高槻芸術時間「インタールード」の一環で行われた、梅田哲也のツアー型展覧会《9月0才》を体験したとき、建築の看取りのことを考えていた。経年劣化や耐震構造の不足、設備の老朽化などによって、どれだけ馴染みのある建物でも、やむをえず役目を終わらせなければならない場合がある。そこで行われたさまざまな出来事の記憶とともに封印され、やがて取り壊される際には、それら沈殿した記憶もろとも無に帰すだろう。今回の会場となった約60年の歴史を持つ高槻現代劇場市民会館も2022年7月に閉館し、その機能をすぐ隣に建設されている高槻城公園芸術文化劇場(2023年3月オープン予定)に引き継ぐ予定だという。その小休止の間、まさにインタールード(幕間)に開催されたのが本事業だ。
看取り、という印象は、この建物がまだ(事務所機能などで)使われている、かろうじて生きている建築であった点に因るかもしれない。参加者たちは、この最期の時間の立ち会いに招かれた客だった。各回10名程度の参加者には、地元の人とおぼしき親子連れや年配の方も少なくなかったようである。ガイドに案内されながら市民会館のあちこちを連れ立って歩く参加者たちは、さながらひとつの“パーティ(仲間)”で、「ここで成人式したね」といったような、ぽつりぽつり聞こえる懐かしみの声が経験の共有を与えてくれるので、この建物に縁のない私たちもまた、看取りの当事者としてそこに連なっていた。
施設内のホール、リハーサル室、会議室、式場、宴会場、控室、食堂などをめぐるうちに、非日常めいた仕掛け(照明、音、声、装置、配置、演者……)に遭遇していく。梅田作品の構成要素としておなじみのそれらだが、同じパーティに参加していたOさんによれば今作では抑えめに用いられていたようだ(筆者は未見のものだが、《0才》などの梅田の過去の類似作との比較だという)。それであれば、必要十分な介入に留めてある仕掛けはあくまでも引き立て役であり、主役はこの建物自体と見るべきだろうか。
たとえば、緑色のワンピースを着た女性の演者がたどたどしくメヌエットを奏でるピアノの発表会のような場面では、演奏に合わせて小花を模した天井照明が順に点灯していくことで、その意匠の愛らしさに気づかされることになる。備え付けのミラーボールを椅子が囲む式場や、回転照明の光の明滅が金襴屏風を照らす宴会場は、往時の祝賀のひとときを偲ばせて、都市の成長期に結婚式場としての役割を担った市民会館の独特の姿を伝えている。梅田の介入によってしつらえられた仕掛けは、その場に沈着している隠れた記憶たちの気配を具現化したかのようである。
案内してくれるガイドや演者には話しかけてはいけない、というルールが最初に伝えられていた。彼らは、まるでゲームのなかのNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)のようなノンヒューマンな存在感で場を異化しており、装置などと同様にオブジェクトとしての性格を有していた。ここでも、演者という存在が場を背景にしてしまわないよう、過度な主張を避ける注意が払われている。
しかしながら、ガイドたちはそうした抑制された印象を与えつつも、実際には、20分おきに出発する各パーティの距離の具合を測りながら、適切なタイミングで案内を行っていたようだ。その綿密な動線によって空間と時間は立体的に交差し、ツアー体験そのものがコンポーズされていく様は「展覧会」や「演劇」といった定義には収まりきらない、ある種の形式美を備えていたように思う。
それが最大限に発揮されたのは、出発の時間差を利用し、ホールでふたつのパーティを邂逅させる演出だった。一方はツアーの始まりに客席から、もう片方はその道行きの終わりに舞台上にて、空っぽの1,500席の大ホールで両者が出会う印象的なシーンだ。なるほど、カーテンコールの幕が開けば、場に合わせてそれぞれ拍手/礼といった身振りが自ずと引き出されるのだから不思議である。ここで反復されてきた行為の記憶がそうさせたのだろうか。
先行く彼らを客席から見た私たちも、さまざまな場をめぐる旅路の果てに、舞台の上で拍手を贈られながら同じように退いていくことになる。ちょうど人生の看取りの関係――順番に送り/送られていく関係の縮図のように。その反復こそが、共同体を築いてきたものだろう。繰り返される拍手/礼。それは、新しい劇場へその役目を受け渡していく古いホールに向けられた、餞の賛辞だったのかもしれない。こんな看取りがいいよな。うらやましいような充実感が、胸に広がっていた。
はがみちこ / Michiko Haga
アート・メディエーター。1985年岡山県生まれ。2011年京都大学大学院修士課程修了(人間・環境学)。『美術手帖』第16回芸術評論募集にて「『二人の耕平』における愛」が佳作入選。主な企画・コーディネーションとして「THE BOX OF MEMORY-Yukio Fujimoto」(kumagusuku、2015)、「國府理「水中エンジン」再制作プロジェクト」(2017〜)、菅かおる個展「光と海」(長性院、Gallery PARC、2019)など。京都市立芸術大学芸術資源研究センター非常勤研究員。浄土複合ライティング・スクール講師。
高槻城公園芸術文化劇場開館記念プレイベント
高槻芸術時間「インタールード」梅田哲也《9月0才》
会期:2022年9月17日(土)~25日(日)
会場:高槻現代劇場 市民会館
作家:梅田哲也主催:高槻市、公益財団法人高槻市文化スポーツ振興事業団
共催:京都芸術大学
企画:京都芸術大学アートプロデュース学科
アーティスティック・ディレクター:山城大督(京都芸術大学)