コロナ禍の日々のモヤモヤ、覚えてる? 高校3年目のクライマックスである体育大会、部活最後の演奏会が新型コロナの流行で中止になった。やり場のない喪失感、そして気持ちの切り替えがつかないまま受験勉強。もし私がコロナに罹って、クラスターのはじまりになってしまったら。そう考えると何もできない……。
そんな僕ら普通の人らが感じていたことこそ、大事なんじゃない?と問うのが、この大阪大学の「オーラルヒストリー演習」から生まれたプロジェクトと書籍『コロナ禍の声を聞く』。市井の人らのモヤモヤをそのまま受け止めて、書き残す。緊急事態宣言の発令、有識者会議会長尾身さん(2023年8月退任)の発言、のような新聞に載る出来事の羅列ではない、「複雑な僕ら/私たち」をそのまま記す営み。この集大成として出版された書籍の参加型朗読会「Replay: 『コロナ禍の声を聞く』をよむ」に参加した。
書籍『コロナ禍の声を聞く』(大阪大学出版会、2023年)は、コロナ・パンデミックの幕開けから2022年までの、コロナ禍を生きる市井の人々の記憶や経験を聞き取り記録した「オーラルヒストリー」である。大阪大学の学生たちが、大学の演習授業での実践をもとに、留学生を含む学生、その家族や大学教員など、大学関係者を中心に、身のまわりの人々の語りを収録した。
そんな一冊をテキストに行われた参加型朗読会は、大阪の庄内、ディープな商店街と迷路のような路地を抜けた先の会場、書店「犬と街灯」で行われた。会をはじめるにあたり、感想を共有し合うのは歓迎だが、ここは批判やジャッジをしないSafe Spaceとすることを確認し、“Replay”を開始した。各人に配られた、書籍に収録されたエピソードの書き抜き。これを参加者が一編ずつ読み上げることからスタートした。
最初の朗読に手を挙げた筆者は、口語のままのコロナ禍体験談テキストを前にして、若干の恥じらいを感じつつ、感情を表現して読もうか、淡々と読み上げようか、など迷いながら訥々と言葉を発しはじめた。テキストは、インタビュイーの大学生女子がコテコテの関西弁で、当時の行ったり来たりの戸惑いを語るものだった。その後も、参加者で順にコロナ禍当時の複雑な想いを読み上げていく。たとえば、高校3年のとき、気になっていたクラスメイトがいて、想いを募らせ続け遂に告白しようとしたタイミングで、コロナ禍による休校。結局その子とクラスが別になって、そのまま会う機会がなくなり卒業した、という甘酸っぱい思い出。また、コロナ禍初期にSNSで、頻繁に外出している友人の投稿を見て複雑な想いを溜め込んでいた、心の葛藤。「本当に仲の良い友達には感染リスクを抑えて安全に暮らしてほしい」、そんな一心でDMを送ったときの想い。プロジェクトメンバーが聞き留めてきた「コロナ禍の声」をさまざまな世代の参加者とプロジェクトメンバー、本書籍の編集者や担当教授などみんなで順に読み上げていく。
読み上げた後、参加者同士で感想を共有し合った。「えっと」など、語り手の口癖や間の取り方が自分と違うから変な感じがしただとか、読み上げると語り手のモヤモヤが読み手の自分に乗り移ってくる気がしたなど、 “Replay” として読むことによる発見があった。加えて、「このテキストの時期、何してたかな」と言って、参加者一同スマホで当時の写真を見返したり、「マスク生活のときは安いリップしか塗ってなかったな」と言って化粧事情を振り返ったり、今日その場所ではじめて会った人も含め、温かい交わりの時間をもった。
忘れかけていたコロナ禍の「微妙な感情」を思い出し、その感情も大切なものとして肯定し合う、そんな温かい眼差しを普段もてていただろうか。SNSなど情報源の多極化が生む複数の “Truth” と “Fake” のなかで、「正しさ」が取り沙汰されるこの時代、自分は「正しさ」で割り切れない僕ら/私たち人間の揺らぎにちゃんと向き合えていなかった。プロジェクトメンバーが聞き、書き記したテキストを前にそう気づかされた。そして、この本と“Replay” に通底して感じられる温かさは、プロジェクトメンバーの人柄と、一見受動的だが創造的な「聴く」営為(参考:鷲田清一著『「聴く」ことの力—臨床哲学試論』[ちくま学芸文庫、1999年]) への真摯な姿勢から滲み出たものだと感じた。複雑な人間の想いをそのまま受け取り、書き残す。彼らの紡ぐオーラルヒストリーは、冷たい時系列の歴史に、人間の温度を呼び戻していく力を持っている。そう感じた。
『コロナ禍の声を聞く―大学生とオーラルヒストリーの出会い』(大阪大学出版会、2023年)
コロナ・パンデミックの幕開けから2022年に至るまでの大学関係者を中心とした市井の人々のオーラルヒストリー。
出版年月 2023年11月
ISBN 978-4-87259-646-5 C1336
判型・頁数 四六判・254頁
定価 本体2,000円(税込2,200円)
Replay: 『コロナ禍の声を聞く』をよむ
日時:2024年2月11日(日)14:00〜
会場:犬と街灯
料金:500円