ロームシアター京都および京都市が主催する、ジャンルや固定観念にとらわれない「音楽」を軸とした表現活動を行うアーティストをフィーチャーするシリーズ「Sound Around」。その第3弾として、2023年6月24日(土)・25日(日)、大阪を拠点にgoatやYPYの活動でも知られる、音楽家・作曲家の日野浩志郎をメインに据えた「作曲(コンポジション)」を実践・思考するプログラムが実施された。このレポートでは、本企画を鑑賞した、研究者/ディレクターの石川琢也とバンド・空間現代の古谷野慶輔が、双方の視点からパフォーマンスを振り返る。1本目は石川によるテキストから。
本プログラムのレビューを書くにあたり、日野の近年の2つの制作について触れておきたい。まずひとつは筆者も2019年から制作に参画している「GEIST」である。「GEIST」は2018年3月にクリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地)BLACKCHAMBERにて初演、2019年12月には山口情報芸術センター[YCAM]、そして2023年3月には京都芸術大学 舞台芸術研究センターと共同し「公開実験」を行った日野のプロジェクトであり、20以上の複数のスピーカーやマイクを活用しながら、フィールド・レコーディングの音源、ドラムと管楽器、チェロ、作曲された電子音源、制御基盤とアクチュエーターを備えた自動演奏楽器による生演奏によって多次元的な空間創出を目論む作品である。
※「GEIST」の詳細については、以下のレビューを参照
ICA Kyoto|Review「GEIST― 『多元な音響空間』の実現に向けた自動演奏楽器、入出力装置、および作曲・演奏法の開発」公開実験レビュー 文:三輪眞弘https://icakyoto.art/realkyoto/reviews/86328/AMeeT|「GEIST―「多元な音響空間」の実現に向けた自動演奏楽器、入出力装置、および作曲・演奏法の開発」レヴュー 劇場の幽霊現象学 文:原塁(音楽学、表象文化論)https://www.ameet.jp/feature/3912/
もうひとつは2022年に公開された映画『戦慄せしめよ』である。日野が延べ1カ月におよぶ鼓童村での滞在制作で完成させた楽曲群を、豊田利晃監督が佐渡島で全編撮影、映像化した作品である。goatの作曲手法をベースに、鼓童メンバーによる修練を重ねた人間たちのグルーヴの所在、新たな響きを見出そうとした作曲と演奏がなされていた。
公演を終えてまず感じたのは「GEIST」での多元的な音空間を模索しながらも、人間による楽器演奏はどうありえるのか、言うなれば「GEITS」と『戦慄せしめよ』のはざまの探求という印象であった。「GEIST」では、自作楽器も含めた数多くの機材が空間に配置されるが、“楽器”として演奏されるのは中川裕貴のチェロのみであり、そのほかは機械による自律的な演奏、または楽器に委ねる演奏方法が行われる。本プログラムでは、ヴィブラフォンやマリンバ、ボンゴ、コンガといった民族楽器、和太鼓といった鍵盤打楽器・打楽器を中心に構成されており、それぞれの楽器が鑑賞者に対して180度の角度に広がって配置されている。本公演では、それらは”楽器”として演奏され、さらに照明によってその音の在処についても鑑賞者には理解できる状況が整えられていた。この状況での「作曲」は果たして、どのようなものであったのか。
「作曲」について想起するひとつの手がかりとして、YCAMにおいて2008年に開発されたワークショップ「walking around surround」がある。
これは、YCAMインターラボが独自に開発した8台のワイヤレススピーカーを空間に配置し、障害物をも用いて、空間での作曲を試みるプログラムであり、ワークショップを通じて日常的な〈音を聴く〉という現象をとらえ直す内容である。このワークショップの空間構成を通じた作曲のアプローチは、質量・質感は大きく異なるが日野にも通じるところがある。日野の「作曲」においては、その工程が幾分にも重ねられ、連密に練り上げられる。そこで観衆は聴覚への意識を研ぎ澄まし、横に座る観客の服が擦れる音でさえも演奏の一部であるかと感じるほどに、音への集中力を高めていく。本公演においても、冒頭から徐々に、音の輪郭が浮き上がり、耳が繊細さを獲得する頃に、新たな音空間、および別の音質の存在を知覚させる。さらに、本作では照明による誘導によって演者の姿を目でとらえられる分、演者の肉体の動きを通した緊張感が持続される。打楽器と並ぶ役割となる電子音は、時に打楽器の多様な音色とアンサンブルに沿うように、また時にはそれらを食い尽くさんと言わんばかりの存在感を示す。あえて欲を言えば、打楽器と電子音の相乗的な演奏には、さらに洗練された音体験の余地があると感じたものの、公演中盤〜終盤における、空間を切り裂くような電子音や強烈な和太鼓の音による観客の意識を揺さぶる試みのように、こうした強引さもまた本プログラムの実験的枠組みのなせることであろう。
上記のように筆者は、制作者と近い立場での鑑賞体験となっていたため、むしろ一般の鑑賞者がどのような印象を受けたのかが気になっていた。そんななか、若い知人が鑑賞しており、後ほど話を聞いたところ開口一番「いやー喰らったっす!」という言葉を聞いて、このプログラムの成果を実感することができた。それと同時に、「Sound Around」のような新進気鋭のアーティストたちによる文化施設での実験場の存在意義についても考える機会となったが、その論考は別の機会に譲りたいと思う。
最後に、本公演で作曲された曲のタイトルは「Phase Transition」と名付けられており、水が温度によって液体や蒸発に変化するように、同じ物質が異なった特徴をもつ状態(姿)に変化することを示す相転移という意味である。おそらくこれは、音および、鑑賞体験そのものを包括して指し示された言葉であると思われるが、わたしはむしろ日野の活動自体にこうした特性をみることがある。goat、YPY、GEIST、KAKUHANをはじめ、レーベルとしてNAKID、Birdfriendなど現代の音楽を取り巻く状況に対しての異なるアングルを示しながら多面的に展開していく活動形態は「Phase Transition」そのものである。そして同時に、次にはどのような変異として立ち現れ、どのような「作曲」がなされるか、今から愉しみでならない。
日時:
2023年
6月24日(土)18:30開場、19:00開演
6月25日(日)13:30開場、14:00開演会場:ロームシアター京都 ノースホール
料金:全席自由 一般2,500円、ユース(25歳以下)1,500円、18歳以下1,000円
出演・スタッフ
メインアーティスト・構成:日野浩志郎
コラボレーションアーティスト:古舘健、藤田正嘉、谷口かんな、前田剛史
音響:西川文章主催:ロームシアター京都(公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団)、京都市
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
劇場・音楽堂等活性化・ネットワーク強化事業(地域の中核劇場・音楽堂等活性化)
独立行政法人日本芸術文化振興会