サファリ・Pが2019年から取り組んできた作品『透き間』の “リクリエーション版”が2023年5月、インディペンデントシアター 2ndにて上演された。本作品はアルバニアの作家、イスマイル・カダレの小説『砕かれた四月』から着想され、北部アルバニアの因習「血の復讐」がモチーフとなっている。「血の復讐」とは、口承によって伝わるカヌン(掟)のなかで認められた報復による殺人のことで、血族同士による繰り返しの報復行為を当該地域の社会秩序として維持する部族が現在も存在するという(山本和彦「北部アルバニアの抗争と和解」『芸術工学研究 1』、pp.1~18、1999年10月参照)。
透き間が、口を開けて、私たちを飲み込もうとしている
母に遊びを禁じられて育ったネリネは、透き間風の吹きすさぶ荒涼とした心を隠して生きてきた。有名な小説家の恋人の座を得た彼女は、とある“しきたり”に縛られた山岳地帯への取材旅行に同伴する。山の権力者たちはネリネの正体を本能的に察して恐れ、排除しようと躍起になるが、その抑圧をバネに次々に山人たちの心を掌握し、しきたりをも操る座を手に入れるネリネ。しかし彼女がそこで観たものは、彼女自身も気がついていなかった原風景だった——。
(サファリ・P 第9回公演『透き間』あらすじより)
『砕かれた四月』では、「血の復讐」により報復殺人を行った男・ジョルグに小説家の美しい婚約者が思慕する物語と、ジョルグが殺した男の家の者に狙われ、報復される運命とが交差する。
昨年上演された前作(サファリ・P 第8回公演『透き間』 イスマイル・カダレ『砕かれた四月』より)は、セリフが少なく、ダンス、身振り、そして床下から伸びたいくつもの手のひらが規則正しく動くような演出によって、運命から逃れられない恐怖、死の連鎖と圧倒的暴力、何より激しい情愛を言葉抜きに表現するパフォーマンスが圧巻であった。男たちは「家」に結びつけられた、逃れることのできないしきたりに縛られることに半ば陶酔しているようでもあり、その世界に女は抗いつつも飲み込まれていくような感触もあった。
今作では、小説家の婚約者・ネリネは識字者としてカヌンが記された本をひもとき(山岳地帯の人々、山人は文字が読めない)、それをもって「血の復讐」の連鎖を止めるよう、山人たちに働きかけ、しきたりを守ろうとする男たちの脅威となっていく。男たちが血の復讐という因習に縛られ、固執する一方で、その地に足を踏み入れるネリネは因習に抗い、自らの意思で運命を切り開いていくさまが、前作より多く用いられたセリフ、また自らの想いを主張する手段としてのラップによって、力強く表現された。男は弱い存在として描かれるが、女によって、男も少しずつ、強く生きられるように変化していく。ネリネはようやく心を開き、遊びの心を取り戻していく。
前作と今作の “リクリエーション版“で、大きく変化を遂げた『透き間』だが、共通する「透き間」というタイトルは、人間の心にいとも簡単に入り込む“弱さ”――死への恐怖、猜疑心、暴力を許容すること、過ちや差別、変えられないと思っていたさまざまな慣習から目を背けること――と現代に生きる私たちが、それらとこれから、どのように向き合うかを変わらず投げかけている。
日時:
2023年5月20日(土)12:00、17:00
5月21日(日)12:00、17:00
5月22日(月)13:00会場:インディペンデントシアター 2nd
上演台本・演出:山口茜
作曲:増田真結
出演:芦谷康介、佐々木ヤス子、達矢(以上 サファリ・P)、F.ジャパン(劇団衛星)、森裕子(Monochrome Circus)、山田蟲男(突劇金魚)舞台美術:カミイケタクヤ
舞台美術アシスタント:武智奏子
映像:山田晋平
映像オペレーター:齊藤詩織
照明:池辺茜
音響:森永恭代
音響オペレーター:林実菜
衣裳:鷲尾華子
舞台監督:大鹿展明
演出助手:村田瞳子(白いたんぽぽ)
宣伝デザイン:山口良太(slowcamp)
宣伝写真:坂下丈太郎
字幕制作:宮本晶子(合同会社syuz’gen)
字幕オペレーター:田中遙
制作:水戸亜祐美、寺田凜、染谷日向子(合同会社syuz’gen)、合同会社stamp
ドラマトゥルク:江口正登
協力:株式会社リコモーション