大阪を拠点に活動するカメラマン・竹田俊吾さんが館長を務める「竹田写真館」。2012年の設立以来、「毎年撮る」ことをテーマに掲げ、玉造に構えた事務所兼スタジオで、街の写真館になるべく営業を続けている。
筆者も竹田さんと仕事をした経験があり、雑誌やWeb記事をはじめ彼の商業写真を目にする機会は多くあったが、実は写真館を営んでいることを知らなかった。その存在を知ったのは、2022年に開催された同館の「十周年展」だ。本展を訪れると、館内には10年間に撮影してきた900枚以上もの写真が並び、そこに映るお客さんの柔らかく楽しげな雰囲気からは、竹田さんとの関係性がうかがえるようだった。
「いつか竹田さんに撮影してほしいな」。そんなふうに思っていた筆者に、朗報が流れてきた。「写真館ごっこ」というイベントが開かれるらしい。竹田さん、もしくは竹田さんの3人の娘たちからカメラマンを指名し、体験版写真館撮影を行うというものだ。さらに、自身の子がカメラマンになって撮影する「写真館ごっこ」もできるという。娘にとってもいい経験になると思い、さっそく家族で参加することにした。
写真館へ到着すると、竹田さんと三姉妹の末っ子が出迎えてくれた。館内にはカメラと照明がセットされ、その前の撮影ブースには椅子が並んでいる。「本当は長女と次女もいる予定だったんですが、長女は部活、次女は体調を崩してしまって。結局2人になってしまいました」と竹田さん。そうして紹介された末っ子ちゃんは少し照れくさそうに挨拶をしてくれた。まず彼女に誘導してもらい、受付を済ます。
この企画はどのような経緯で開催するに至ったのだろうか。竹田さんに尋ねると、こう返ってきた。「写真館を知っていただくために、『ポラロイド写真館』という気軽に参加いただけるイベントを、開館当初から開催してきました。そのフィルムが残り僅かになり、次のイベントを考えていたところ、娘たちと企画したのが『写真館ごっこ』です。十周年展で開催したバーイベントのときに、3人とも飲み物を運んだり、お客さんの相手をしてくれたりと、いろいろ手伝ってくれて。その経験が楽しかったようで、またやりたいと言ってくれました」。子どもらしい字面がかわいいな、と眺めていたイベントのタイトル字は、末っ子ちゃんが書いたものだ。
「どうせなら、職業体験ではないですけど、全部子どもたちにやってもらおうと思っていたんです。フライヤーをつくって近所にポスティングしたり、会場も自分たちで装飾したり。実際は、当日まで何もやらずでしたが」と竹田さんは笑った。
竹田写真館でははじめてとなる撮影に、すこし緊張気味の筆者と家族たちだったが、竹田さんがそれを解すように楽しい話題を投げかけてくれる。そして、そんな竹田さんに応じるように、末っ子ちゃんも娘におもちゃを貸してくれたり、家族や学校での面白話をしてくれた。気づけばまるで親戚の家に遊びに来たような空気感。ゆるやかに流れる会話に乗るように、「そろそろ撮りましょうか」と竹田さんが言った。
まずは、末っ子ちゃんにカメラマンをお願いし、家族全員が並んだ写真を撮ってもらった。筆者の子どもは長女5歳、次女0歳。0歳児は笑顔はもちろん、カメラのあるほうへ顔を向けさせることも難しい。カメラを構える末っ子ちゃんの後ろで、視線がレンズに向くように、竹田さんがあの手この手であやす。そのふたりの姿が微笑ましく、私たちもつい笑みがこぼれる。そしてその一瞬を、末っ子ちゃんが連写でおさめてくれた。
次は、長女が撮影する番だ。我々夫婦と次女の3人を撮ってもらう。長女はスマートフォンで写真を撮ったことはあるが、そもそも一眼カメラ(今回使用した機材はミラーレス)に触ることははじめて。末っ子ちゃんが撮影する姿を見たことで、興味津々の様子だ。竹田さんに教わりながらファインダーを覗き、カメラを構える。筆者は少しでも次女に笑顔をつくろうと、あやしながらカメラのほうを向く。すると、長女が連写してくれた写真のなかに、奇跡的に笑顔の一枚が。
「普段の撮影では、毎回40分くらいお話しして、時間をかけて気持ちを解していくんです。でも、イベントはもっとスパンが早いので、それがなかなか難しい。一方で、今回は子どもたちがシャッターを切ることで、お客さんの緊張も解れやすかったかもしれませんね。さらに自身のお子さんがが撮って、よりよい表情を引き出せたんじゃないかな」と、竹田さんは実感を語ってくれた。
写真館ごっこを終えた頃、ちょうど雨が降っていたこともあり、すこし雨宿りをさせていただいた。写真館の隅にある書籍コーナーを眺めていると、末っ子ちゃんが「この写真集が面白くて好きなんだ」と一冊の本を渡してくれる。写真家・高橋宗正の『津波、写真、それから』という、東日本大震災による津波で流され被災した家族写真を、持ち主の手もとに返していく活動を記録した写真集だ。
これは、竹田さんが写真館をはじめたきっかけのひとつとなったプロジェクトでもある。震災直後、「写真は、カメラマンはなんの役に立つんだろう」と自問していた竹田さんは、津波に流された写真を拾い集める被災者の姿から、写真の意義や、それを表現する自分自身のあり方をとらえ直したという。子を持つ親となり、仕事への向き合い方も大きく変化しはじめた竹田さんが、自身の技術を誰かのために生かしたいと、震災の翌年につくったのが竹田写真館だった。彼女がなぜこの本に興味をもったのか理由は聞かなかったが、竹田さんの想いが伝わっているのかもしれない。街の写真館が、いつか家族で営む写真館になっていく、そう遠くない未来を想像してしまう。
雨が上がり、長い時間滞在していた写真館を後にした。帰り道、はじめて自分でシャッターを切った娘は、撮影した体験をちょっと得意げに語っていた。写真に想いを乗せることで、心に残る一枚になることを知ったのかもしれない。次女が大きくなったときには、長女が今日撮った写真を見せてあげようと思う。
「写真館ごっこ」は6月にも開催されるそうだ。竹田さん曰く、「今回の挑戦が娘たちも楽しかったみたいで、次回にも今から期待しています。今度はもう少し、自分たちでやってもらいますけどね」とのこと。次は竹田写真館の三姉妹揃った姿を見られるかもしれない。
写真館ごっこ
日程:2024年6月9日(日)
時間:11:00〜17:00
会場:竹田写真館
費用:1,000円〜
予約:15分1枠で予約優先制(webサイトの問合わせフォームより申込可)
竹田写真館
instagram:@takeda_photostudio
竹田写真館
大阪市天王寺区空堀町10-15 1F