ロームシアター京都および京都市が主催する、ジャンルや固定観念にとらわれない「音楽」を軸とした表現活動を行うアーティストをフィーチャーするシリーズ「Sound Around」。その第3弾として、2023年6月24日(土)・25日(日)、大阪を拠点にgoatやYPYの活動でも知られる、音楽家・作曲家の日野浩志郎をメインに据えた「作曲(コンポジション)」を実践・思考するプログラムが実施された。このレポートでは、本企画を鑑賞した、研究者/ディレクターの石川琢也とバンド・空間現代の古谷野慶輔が、双方の視点からパフォーマンスを振り返る。2本目は古谷野によるテキスト。
トコ…ト…トコ…コ…トコ…ト…コ…と小さな太鼓の音が、左右に広がった舞台のそれぞれの場所から交信する。そして、次第にうねりを生むなか、その波を打ち消しつつも寄り添うエレクトロニクスが重なり、本公演冒頭のクライマックスは訪れた。音の配置/音域の分離においてホールの構造を最大限に生かした打撃の重なりは、聴衆を楽器の内臓に放り込むようなエネルギーを会場に発生させていた。解釈が排され、音そのものを聴いている状態。
音楽には「絶対音楽」と名指される、情感や物語を想起させるわけではない“音楽のための音楽”という領域があるという(ディズニー映画『ファンタジア』のなかに、唐突にこのことに触れる箇所があり、今まで見聴きしていたこれは一体……?となるシーンがある)。クラシック/古典の時代にはこの区別は大きく、議論すべき題目であったようだ。物語らない音、意味から離れた純粋化された音というものを作品として享受するには人間にとって長らくの時間がかかった。
数を挙げればきりのないそうした先人たちによる問題提起の末に現在、さまざまな音を意識的にも無意識的にも耳にするようになった私たちは、“音のための音”に対して当時のような激烈な困惑や違和感をもつことはない。それがミニマルミュージックやノイズ、アンビエント、ドローンと呼ばれるものであっても、たとえその名を知らずとも驚くほどすんなりと受け入れる準備ができている。
「Sound Around 003」はクラシック→現代音楽→クラブ/ダンスミュージックという流れのなかで一般化された「反復」および「持続」についての聴取を、もう一度“コンサート”という形式として回帰させ提示するような側面があったのではないだろうか。クラブにおいては演者と聴衆の間の境界は霧散していくが、今回はそうではない。客席の私たちは身動きせず、バーカウンターという余談のオアシスもなく、音そのものに向き合い、そのなかで何を見出すのかが問われる。耳の楽しみ? 演奏者への感嘆? 自己の内面への洞察?
音の波は各所から押し寄せ続けている。生演奏と電子音。スピーカーと楽器の音の差異は、埋まることのない溝を認識した上での対話のようにも感じられる。少しこちらの注意が散漫になってくる。水も少し飲みたいかもしれない……どうでもいいことや隣の席にも気がいく。寒さ暑さ、保険料の滞納、歯磨き粉買って帰るのを忘れる気がする、など瑣末な諸々……。
公演中2度、爆音によってそれまでの意識が遮られる箇所があった。1度はスピーカーによって、もう1度は和太鼓によって。音が集中を呼ぶほどに暴力に転ずる可能性を常にはらんでいることを表したそれは、陶酔や没入への反抗とも取れる。意図的な切断であったのだろう。目が覚める。
気づくと左右からメロディが聴こえてくる。ビブラフォン。音階、ハーモニーが姿を現しはじめる。心地のいい倍音と美しさに耳がいく。いいなぁ。うっとりとする。しかし次の瞬間にはなぜか疑問がもたげてくる。この心地よさのためにこれを聴いているんだろうか。もっと戦うべきなのか? 何と? 打楽器奏者と電子音がレイヤーの箇所をさまざまに移していく高濃度の演奏の後、すべてが鳴り止んだ後に残るのは幸福感やカタルシスではなく、この後に何が続いていくのだろうかという想像力であったように思う。
人間が共通して美しいと感じるものは存在しているはずであるという前提のもと、その旋律の探究を行ってきた過去を踏まえた上で、その後に私たちが追い求めるものは何だろうか。その問いすらもすべてが相対化したように見えて、細部にはまだまだ謎が潜んでいることには疑いがない。未知の領域の一端を覗く体験を得た。しかし文字にしてみたとしても、抜け落ちているものばかりを思い出してしまう。本当は何が鳴っていたのか、すべてわからない……。家に帰ってからまた水分を取って、誰かと話し、聴きに戻る準備をしなければならないだろう。
日時:
2023年
6月24日(土)18:30開場、19:00開演
6月25日(日)13:30開場、14:00開演会場:ロームシアター京都 ノースホール
料金:全席自由 一般2,500円、ユース(25歳以下)1,500円、18歳以下1,000円
出演・スタッフ
メインアーティスト・構成:日野浩志郎
コラボレーションアーティスト:古舘健、藤田正嘉、谷口かんな、前田剛史
音響:西川文章主催:ロームシアター京都(公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団)、京都市
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
劇場・音楽堂等活性化・ネットワーク強化事業(地域の中核劇場・音楽堂等活性化)
独立行政法人日本芸術文化振興会