
工芸の力を生かした建築材料「工芸建材」の魅力を体感できる1棟貸しの宿泊施設「TACTILE HOUSE OSAKA」が、2025年3月9日(日)、大阪府和泉市にオープンした。この宿は、同市に拠点を置く堀田カーペットと、奈良の老舗・中川政七商店が共同設立したTactile Material株式会社が運営。各地のメーカーや自社ブランド「TACTILE」のビジョンを感じ、工芸建材の美しさに身を委ねながら、触覚で空間の可能性を見出す体験を提供する。
本施設は元々、堀田カーペットが住空間要素とともに自社プロダクトに触れられる場「CARPETLIFE BASE」として構想してきたが、次第に「カーペットにとどまらず、空間全体を提案したい」と目標が拡張。そして、「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げ、工芸に根ざした生活雑貨の製造小売や工芸メーカーのコンサルティングなどを行ってきた中川政七商店もまた、インテリアや建材といったよりスケールの大きなものづくりが、工芸を支える重要な選択肢であると考えていた。そうした両者の想いが重なり合い、工芸建材に特化した新会社が誕生し、この「TACTILE HOUSE OSAKA」が始動した経緯がある。
堀田カーペットのメールマガジン「ひつじばこ」で試泊の案内をキャッチした筆者は、新たな試みを実際の空間で感じてみたいと、2024年11月22日(金)に訪れた。

大阪市内から車で1時間ほど。住宅街の一帯に、山の稜線を思わせる屋根と、赤土を塗り込めたような左官仕上げの外壁をもつTACTILE HOUSE OSAKAが姿を現した。1階はショールーム兼オフィス、2階は宿泊スペースだ。チェックインを済ませ、階段を上がって宿に入ると、洗練されながらも素朴な温度感のある空気を感じた。
この宿の設計を手がけたのは、MMA.incの工藤桃子。寝室2部屋、リビング、ダイニング、キッチン、バスルーム、トイレ、パントリーという構成となっており、“宿”でありながら、非日常ではなく、「住む」感覚を自然に促すデザインが特徴だ。
まずはリビングへ。高く抜けた天井のもと、長くゆったりとしたテーブルとソファが並び、空間は開放感に満ちていた。重厚なテーブルは、左官と柿渋で仕上げられており、味わい深い表情をしている。バルコニーとリビング奥の大きな窓からは自然光がたっぷりと差し込む。

ふと目をやると、光沢を放つ柱が目に留まった。つるりとした手触りのこの意匠柱は、福井・漆琳堂が手がけており「呂色(ろいろ)仕上げ」という技法が施されている。飾り棚や書棚、寝室の机にも異なる漆の技法が用いられており、素材がもつ表現の広がりを体感できる。


バルコニーに出る。床に敷かれていたのは、岐阜県のTAJIMI CUSTOM TILESが手がけた特注のタイルだ。設計を担当した工藤がデザインし、土づくりからともに開発したもので、湿式鋳込成形という製法を採用。焼成時の位置によって焼き色や質感が微妙に変わり、ひとつとして同じものはない。異なる焼き目や土の粒感が残るタイルからは、焼き菓子のようなかわいらしさを感じた。




また、玄関からバスルームに至るまで、堀田カーペットによるウールカーペットが敷き詰められた床も、やすらぎを覚えさせる。1962年の創業以来、同社が一貫してつくり続けてきたウールカーペットは、かつて一般住宅でも広く使われていたが、フローリングが主流となった現在は少しずつ影を潜めている。それでも、優れた断熱性や吸音性、思わずそのまま寝転びたくなってしまうような、柔らかく心地良い感触は、空間にぬくもりを演出する。筆者が部屋を見てまわるさなか、今回の試泊に同行していた娘たちも、廊下の書棚の前に自然と腰を下ろし、本のページをめくっていた。

日が暮れはじめた頃、バスルームへ向かった。そこで目を奪われたのは、錆色や黄土色の濃淡が複雑に交わる、表情豊かな石目をもつ洗面台。宮城の大蔵山スタジオが手がけた伊達冠石が使われているという。滑らかに磨かれた面と、あえて粗さを残した部分との対比が印象的で、素材そのものの存在感が、空気に静かな落ち着きを醸し出す。バスタブは、日ポリ化工株式会社による「SKUNA」だ。湯を張って身体を沈めると、丸みを帯びたフォルムが全身を包み込み、湯と身体が一体になるような感覚に、心も解かれていくような時間だった。
photo:Keisuke Ono photo:Keisuke Ono
そして、夕食はキッチンで。当初は外食を予定していたが、すっかり居心地良くなってしまい、室内で購入できる食品に、近くの店で買い足した食材も取り入れて、気負わず食卓を整えた。食器やカトラリー、調理器具が整い、機能的なパントリーや収納もある。やはり宿でありつつ「住む」を味わうための場所なのだと、使いながら実感した。食事を終え、娘たちは室内を行き来しながら、おにごっこやかくれんぼ、風船遊びなどに夢中になっていた。テレビもラジオもないのに、いつの間にか空間へ、我が家にいるかのようなリズムが生まれていた。
名残惜しさを胸にチェックアウトを済ませ、帰路についた。滞在を通して感じたのは、ただ快適だったという以上に、時間が丁寧に流れていたこと。素材のもつ存在感が、空間の過ごし方を少しずつ変えていく。宿というよりも「住まう」ように過ごすことで、工芸建材の良さがじわじわと伝わってくる。
TACTILE HOUSE OSAKAは、今後Tactile Material株式会社が展開する新たなプロジェクトの礎となる。自社ブランドとして工芸建材の開発を進めると同時に、工芸建材を扱う全国の企業との協業を模索し、卸売事業も推進。また、TACTILE HOUSE OSAKAに続くかたちで、各地に「TACTILE HOUSE」や「TACTILE HOTEL」などを展開し、触覚を通じた空間の価値を広げていく計画もあるという。
ここでの体験は、私たちが当たり前のように「見て」選んでいた建築や暮らし方に対し、「触れて」その質感を確かめるという新たな価値観を差し出してくれた。家に帰り、普段から愛用している堀田カーペットに触れると、TACTILE HOUSE OSAKAで過ごした時間の余韻がふっと蘇り、「これを選んでよかった」と思えた。次に住まいを見直す機会があれば、ここでの体験がきっと思い出されるだろう。

設計:MMA.inc
施工:西谷工務店
外構:GREENSPACE
スタイリング・家具デザイン:Essential Store
※宿泊・見学・施設レンタル予約が可能。詳細は公式Webサイトを参照