも考えなくてもいいなとも思う。もっと気軽に。僕に聞いてくれたら、ここにある一つひとつ、しっかり紹介できます。まわりに良いと思うアーティストがたくさんいて、その人たちがつくっているものを取り扱っているので。「今売れそうだから」「あの人が良いと言ったから」「海外の有名な人だから」とか、そういう遠い感じではないです。目の前にあるジンやアートワークを買ってもらったら、そのお金が直接アーティストに渡る。ただ売るというよりも、アーティストのバックグラウンドだったり、思想だったりを少しでも伝えて、「いいもん買ったんやな」と思ってもらえるようにしてますね。そういう体験が広がって、いろんな人の経験が増えたら、また別のオリジナルの作品につながるかもしれない。ただ良いから買うとか、売れているから買うとか、グッとこないですよ。
――これまではそういった「売る」とか「見せる」ことをベースに、VKやサカモトさんの意志を体現してきたけれど、次の動きではものを売らない。どんなことをするんでしょう?
サカモト:VKの横のスペースが空いたので、変な飲食店が入っても嫌だなと思って借りたんです。そこを少し改装して、「matonari」と名づけました。今はまだ、その箱でなにができるかイメージを膨らませている段階なんですが、VKが自分のまわりの人を紹介する場所だとしたら、matonariはいろんなコミュニティや新世界という地域に寄せた、手の届くわかりやすいことを発信したいなと考えています。たとえば、習字教室のような。陶芸や占い、ヒップホップのビートメイキング、ローチョコづくりとかでもいいんですけど。これまで10年くらい、なにか表現したり、好きで続けてきたりしたことがある人って、なにか“もっている”と思うんですよ。そういうものを少しでも見せたいと思っている人に、この場所でやりたいことをやってほしい。
――地域の公民館やカルチャーセンターは、まさにそういう場だったりしますよね。自分がもっている技術を人に教えたり、逆に教わったり。
サカモト:そうですね。ちょっと年齢層が高い印象ですけど、近い感じがします。若い世代の場合、なにかをはじめたいと思った人が、結局、できる場所がなかったり、やり方がわからなかったりする。そういう人の、すでにもっているものを見せて、まわりも「あ、自分らもできるんや」って思えることが重要で。誰かにやれと言われたこと以外の、やりたいことをやったほうがいい。それが希望とか、なにかになればいい。飯食えるとか考えなくてもいいし、それがきっかけで次のことを考えられたらいいなと思う。もちろん、VKもそうです。絵だけ描いて生活している人って、実際は少ない。だけど、それでも続けてもらうための場。そういった、小さな活動が寄せ集まったというだけなので。「めちゃくちゃすごいですね」みたいな感じじゃなくて「全然すごくない」。ひとつ見たら全然すごくない小さい活動の積み重ねが、すごく大きく見えるものになったらいいなというイメージですね。
――求心力のあるものというより、すごく裾野の広いもの。
サカモト:そういう意味では、難波とか梅田ではない、新世界という場所でお店をできたのも良かった。うちに来てくれる人には、いつも「なにかのついでに来んといてください」と言ってるんです(笑)。中心をずらしたくて。まちの中心地・キタとかだったら、店の外で一服してお茶飲むとかしづらいと思うんですよ。この場所だから、酒飲んでても、倒れていても別に気にしない(笑)。その自由さ、次に取り組むことのイメージのしやすさ、余白があるなと思っていて。新世界っていう名前もいい。全然新しくないやん、みたいな(笑)。
2021年12月17日(金)、新世界VOYAGE KIDSにて収録(取材:永江大)
サカモトさんの「最近気になる◯◯」
①人=小川樹一さん
「やんばるアートフェスティバル 2020-2021」に参加した際、那覇のリサーチで見つけたお店の主人。そこでは、小川さん夫婦が漂流物に絵を描いた「貝殻絵画」を販売していました。店の奥に行くと、大量(おそらく数十冊)のフォトアルバムがあって。どの写真も、小川さんが実際に沖縄のまちを歩いたとき見つけた、いわゆるまちの“スキマ”がおさめられていた。あまりの感動に、その勢いでジンをつくってしまうほど、小川さん自身もその視点も気になります。
②食べ物=冷やしたぬきそば
岐阜で展示をした際に教えてもらった蕎麦屋さんの名物。夏でも冬でも“冷やしたぬきそば”で、味付けもそばに天かす、いい感じに炊かれた揚げさんというシンプルさが最高です。冷やしたぬき2玉・揚げ・天かすダブルは、ラッパーのCampanellaから聞いたベストオーダー。私の現在のスマホ待ち受けでもあります。
インフォメーション
VOYAGE KIDSによるラジオ番組「ふみちゃん・たいちゃんのごきげんラジオレディオ」がスタート。不定期に配信予定。