北加賀屋の静かな街並みの一角にあるモリムラ@ミュージアム(以下、M@M)。絵画の登場人物や著名人などに扮したセルフポートレート手法による写真作品で広く知られる美術家・森村泰昌による個人美術館だ。その開館5周年記念展を訪れた。2018年の開館以来、年間2本程度のペースで企画展を開催し、本展が第9回目となる。
元家具工場という建物の1階エントランスには、レトロな天井照明にピンクのライトが灯り、ショーケースにはブルーのネオンサインの「5」が光る。デイヴ・ブルーベック・カルテットのジャズナンバーにもちなむ「TAKE 5」という展覧会タイトルの醸し出す雰囲気のなか、2階の会場へ向かう。本展は、過去5年間の各企画展の出品作品から森村自ら厳選した21作品を中心に、これまでに公開された映像作品や記録映像全10本の上映、アーカイブ展示などで構成されている。展示では、テキストとともに各展の内容も振り返ることができる。
まず目に留まったのは、森村が顔面を真っ赤に塗りこめ、口を開けた舌まで赤い胸像に扮した《肖像(赤Ⅰ)》(1986年/開館記念展より)。彫刻家オーギュスト・ロダンのブロンズ像《叫び》に倣った本作は、森村がセルフポートレートによる制作スタイルをはじめた当初の作品だ。画面からは、赤の鮮烈さも相まって、アーティスト本人の身体の生々しさが滲み出ていて、そうした身体性、パフォーマンス性に「なにものかになる」という作品づくりの原点を見る想いがする。また、同じく80年代に制作された、テーブル上で食器などを構成したモノクロ写真作品との対比も印象的だ。
この5年間における社会状況の変化に素早く反応した企画展もある。2020年の第4回展「北加賀屋の美術館によってマスクをつけられたモナリザ、さえも」からは、モナリザをテーマにしたセルフポートレート作品の口元を、白いマスクのイメージで覆った3連作《マスクをつけられたモナリザ1~3》(1998/2020年)が出品。当時、緊急事態宣言による臨時休館を経た会期中には、作品が2メートルのソーシャル・ディスタンスを保って展示されたという。マスクをつけられたモナリザ像とマスクに印字されたメッセージ、そして企画展タイトルは、コロナ禍がもたらしたインパクトの大きさ、そして当時の社会の空気や私たちの気分を、今でもまざまざと思い起こさせる。
また、2022年の第7回展は、同年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻勃発を受けて、5月初旬より開催。第6回展終了後、1週間足らずで準備されたという。その出品作《独裁者を笑え―プロパガンダ01》(2010/2022年)はプロパガンダ・ポスター風の仕上がりで、ヒトラーを批判した映画『独裁者』から、チャップリン演じる独裁者と思しき人物が拳を振り上げ演説をする一場面が再現されている。動物姿の聴衆に向かい、「笑」紋章の帽子をかぶって目をむいた森村扮する独裁者の姿は滑稽そのものだが、現に今も続く軍事侵攻を思うとき、笑いと風刺によるメッセージが痛烈に胸に突き刺さる。
これまでの企画展をダイジェストで振り返るだけでも、深くバラエティに富んだテーマと、その都度ここでしか見られない貴重な作品展示だったことが伝わってくる。なかでも、社会情勢と直接的にリンクした企画展は、同時代を生きるアーティストの反応やものの見方に作品を通じて触れ、鑑賞者自らがこの世界について考えを巡らすことのできる場として、とても重要なのではないかと感じた。通常の美術館では実現しづらい企画も試みる「美術館の実験室」をモットーにする当館ならではの取り組みといえる。
本展では、「Mphoto」と呼ばれる森村撮影のプライベートフォト50点の展示も見ることができた。M@Mの友の会である「もりみん」の会員宛に、毎月メール配信されてきたもの。森村が日々の生活のなかで目にした風景や出来事が、自由に、ユーモラスに切り取られていて、その日常を垣間見るような、まさに秘蔵写真だ。そこには、日常と地続きにある作品制作風景も映り込み、見れば見るほど興味は尽きない。写真は2019年7月からはじまり2023年8月末で50点となっていて、M@Mの軌跡とも重なり合い、同ミュージアムの5年間もこうした日々の積み重ねで成り立ってきたことを、あらためて実感する。
美術家・森村泰昌の広く厚みのある作品世界を堪能するとともに、森村とスタッフたちがこのミュージアムに注ぎ込む熱量を存分に感じることのできる5周年記念展。今後もこの場所でどのような「実験」が繰り広げられていくのか、ますます楽しみで目が離せない。
会期:2023年10月27日(金)~2024年3月31日(日)
※金・土・日曜、祝日開館
会場:モリムラ@ミュージアム
時間:12:00~18:00(17:30最終受付)