2023年3月24日(金)から4月22日(土)にかけ「金時鐘詩篇の風景—共生の町、藤本巧写真展」と題した展覧会が、大阪韓国文化院ミリネギャラリーにて開催された。大阪韓国文化院は、中崎町の駐日本国大韓民国大使館の建物内にあり、韓国文化を発信する場としてギャラリーが併設されている。
藤本巧は、金時鐘の1978年に出版された詩集『猪飼野詩集』に触発され、1985年から大阪市生野区猪飼野(旧町名)の風景を撮りはじめたという。古来、渡来人が百済からやってきた地である「猪飼野」は、在日コリアンにとって特別な意味をもつ土地である。大正期、また戦後、済州島四・三事件以降には朝鮮からの移住者も増加し、この場所で在日コリアンの人々はずっと生きてきた。今はその中心付近が大阪コリアタウンと呼ばれ、藤本は1980年代から現在に至るまでこの地の定点取材を重ねた。本展で特徴的な試みは、そのうち2011年と2022年の写真群を並置したところに見られる。それらは各時代のまちなみを対比させ、その変化をうかがわせる。『猪飼野詩集』で描かれるような在日コリアンたちの暮らしや、戦後の闇市に端を発する市場のにぎわい、生活の匂い、人の少ない暗い川べりなどの風景、そして時を経て、たくさんの人が行き交う現在までの時間軸が写し出されている。
この2023年4月には大阪コリアタウン歴史資料館が誕生し、金時鐘による詩碑、「共生の碑」が建てられた。
人が住みついた当初から
猪飼野は居ながらにして迷路であった。
あぶくをまたいで橋が延び
対岸を見すえて街が切れていた。
そこではその地の習わしすらも
持ちきたったくにでの遺習に追いやられ
日本語ともつかぬ日本語が声高に幅を利かせて
通りにまで異様な臭気をはびこらせ
得体の知れない食べ物が
おおっぴらにまかなわれてにぎにぎしかった。
風紋もよじれず 蟹も這わず
澱んでも運河は下水を集めて川であり
異郷でくすんでゆく
年古りた家郷の実在であった。
どこでどう河口が出会う海なのかは誰も知らず
けんめいに集落が水路のへりでひしめいていたのだ。文化とやらはもともと独自なものだ。
三度のめしも欠かせぬおしんこも
はては祭祀のしきたりまでも
在所でなじんだ風俗がそのまま
遠い日本でのゆるがぬ基準になっていて
生きるよすがの意地のように
在日の先代たちはこだわって生きた。
そのかたくなな執着が
物言わぬ生理の言語ともなって受け継がれ
代を継いだ世代たちの
心の奥の語りともなって今に至った。
意固地なまでの在日の伝承があったればこそ
焼き肉もキムチも誰もが好む
日本じゅうの豊かな食べ物に成りもした。周りはみながみな
つっけんどんなチョウセンジン。
そのただ中で店を張り
共に耐えて暮らしを分かち
いよいよコリアタウンの日本人とはなった
いとしい「隣りの従兄弟」たち。
やはり流れは広がる海に至るものだ。
日本の果てのコリアンの町に
列をなして訪れる日本の若者たちがいる。
小さい流れも合わさっていけば本流さ。
文化を持ち寄る人人の道が
今に大きく拓かれてくる。二〇二二年四月九日
老生風人 金時鐘
(「共生の碑」より)
藤本の写真は、『猪飼野詩集』の世界を、同時代的に体験できなかった我々に静かに伝えるだけではなく、現代へ、そして未来へとひらかれていく「猪飼野」をもカメラにとらえる。2023年7月には、大阪コリアタウンに隣接する御幸森小学校跡地にいくのパーク(いくのコーライブズパーク)が誕生した。いくのパークの入り口では、ヤン・ジョンフンの写真展「済州海女」が大きなパネルで展開されている。朝鮮半島、そして、金時鐘の出身でもある済州島の在日コリアンの文化が継承される場所として、多文化共生を新たに育む場所として、多様なルーツを持つ人々の拠点となっていくことだろう。
日時:2023年3月24日(金)~4月22日(土)10:00〜18:00
※4月26日(水)~5月20日(土)にアンコール開催会場:大阪韓国文化院ミリネギャラリー
主催:駐大阪韓国文化院