
阿倍野のグローサリーストア「FOOD ORCHESTRA」にて、食堂「SAN」が運営する万屋「THOUS(サウス)」のポップアップストアが、2025年1月31日(金)から2月8日(土)まで開催された。
このイベントを知ったきっかけは、FOOD ORCHESTRAの公式Instagramが、2025年1月19日(土)に発信した5周年のメッセージだった。店名に込められた“毎日のおいしいを奏でる”という想いや、ゼロからスタートした4年間の積み重ね。また5年目に入り、SANのオーナーである秋山卓史、岡野正太郎の協力のもと、「株式会社フードオーケストラ」として新たな体制に移行したこと。そして、その節目を記念した、THOUSにフィーチャーした今回のポップアップの開催。投稿を読みながら心が躍り、今後の展開について尋ねたいと、筆者は期間中にFOOD ORCHESTRA代表の大植あきこを訪ねた。
2021年にオンラインストアから始動し、現在は阿倍野に実店舗を構えるFOOD ORCHESTRA。厳選した食料品やグッズ販売を行いながら、料理をつくる音が響き、食事を楽しむ時間が自然に生まれる場を目指して活動している。一方、THOUSは2021年7月に秋山が桜川でスタートしたゼネラル・ストア。野菜や調味料、本や調理道具など幅広い暮らしの道具を揃え、それぞれに宿るつくり手の思想や食の豊かさを伝えることを大切にしてきた。
ともに5周年を迎えるこの機に協働に至った背景には、THOUSが入居していた建物の取り壊しが決まり、商品の届け方を模索するタイミングが訪れたこともあったそうだ。しかしかねて共通した志をもち、仲間として歩んできた両者。互いにこれからのビジョンを語り合うなかで、手を取り合う選択をしたことは、ごく自然な流れだったという。大植は「食品を届けるだけでなく、もっと料理の過程やその背景を伝えられたらと感じていました。SANやTHOUSを通し、食にまつわる営みへの視座を提示する秋山さんたちとなら、そうした機会を『一緒につくり出せるんじゃない?』と、タッグを組むことになったんです」と話す。

店内を覗くと、奥のスペースには、THOUSがセレクトした商品やオリジナルアイテムが並んでいた。壁面には料理人でもある秋山が、和歌山・白浜町で服づくりを行うMUYAとともに手がけた、プロダクトブランド「GOOD COOK TOOL」のエプロンが吊るされている。大きなマチ付きポケットやスリットの入った前裾は、使い勝手と動きやすさを兼ね備えたデザインとなっており、細部まで考え抜かれたディテールが目を引く。

ほかにも鹿児島の陶器ブランド「ONE KILN」のテーブルウェアや、フランスを中心としたヨーロッパの器など、いずれもつくり手の気配を感じられるものばかり。白いクロスが引かれたテーブルの上にレイアウトされた器や花器は、使われるシーンやそこに盛られる料理を想像させ、誰かがその場に腰を下ろし、日常のささやかな会話を交わすような情景を思わせた。単に道具を提案するのではなく、そこに流れる時間や生まれる関係性を思い描く空間づくりから、FOOD ORCHESTRAがこれから育もうとしている食と暮らしのあり方が感じられるようだった。
もともと大植は、オーストラリアやオランダでデザインを学び、2012年に夫の吉行良平とともにプロダクトレーベル「Oy(オイ)」を設立するなど、デザインを中心に活動してきた。しかし、出産を機に食や暮らしへの関心が深まり、現在の道へ。一見すると大きな方向転換のようだが、大植自身の根底にあるものは変わらないと言う。
「FOOD ORCHESTRAは、本当にゼロからのスタートだったんです。この人に会いたい、この人の商品を取り扱いたいと手を伸ばし続けるうちに、たくさんの素晴らしい職人さんや生産者の方々とのご縁が生まれました。この過程は、実はデザインの仕事にもよく似ていて。自分だけでなく人とつながり、互いの知恵や経験を交えながら、リサーチし、検証し、形にしていく。それを、お店として実践している感じです。それは私にとって自然なことで、デザインと食の線引きはほとんどないんです」
そして今、大植が見据えるのは、「食べる人」と「食材を育てる人」とのつながりを、より自然に、深く育んでいける場づくりだ。
FOOD ORCHESTRAが、大阪近郊で活動する有機農家の流通拠点をつくり、生産者と消費者が顔を合わせて言葉を交わす機会として仲間と継続的に開催している「オーガニック連売所」はもとより、今後は日々の食卓がより充実するよう、SANの参画により、料理教室やワークショップなど、“つくるプロセス”に焦点を当てた学びと体験の場も増やしていく予定だという。「気軽に、食に向き合う楽しさに触れてもらえたらと思っています。料理人とともに実演するイベントや、生産者の声を直接届ける場を通じて、“食べる”という行為が、料理をつくる喜びや人との対話へとつながっていくような体験を増やしていきたい」と大植は語る。
また、若い世代へのアプローチも重要なテーマのひとつだ。ひとりの食事を簡易に済ませてしまう、あるいは、美しくサーブされる料理やそれを味わう空間に惹かれつつも、自ら食材を選び、つくるということが日常的でないという人もいるだろう。今回のポップアップでは、そうした層にも食を身近に感じてもらいたいと、アットホームな佇まいで気軽に訪れられる「SANナイト」と題したフードイベントも開催し、これまでと異なる客層の来店に手応えを感じたという。

食材の背景にある物語や価値が使い手へ丁寧に伝わることで、食の循環が豊かに育まれていく。すべてにこだわりをもって食卓を整えるのは簡単ではないかもしれないが、FOOD ORCHESTRAがあることで、少なくとも筆者には、スーパーと使い分けて旬のひと品を取り入れてみるといった、新たな選択肢が生まれている。そうしたささやかな積み重ねが、食卓に向き合う時間を少しずつ増やし、自分なりの食のリズムや心地よい暮らし方を見つけるきっかけになっていると思う。

営業時間:11:00〜19:00
定休日:月曜
※オーガニック連売所は同店が会場となり、毎週火曜10:00〜13:00に開催
大阪市阿倍野区阿倍野元町8-5