本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2022.03.12
#ルサンチカ#伊奈昌宏#河井朗#渡辺綾子#諸江翔大朗#STAGE#REPORT#北加賀屋

REPORT|ルサンチカ『GOOD WAR』

文: 坂道干

大阪生まれの演出家、河井朗が主宰するルサンチカの公演『GOOD WAR』は、2022年1月26日(水)から1月30日(日)にかけ、クリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地、以下CCO)で開催される予定であった。しかし公演直前、関係者に新型コロナウイルス感染症陽性者が出たことを受け、急遽「出演者無し」での上演形態へ変更。役者はその場には現れず、声だけの出演となり、インスタレーション作品として上演された。

筆者が観劇したのは1月30日(日)だ。北加賀屋をよく訪れる人には馴染みがある風景かもしれないが、まちでは至るところにヤシの木が植わっている。ヤシの木は南国感、そして異国情緒を彷彿とさせる植物だ。会場のCCO Drafting roomは、名村造船所旧大阪工場棟の4階。インスタレーションの上演がはじまる前、窓から外を眺めると、ヤシの木や船の停泊する港、その先に広がる海などが見渡せた。会場を一周してから、並べられた椅子のひとつに座る。会場にランダムに設置された複数のスピーカーから、さまざまな抑揚の声が語り出す。

REPORT|ルサンチカ『GOOD WAR』

本作の原案には、スタッズ・ターケル『よい戦争』(原題は“The Good War”: An Oral History of World War Two)が挙げられている。『よい戦争』では、「戦争=War」は「World War Two」を指し、第二次世界大戦についてのオーラルヒストリーが収録されている。一方、『GOOD WAR』には定冠詞Theはなく、河井自身がマッチングアプリなどを使って出会った人々に、「あの日と争い」をテーマにして行ったインタビュー内の語りが引用される。本作での「争い」は抽象的で、語り手たちがそれぞれ対峙するものは大きく異なる。母との確執、乳児と暮らす生活のなかでの苦しい想い、テロへの感情など。どこからどこまでがひとりの語りかはわからない。急に耳に入ってきた「包丁と違って、銃は人を殺す道具だ」という言葉に不意を突かれる。「よい戦争」という、強い言葉の組み合わせに心をえぐられたような気持ちになる。

REPORT|ルサンチカ『GOOD WAR』
©︎manami tanaka

スピーカーからは、3人の出演者(伊奈昌宏、諸江翔大朗、渡辺綾子)の声が矢継ぎ早に放たれていく。筆者が観た17:00からの回は、時間とともにあたりが暗くなっていき、会場に吊り下げられた照明がぽつんとともるなかで、声だけが響くような場へと徐々に変貌した。声のモノローグは幾重にも重なり、気づけばたくさんの声を聞き逃している。すこし聞き取れるものもあるが、話されている言葉たちをどんどん忘れていってしまう。会場の中央付近にはドラムセットが配置されている。バスドラムにはずっとスポットライトが当たっている。2021年公演の際にはドラムは演奏され、リズムが放たれ続けていたというが、今回のインスタレーション公演ではドラム演奏は無く、静かな公演であった。筆者の座る椅子からは、外の景色もすこしだけ切り取られて見える。赤い看板に白で抜かれたJoshinの文字がだんだん強く光って見え、暗くなっていく会場で読める文字は次第にそれだけになっていった。

REPORT|ルサンチカ『GOOD WAR』
REPORT|ルサンチカ『GOOD WAR』
©︎manami tanaka

一度だけ、モノローグとしてではなく、ダイアローグとして聞き取った言葉のやりとりがあった。女が男の横を通ったと話し、男が「それなら声をかけてくれればよかったのに」と言うが、女は男の話す内容が聞き取れず「聞こえない!」と声を張る。声が聞こえずわかり合えない場面なのだが、女と男が互いを知っているという関係性が劇中ではじめて描かれ、すこししてからふっと上演終了となる。この対話と暗くなる前に窓から見たヤシの木、遠くの場所とつながる大阪の海が記憶に残った。それらは沖縄から来た人、外国から来た人、瀬戸内の島から来た人など、かつてこの地を訪れた人々が大阪のまちで交わした何か(それは親密な会話であったかもしれないし、修復不可能な諍い=「争い」の跡であったかもしれない)や、さまざまな人の流れを想起させた。この日、たくさんの語りの断片を聞いた。それだけで、どこか他人の心の痛みを知ったような気になってしまうのだが、実際は誰とも交流はしておらず、私はその日、その劇世界に立ち現れた、形をもたない人たちのことは何もわからなかったという諦めのような想いを胸に抱いて帰路についた。それは、「よい戦争」という言葉を嫌悪して、耳をふさいでは何にも近づけないのだと頬をつねられる経験でもあった。その場にいたほかの観客たちはどうだっただろうか。

REPORT|ルサンチカ『GOOD WAR』
©︎manami tanaka

帰宅して、ルサンチカのWebサイトを見ると、「あの日と争い」をテーマに行ったインタビューがいくつか載っていた。その人の人生やその人に起こった出来事が、会場で耳にした語りの断片よりも、もうひとまわり外側で切り取られて存在していた。この瞬間に同時に生のある知らない人々の人生は、スピーカーを通して聞いた語りの断片よりももうすこしだけ抑揚があって、悲喜こもごもであったが、まだどこか遠くにあるものにも感じられた。『GOOD WAR』の舞台に役者が現れたとき、この人たちの人生を、もうすこし近くに感じることができるだろうか。

ルサンチカ『GOOD WAR』

2022年1月28日(金)〜30日(日)
開場時間:11:00~18:00(28日のみ14:00開場)
※11:00/13:00/15:30/17:00から45分程度の音声作品を上演

会場:クリエイティブセンター大阪 Drafting room(名村造船所跡地)

構成・演出:河井朗

ドラマトゥルク:蒼乃まを、田中愛美

声の出演:伊奈昌宏、諸江翔大朗、渡辺綾子

美術:辻梨絵子

音響:河合宣彦

制作協力:(同)尾崎商店

協力:株式会社Road-K、青年団、台風クラブ、ARCHIVES PAY

主催・企画・製作:ルサンチカ

助成:一般財団法人おおさか創造千島財団、大阪市芸術活動振興事業助成金

 

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