日常より得たインスピレーションから創作活動を行うフォトグラファー・室岡小百合の個展「Sayuri Murooka solo exhibition」が、2022年4月29日(金)から5月22日(日)まで兵庫県・的形のレジデンススペース・M1997にて開催された。
東京を拠点にファッションやジュエリー、建築まで幅広いジャンルの写真を手がけている室岡。筆者が彼女を知ったきっかけは、「身につけるオブジェ」をテーマとするジュエリーブランド・SO / OBJECTSと、「眠る」行為にまつわるプロダクトを構築するブランド・NEMAKIが合同で展開したイメージカットだった。双方のアイテムの世界観を融合させたその写真は、両ブランドのオファーにより撮影されたという。ニュートラルな質感と美しさに加え、独特の視点で切り取られた被写体の動きに心惹かれた。
また、「自然の中で生活を営むためのもう一つの家」を提供するサブスクリプションサービス「SANU 2nd Home」でも、彼女の写真を目にしたことがある。山中に流れる静かな時間を写したその写真はどこか懐かしく、日々の一瞬一瞬で見落としてきた美しさや、記憶の奥にしまっていた風景を思い出させるかのよう。
今回の個展は、M1997が主催するアーティスト・イン・レジデンスへの参加がきっかけとなっている。彼女は2021年5月に約2週間の滞在制作を行い、その軌跡を作品化。展示構成に大阪を拠点とする建築家の加藤正基が参加している。これまでメディアのなかで活躍してきた彼女が、滞在制作を経てどのような体験をつくり出すのか。5月初旬の晴れた日、M1997へ向かった。
兵庫県南部に位置する的形は、瀬戸内に面した小さな港町。明治期の屋敷(旧植田邸)を改装したM1997の門扉に、往時の面影が残る。暖簾をくぐり、中庭を通ってギャラリーへ進むと、現れたのは大きくて柔らかな造形作品だった。
水面に反射する木々の緑が大判の薄布にプリントされている。10枚の写真は濃度段階別に2列に並び、奥へ行くほどにその像が朧げになっていく。このインスタレーション作品を中心に、額装した写真と彼女の親友が室岡との会話をもとに綴った言葉が展示されている。入り口の大きな窓には、水滴のようなカッティングシートがあしらわれ、空間に差し込む緑の光と布の風合いとが重なり、まるで自分も作中に立っているかのような感覚を覚える。
空間構成を担当した加藤は、室岡と仕事をするのは今回がはじめてだったという。一緒に現場確認をして以降はオンラインで打ち合わせを重ねたが、最終的なレイアウトは、搬入日に現場で話しながら決めたそうだ。そうした背景を、加藤はこう振り返ってくれた。「展示の大きな構成は室岡さんの頭のなかにすでにあったので、僕はそれを空間としてどう表現するかをお手伝いしました。展示物は大きな布、額装している作品、詩のパネルと点数としては多くなく、それぞれに流れや順番もありません。しかし、すべてが彼女の滞在中の軌跡。一つひとつを作品として見せるというよりも、それぞれをどこに配置するのが空間として適切かを考えました。ギャラリー全体が、ひとつのインスタレーションとしての体験を生み出しています」
滞在中、多くの写真を撮り続けていた室岡だが、会場にはその一部しかない。私は、なぜインスタレーションという表現形態を選んだのか、なぜこの一枚だったのかを彼女に聞いてみたくなった。「写真表現について紙に印刷するだけではなく、より深い体感を得るための方法を模索しています。今回の展示も、ただ写真を並べるのではなく、どうしたらこの地域の空気や温度を伝えられるのかを考えました。海と山が隣接する的形ではどちらの写真もたくさん撮影しましたが、どちらか一方を選んでしまえば、私が表現したい的形とは離れてしまいます。だから、布に印刷する写真の選定もギリギリまで悩むことに。最後は、水も緑も感じられる一枚を選びました」
日々の制作においても、日常を色、匂い、感情、雰囲気など細やかに観察する室岡。今回はさらにドローンを用いることで、どれだけ多角的に視野を広げて物事をとらえられるか、新たな挑戦になったという。見えない日常と向き合うことを大切にする彼女。その原体験についても話してくれた。「幼い頃に父を亡くしています。私が生まれたときには、自分がもう長くないと知っていた父は、たくさんの段ボールに数えきれないほどの写真とホームビデオを遺してくれました。そこに映るのは、特定の被写体がいることもなく、定点で撮影された日常の風景でした。定点なので、たまに外出して誰も映らない数時間があったり、隣の部屋で私がおぎゃーと泣いてる声が聞こえたり。そのビデオのなかから父の姿を探し、父のことを知りました。その体験があったからこそ、写真を通してその場にいるような深い体験を、どうやったら表現できるか考えるようになったんだと思います」
彼女に案内してもらい、M1997の裏手にある山を登り、そして海を散策した。すいすいと山道を行く室岡を追いかけながらたどり着いた先には小さな丘があり、海が一望できる。室岡はそこから遠くに見える島へ向かって毎日ドローンを飛ばしていたそうだ。
彼女のインスタレーションは、見る角度はもちろん、天候や時間帯によっても見え方が変化し、場面場面で体験の質が異なるように感じる。それは、来る日も来る日も撮影し、細やかに土地を観察した室岡だからこその表現だったのではないだろうか。この場所だけ時間が止まったような澄みきった雰囲気に、実際、長居してしまう鑑賞者も多かったという。
今回は布を使った作品だったが、まだまだ挑戦してみたい表現がたくさんあると話してくれた室岡。彼女のキラキラとした探究心と無垢さに、また触れたいと思う。
Sayuri Murooka solo exhibition
期間:2022年4月29日 (金)~ 5月22日(日)
会場: M1997インスタレーション空間構成:加藤 正基
インスタレーション作品協力: NISSHA
空間施工: 中川ケミカル・加藤 正基
キュレーター :井上 有紀/M1997
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