九条の一角、ビルの間に鎮座し、別世界のような存在感を醸し出すギャラリー・apinaは、2016年11月にオープン。2023年で7年目を迎えた。Instagramの最初の投稿を遡ると、オープンに向けてリノベーションされる前の様子(小さな朽ちかけた家屋)が投稿されている。鬱蒼と草木の生い茂る佇まいが、温もりある穏やかな空間へ様変わりするとは見事なものだ。お菓子やアクセサリー・雑貨、作家の作品展を行ってきた、愛らしく小さな箱庭のような空間は、日常にささやかな癒しのひとときをもたらしてくれる。下町情緒が漂う通りを行き来しながら、ひょっこりと顔を覗かせるapinaを前に抱くのは、いつもそうした優しい印象だ。
そんなapinaで、なんとも目を惹く展覧会が開催されていた。「新未来天気予報の着想」という不思議な響きのタイトルで、お菓子と短歌の展示。これまで食にまつわるイベントに参加し、お菓子の提供や料理教室を行ってきたHitsuji-Do調理師の朝田直子さんと、2022年に第2回「ナナロク社 あたらしい歌集選考会(岡野大嗣 選)」にて第一歌集の刊行が決まった歌人の多賀盛剛さんによる二人展だ。
実は2019年にも、朝田さんと多賀さんは、詩人の櫻井周太さんを交え、詩と短歌とお菓子の展覧会「けむり と くも」を行ったことがあった。コロナ禍が落ち着きを見せた頃、apinaオーナーと朝田さんとの間で展示構想のやりとりがあり、多賀さんに声をかけたところ、第一歌集『幸せな日々』(ナナロク社、2023年)発刊のタイミングと重なった。それが契機となり、今回、短歌の世界観を体感できるような空間が生み出されたという。
apinaを訪れると、外壁に設置された小屋のような形をした小窓に、『幸せな日々』が置かれていた。玄関先の小さな階段を数歩上がれば、すぐに柔らかな空気感の漂うギャラリースペースに誘われる。
展示は、空間の両側に配されたテーブルと壁面で構成され、花瓶や時計、鏡、グラスや瓶、バケツなど身のまわりにある日用品、写真などが並べられていた。そのいずれにも多賀さんによる短歌が手書きされ、テーブルの片側には、日用品と呼応して一つひとつにお菓子が添えられている。短歌から受けたインスピレーションを、朝田さんが表現したものだ。
短歌は多賀さんご本人の手で丁寧に書かれている。それも少し風変わりで、すべてひらがなのみで構成された口語自由律。多賀さんならではの文体(スタイル)だ。聞くと、水色のペンで書かれた歌は『幸せな日々』に収められたもので、銀色のペンで書かれた歌は出版後の新作なのだとか。お菓子が添えられたエリアは前者が、そのほかのエリアは後者が多い印象だ。
第一歌集の冒頭は、「からだから、ほしまでぜんぶ、なんにもなくて、ぽかんてしてて、ほしがみえた、よるにみたほしが、よるにみたことと、ほしをみたこととわかちがたくて、からだがあった、」という短歌からはじまる。多賀さんが描く短歌の世界観は、神の所業と人間のあいだで起こる出来事、そして、そこにきらめく生命の営みを感じさせる。それが実際の日用品に溶け込むとき、軽やかなひらがなによる文体が、重力をもった言葉になる。鑑賞者はモノと口語調の言葉の連関から、まるで自分自身に短歌を読み聞かせる独白めいた、新たな読書体験をする。また、朝田さんが短歌からイメージしてつくったお菓子は、実はどれも難しい漢字の名前であることも、ちょっとした展示のなかの対比として面白い。展示体験に引っ張られて、食後は味覚のなかにも言葉を感じてしまいそうだ。
なお、お菓子を購入すると、そのインスピレーションのもととなった短歌も短冊で付いてきた。筆者が伺ったときは、多賀さんご本人が在廊していらっしゃり、お買い上げ袋に好きな歌を書いてもらうことができた。選んだものは次のとおりだ。
いつか、にんげんが
みんないっしょに
ねてしまって、だれにもおこして
もらえへんかった、多賀盛剛著『幸せな日々』(ナナロク社)p.118より
新未来天気予報の着想
会期:2023年9月22日(金)〜 10月1日(日)
会場:apina
出展作家:朝田直子、多賀盛剛