デザイナーの柳原照弘が主宰する「TERUHIRO YANAGIHARA STUDIO(以下、TYS)」のスタジオ兼ギャラリーとして、「VAGUE(ヴァーグ) KOBE」が、2023年10月に神戸市の旧外国人居住地にオープンした。2021年にフランスのアルルに開設した、VAGUE ARLESに続く2つ目の拠点だ。
柳原は2002年に自身のスタジオを設立。「デザインする状況をデザインする」という思想のもと、インテリアやテキスタイルデザイン、アートディレクションなど幅広い領域で活動している。2016年には本町の丼池繊維会館にショップ兼・ギャラリースペース「/ MAISON」をオープンし、柳原のキュレーションによる企画を展開。日本ではあまり目の当たりにすることのないアーティストやデザイナーのインスタレーションも多く、筆者も足繁く通いながら、新しいクリエイションとの出会いにいつも心踊らせていた。その後、/ MAISONは2018年に休止するが、以降も国内外のデザイナーを迎え、シリーズごとにコレクションを発表する「1616 / arita japan」をはじめ、デンマークのテキスタイルメーカー「クヴァドラ」やスウェーデンの家具メーカー「オフェクト」とのプロジェクトなど、国の境界を超えたクリエイションを手がけてきた。現在まで国内外で活躍する新たなスタッフも増え、活動名をTERUHIRO YANAGIHARA STUDIOとし、チームで取り組む体制を柔軟に派生させている。
VAGUE KOBEは、そんなTYSのものづくりにおける思想やプロセスを表現・発信する場だ。1938年に竣工した、歴史あるチャータードビルの一部を改装したVAGUE KOBE。3階にアトリエ、4階にギャラリーとショップ、カフェを構成している。
ビルに足を踏み入れてまず感じるのは、TYSがブランドとして手がけるフレグランス「LICHEN(ライケン)」が空間を包んでいる点だ。香りのデザインはアーティストの和泉侃が担当した。”LICHEN”とは、地表や樹木に着生し共生していく地衣類の意。香草や樹液など異なるテクスチャーを重ねた奥行きのある香りは、嗅覚にアプローチするとともに、視覚や聴覚などすべての感覚と共鳴する。そうしてひらかれた知覚のレイヤーは、私たちの本能の奥底に語りかけるように、空間そのものを体感する深度を高めてくれる。
ギャラリーには、TYSと親交のある、国内外のアーティストによる作品が展示され、プロムナード式の空間を巡りながら鑑賞できるようになっている。壁面は左官職人の斎藤新人氏との協業。部屋の広さや形状、光の入り方にあわせて仕様が細やかに調整され、空間ごとに体験の質が変化する。こうした内装の意図について、VAGUEマネージャーの藤田季沙氏に伺うと、「世の中に情報が溢れるなかで、フィジカルな体験ができる場をつくりたいという想いのもと、VAGUEは生まれました。訪れた人に、ここで出合う作品や関わる人、空間の豊かさを全身で感じていただく。そんな場づくりを大切にしています」と語ってくれた。
フランス語で”波”という意味を持つVAGUEは、TYSの理念を表現する場、そして実験的なアイデアを試すラボとして、クリエイティブのコミュニティをゆるやかに広げ、日本と世界をつないでいく。その方針の背景には、アルルに拠点を構えた際、アートのキュレーションをするスタッフを中心にクリエイターが集い、人との出会いや協働の喜び、楽しさを見出していった経験がある。それは、TYSのスタッフにとって、自らの感性が豊かになることを感じた手応えなのだろう。藤田氏は言う。「自分たちになかった発想やアイデアを育んでくれるのがアートです。VAGUE KOBEでは、柳原やTYSと交流関係のあるクリエイターの思想や仕事、感銘を受けたアート作品、プロダクトを発信しながら、訪れる人とのつなががりを育む企画を考えています」
VAGUE KOBEのグランドオープニングでは、2023年10月8日(日)から 11月27日(月)まで、スウェーデンを代表する陶芸家、ガラスデザイナーのインゲヤード・ローマンの展示企画が行われた。「そのものが使われて初めて自分のデザインが完成される」という考えのもと生まれた作品は、機能性と美しさを兼ね備えたデザインで、私たちの暮らしに寄り添う。柳原が仕事をはじめて間もない20代の頃に出会った、最も影響を受けたデザイナーであり友人のひとりであるインゲヤードの展示は、柳原のデザインの根源に触れる機会ともなった。
また、食も重要なデザインだと考えるTYSの新たな活動も動き出した。国内外のリサーチを通し、世界各国の生産者や食材、シェフとつながり、これまでにない視点で食とデザインを思考する「FOOD CLUB」だ。初回は、オーストラリア・メルボルンで活動するシェフ・ベイカーの野田雅子を招いた一夜限りのイベントを開催。彼女がメルボルン滞在中に得たインスピレーションをタルティーヌとドーナツで表現した。
これらを皮切りに、以降も美術家の堀尾貞治や、ドイツ・ミュンヘン発のジュエリーブランド「SASKIA DIEZ(サスキア ディッツ)」、オランダのアーティストであるルース・ファン・ビークの展示企画や、フランス・アルザス=ロレーヌ地方でナチュラルワインを作る生産者ヴァネッサ・ルトールによるワインのイベントなど、多様な企画が次々と開催されている。クライアントワークだけでなく、歴史や文化、そこに関わる人と真摯に向き合い、そしてその熱量に共鳴するクリエイターとの信頼関係を築いてきたTYSだからこその展開と言えるだろう。
次回は、5月11日(土)から7月29日(月)まで、フランス南部アヴィニョンにある私設美術館コレクション・ランベールと協力し、同コレクションのチーフ・キュレーターにより選出されたエドガー・サランの個展を開催する。新たな試みとして、エルガーが神戸に滞在し、VAGUE KOBEに馴染みのある木材や石材などのマテリアルを用いた制作も行われるという。
日本のみならず世界各地でプロジェクトを進行するTYS。彼らの活動の広がりと呼応しながら、VAGUE KOBEにも人々が集い、ゆるやかにつながりながら、新たなクリエイションが生まれていく。今後もここで、自身の感性を揺さぶられるような発見に出会っていきたい。
営業時間:12:00〜18:00
定休日:火〜木曜
instagram:@vague_kobe
VAGUE KOBE
兵庫県神戸市中央区海岸通9-2