本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2022.12.06
#千鳥文化#大島賛都#野原万里絵#ART#What's up?

What's up?|最近どうですか?
第19回:野原万里絵さん(アーティスト)

文: 大島賛都[キュレーター/アーツサポート関西] / 編集: 永江大[MUESUM]

「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。「どうしてるかな~」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスをもって、近況が気になるあの人に声をかけていく本企画。第19回は、大阪・北加賀屋の共同スタジオ、Super Studio Kitakagaya(以下、SSK)を拠点に活動する、アーティストの野原万里絵さんです。

今回、野原さんの作品を長年見てきたキュレーター・大島賛都さんが聞き手となって、普段の制作や千鳥文化で開催したドローイング展「雑景のパターン」(展示は2022年10月23日[日]に終了)についてなど伺いました。

やっぱり絵を描いている人にしかわからない感覚

――こんにちは。さっそくですが、「最近どうですか?」

野原:普段はずっと、ひとりでスタジオに引きこもっていて。SSKに入ってからは、毎年この時期にオープンスタジオが行われるので、最近は結構人に会っていますね。ちょうど、近所の千鳥文化で個展も開催しているので、作品の制作よりも、人と会って話をしている時間がかなり多い感じというか。

――近年、アーティストが自分たちの共同アトリエなどを公開して、お客さんに見に来てもらうオープンスタジオが増えているように思います。野原さんは、オープンスタジオをどうとらえています?

野原:私たちの活動の中心である展覧会にいらっしゃる方は、ある程度アートを見慣れている方がほとんど。でも、オープンスタジオに来られる方は、この部屋にあるものを見て、いきなり「これはいったい何?」とか聞いてきます。それがものすごく新鮮で。本質的に的を得てるなぁと思うことが結構ありますね。

――美術館では、その場の声を拾ったり、その場で意見を聞いたりというのはあまりないですよね。

野原:最近、作品のモチーフとしてよく石を描いているんですけど、オープンスタジオでは、自分が集めてきた石について、石好きの人と語り合うこともあるんです。私の場合、青森で石を集めているのですが、「これは和歌山でこっちは高知」とか、「いや、この石は青森にはないです」とか。むこうも、ここに来たらより深い石の話ができるから、楽しみにしているという感じで(笑)。

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2020年の青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)「アーティスト・イン・レジデンス2020」参加を機に、石拾いをした七里長浜
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拾ってきた石を並べつつ制作。国際芸術センター青森(ACAC)の作業場にて

――それって、部外者にはほとんど理解が及ばない話(笑)。そもそも石は、その美しさに惹かれて描いている?

野原:私にとって石は、自分で拾いに行くことが重要で、その日限りの一期一会的なものでもあって。だから、他人が持ってきてくれた石は描かないんです。「自分で足を運んで、何年かかけて見つけたもの」というのがひとつ重要なこととしてあって、それは守ってるんです。

――一期一会。面白いですね。

野原:石は自分でこの模様になりたくてなったわけじゃないじゃないですか。外的要因で転がってできた模様が絵のようになっている。自己顕示欲的なものがなくて、いろんな偶然が重なって必然となり、「そう」なっている。それを私が拾っている、という意味が、私が描く意味であるように感じます。そこに時間も詰まっているし、色も詰まってる。石にはそういう魅力があるなと。

――今、千鳥文化でドローイングの展覧会「雑景のパターン」が開催されていますけど、そちらにも石のことを描いた作品がありますね。展覧会を拝見して、ドローイングの描き方がとても特徴的だと思いました。細かな線が縦方向や横方向に集積してパターンやリズムとなり、画面全体を埋めていくような感じ。でも、作品を見て一番強く感じたことは、描いているときの野原さんの意識のありようみたいなもので、集中した感覚が一気にアウトプットされたものなのではないかと。

野原:そうですね。基本的に、日をまたがずに集中して一気に描き上げます。私にしかわからないと思うのですが、一晩寝ることによって描いた部分の「手ぐせ」が変わってしまうようなところがあって。描いているのは、自然の風景のほかにも、日常のなかで起こる人間関係の距離感とかだったりもする。自分のなかで、それを処理していくみたいな感覚です。あとは、聞こえてくる音をどういうふうに形としてとらえられるかとか。匂いとかも。生活のなかで感じたものをパターンでとらえ、どういうふうに自分の絵となるか。そのいろいろな種類を線描するっていうのが、「雑景のパターン」でやっていることで、だから何か目的に向けて描いているわけではないんです。

――頭で意識的にコントロールしているものじゃなくて、何か自然と自分の体のなかから出てくるリズムに、すべてをゆだねる感覚というか。

野原:やっぱり絵を描くっていうのは、もちろん頭で描いている部分もありますけど、最後は身体的な問題かなと思います。どんな筆圧でペンを握って、それを何時間、同じテンションで線を引けるかっていうことを、ある程度コントロールして描く、といった問題です。頑張って描くしんどさが、大きい作品になればなるほど出てくるわけですけど、やっぱり出来上がると、見る人にそれがすごく伝わるなとも思います。見た人から「脳がスーッとしてきた」って言われることもあるんですけど、最後までトランス状態みたいに描く、というか。

――いわゆるゾーンに入っているみたいな感じ?

野原:そうですね。自分でもそうなっているなと思う作品は、描いているときもそんな感覚なんだと思いますし、逆に、ある程度いろいろ意識したり、完成が見えている状態で描いたりしている絵は、見ている側もそんなふうには見ていないと思いますね。

――普通、絵を描くという行為は、プロセスであって、それ自体は作品ではない。でも、あの作品を見たとき感じたのは、やはりプロセスなんだと思います。トランス状態になっている作家のありようを確認するという。そして、作品を見ると、「芸術」としか言いようがない感慨を感じざるを得ない。だから普通の作品を見たときとかなり違う感じがするんです。

野原:石を描いている私の作品について、ある人から「石を見ている感覚にならない」と言われたことがあります。立体的に描こうとしていないし、表面を追っていないこともわかる。じゃあ自分はここで何を見ているんだろう、と。私には、その人が、大島さんがおっしゃるようにプロセスを読み取っているのかなと思えました。うまく言えないですが。

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「雑景のパターン」にて、展示された石のドローイング 撮影:増田好郎

――ところで先日、東京の九段会館テラスのために制作していた作品が、無事納品・設置されました。野原さんのこれまでのキャリアのなかでも、そこそこ大きな作品なのではないかと思うのですが、どうですか?

野原:作品のサイズ的にはそんなに大きくはないんですけど、関わっている人の人数がやっぱり圧倒的に多いのと、いろんな会社の方の気持ちが入っているので、もう自分の作品だけではないなという気分で描いていました。それと、設置する場所の要件などで、大きさやフォーマットなどいろいろと条件が最初から設定されていたので、普段とはかなり違う感覚で描いていましたね。

――今回の作品はパブリックな場所で展示され、関わる人たちも多くいて、作品が自分を離れて、別の人の所有物になるという、展覧会とはやっぱりちょっと違う意味合いがあるのではと思います。そのあたりはいかがですか?

野原:作品はすでに自分から離れたものであって、もう自分では何もすることはない、という感覚ですね。ですから、自由に見ていただきたい、自由に考えていただきたい、と思います。しかしその一方で、作家がすべて種明かしをする必要はないのですが、やっぱり絵を描いている人にしかわからない感覚というのも相当あるな、とも思います。協働制作を通してほかの人と一緒に作品を描いていたりすると、作家は見る以上のことを人に伝えられるようにも思います。

――なるほど。野原さんはこれまで、ほかの人との協働制作を通して、自分の作品の素材を集めたりするような感じがあって、かなり特殊な方法で作品をつくっていらっしゃると思うんです。一方、今回のドローイングや九段会館テラスの作品などは、野原さんのなかですべてが完結しているものとして、これまでと少し違う印象があります。

野原:ドローイングや九段の作品は、確かにそうですね。でも、協働制作にもワークショップにも継続して取り組んでいます。ワークショップは基本的に自分の作品をつくるためではなく、先生の代わりに学校に派遣されて、図工の時間に子どもたちが持って帰れるものをつくったりするもの。それに対して協働制作は、私の作品をつくるために、ほかの人に来てもらって行っているものという感じですね。今は、何かを「開催する」っていう感じではなくて、このスタジオに知り合いのお子さんをちょっとずつ招いてやっています。

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九段会館テラス・ビジネスエアポート九段下に恒久展示された絵画作品《記憶の再構築》 撮影:加藤甫 アートディレクション:アートプレイス株式会社

――協働制作を続けているのは、自分にとって必要だから?

野原:私、単純に子どもの絵を見るのが好きなんです。4歳とか5歳くらいの子どもの絵って面白いじゃないですか。自分には描けない、勢いのあるラインだったり、配色だったり。協働制作をすると、自分の作品にほかの意思が入ってくるみたいな感じです。ちょっとでも子どもの手が入った下地を使うだけで、全体の見え方が変わってきて、面白いなぁって思います。知り合いのママさんとかに、「じゃあ、いついつ来てもらえます?」とかいって、ここで一緒にお茶したり、おしゃべりしたりしながらやっています。

――その間に、子どもがここで絵を描いているという感じ?

野原:はい。いろいろ指示を出すのでなく、狙いすぎずに描いてもらったほうがいいかなって思って。子どもたちには「こういう色つくれる?」とか、「ねえ、ピンクっぽいのがいいかな? 茶色っぽいのがいいかな?」とか言いながら、あとは本当にもう自由に描いてもらっています。

――そういった子どもたちの手を通して、自分にはない造形的なものが出てくる……。

野原:子どもって思い込みで描かないじゃないですか。メディウムの変な組み合わせや、不思議な道具の使い方をしたりしていて。そういう突発的な「アクシデント」みたいなものが絵にとって良くなるものになったりして。頭を柔軟にする時間というか、自分のキャパを広げてフラットに考えてみるっていう時間。そういうのが時々ないと、広がりに欠けてしんどいかなと思います。

――ワークショップは、協働制作とは異なっていて、さきほどの話だと、子どもたちの創造の場であると。

野原:そうですね、協働制作とは違います。学校で行うワークショップでは、いつも授業でできる子ができることをしても意味がないので、ちょっと考え方や見方を変えてみることをします。たとえば、絵の具の使い方をいつもと違うようにしてみるとか、筆を使わないとか、丁寧に描くことだけがいいことではないとか。どの子でも面白いものができる可能性があるんだっていうことを、伝える機会にしたほうがいいと思っています。

――ワークショップそのものを、アートの表現行為とはあまり言わないけれど、野原さんを起点に子どもたちがクリエイティビティを発揮して、創造的に何か面白いことが起こったりすることは、いわゆる「リレーショナル・アート」とか言われていることそのものであるようにも思うんです。でも、野原さんは、ワークショップを取り立てて自分の作品です、みたいには思わないタイプですよね。

野原:思わないです。やっぱりリレーショナル・アートとか自分はそういう方向へは行かないほうがよいのかなと。ひとりの絵描きとしてありたいなと思っているので。

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2019年、トーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)レジデンシーで開催された「いろんな道具で描く、どこまでも長く、ずっと続く絵」ワークショップの様子 撮影:佐藤基 写真提供:トーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)

――そういうふうに周りに流されない、野原さん独自のしっかりとした思考が、やっぱり野原さんの作品の強さや、魅力になっているなと思います。2017年にはじめてアーツサポート関西の助成金のインタビューに来てもらったときに感じたこともそうなんですよ。この人、ほかと違うなって。ちょっと違うマインドを持っているなって。

野原:面接で訳わからんこと言って(笑)。 

――なんというか、普通と違うテクスチャというか。それがね、あのときと今とほぼほぼ変わらないんですよ。

野原:でも、できるだけひとりの絵描きとして、普通に絵を描きたいというのはありますけど。

――その結果出てくるものが、野原さんの場合、かなり特殊なんだよね(笑)。

野原:うーん。でもなんか(自分では)訳がわからなくなってますね(笑)。

――長くなっちゃいましたが、最後に今後の活動のことなど、言っておきたいことがあれば。

野原:まだあまり言えないんですけど、2023年の展示が4つくらい決まっています。内容はバラバラですけど、絵を描くだけの面白さというより、展覧会をつくる面白さがあるなぁと思っていて。企画の段階から自分がこう見せていきたいとか、美術館などの人と一緒にやりとりしていくとか、できたらいいなと思っています。

2022年10月21日(金)、Super Studio Kitakagayaにて収録
(取材:大島賛都、永江大)

野原さんの「最近気になる○○」

 

①もの=額縁とマグカップ

5年ほど前から何気なく集めていた額縁に、近年は自身のドローイングを入れて展示しています。額装まで自分でする楽しさがあるなと、最近はアンティークショップや大阪の額縁屋を巡ることが趣味のようになっています。千鳥文化で展示した作品も、額縁をはじめに決めてから、どんなドローイングを描いて入れようか考えていました。額縁屋で実際に手に取りながら次の絵をイメージする時間も、制作の一部になっているように思います。またコロナ前までは、海外に行く際は現地のマグカップを収集していましたが、今は海外の額縁や紙にも関心があります。それらの買付け業をはじめたら、趣味にも仕事にもなり、充実しそうです(笑)。

 

②現象=樹冠の遠慮

自然界の現象にどのような名前が付けられているのか、最近は意識的に調べるようになりました。以前、私のドローイングをご覧になった方から教えてもらった話で、「樹冠の遠慮(Crown shyness)」という現象が、自然界にはあるようです。樹木の枝葉がお互いに接触しないように、空間を保ちながら成長を続ける姿から生まれる景色のことをそう呼ぶそうです。その景色は空にヒビが入ったようで、人工的にはつくり出せないような美しさがあります。擬人化されたネーミングもとても良いなと。それからは気になって図鑑を借りては、現象と名前の関係も調べています。久しぶりに図書館に籠るのも新鮮で楽しいです。

野原万里絵 / Marie Nohara

1987年、大阪府生まれ。2013年、京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修了。絵を描く際の感覚的で曖昧な制作過程や思考回路への疑問から、描画道具の自作や多数のドローイング制作を経て、近年は協働制作による絵画作品も発表している。近年の主な展覧会に、VOCA展2022/上野の森美術館(東京)、大阪府20世紀美術コレクション展「彼我の絵鑑」/大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco)、個展「埋没する形象、組み変わる景色」/青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)など。

作品情報

九段会館テラス・ビジネスエアポート九段下にて、作品2点が恒久設置。絵画が設置されている地下1階食堂兼執務スペースは、平日のランチタイム(11:00〜14:00)のみ一般開放。

場所:九段会館テラス・ビジネスエアポート九段下(東京都千代田区九段南1-6-5 九段会館テラス1F・B1F)

※アーティストインタビュー https://www.artplace.co.jp/information/artistinterview_noharamarie/

 

個展「残映を編む」

会期:2023年1月13日(金)~2月11日(土)の会期中、金・土曜日のみ開催(10日間)

時間:15:00~20:00 

場所:イチノジュウニのヨン(大阪市西成区山王1-12-4)

入場料:無料(ただし1ドリンク制)

主催:C-index

https://instagram.com/cindex_1124?igshid=YmMyMTA2M2Y=

 

Kyoto Art for Tomorrow 2023 ー京都府新鋭選抜展ー

会期:2023年1月21日(土)〜2月5日(日)

場所:京都文化博物館 4階展示室

https://www.bunpaku.or.jp/exhi_special/schedule/

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